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ガールズカルテット 作者:双色
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 この国の特徴として四季というものがあって、暦には十二の数字があって季節は四つ。
 だとしたら季節一つ当たり三ヶ月というのが均等なのだろが、行き過ぎた人間の文明はその平等性をとうに破壊していたらしい。
 今に始まったことではないが、四つの季節の中で一番長いのはやはり夏なのだと俺は思う。
 蝉はもう鳴いていない。連中も暑さで声を出すことさえ疲れているのかと、そう思えてくる今は八月下旬。俺たち学生は夏休みという長期休暇の真っ最中だった。
「へえ、妹いるんだ。知らなかった」
「今は家にいないけどな。普通に公立の中学に上がるのが嫌だったらしくてな。親戚の家から有名私立に通っていらっしゃるよ」
 八月の終わり。夏はまだまだ続いているが、夏休みという期間は直に終了する。
 そんな今日はわざわざ休みを一日潰して催される登校日で、三年は学力テストも兼ねて学び屋に足を運ぶ。
 休み時間。こんがり日焼けしたクラスメイト達が多々見受けられる中で、終業式以来俺の記憶の中にあった姿とまるで変化の無い御桜流深との会話である。
 話題はいつものように流深からの提供だった。
 それがどんなものかというのは、前述の会話で理解可能だと思う。つまりは俺の家族構成についてだった。しかしながら、相変わらずどうしてそんな話題が沸いて出るのかは不明だ。
「家族なのに、一緒に住んでないってこと?」
 言葉と同じように、そう訊いてくる表情もまた子供染みていた。
 別に寂しいと思ったことは無いが、思い返すとここ一年と半年の間妹とは会っていない。正月には帰ってきていたらしいが、その時でさえ俺は顔を合わしていなかった。……そう思えば年に数回は妹も帰省していたのだが、悉く俺とはすれ違いで会っていない。もしかして避けられてたりしないよな。まあ、そんな心配をするほど俺はシスコンではないのだが。大丈夫だろう。……うん、多分大丈夫だ。……多分。
 暴走しかけた思考を打ち切る。
 何で俺がそんなことで頭を抱えなければならんのか。娘を嫁に出す父親とは、こんな気分なのかもしれない。それも適切ではないのだが。
「寂しくないのかな。何か事情があって家を出て行ったとか」
「それはない」
 と思う。
 俺は後者の意見を否定する言葉を続けて発する。
「精神年齢が実年齢を大きく上回っているような奴だったから、寂しいとかは思ってないだろ。どうも昔から他人を寄せ付けない感じの性格だったし、ずっと一緒に住んでた家族から離れたいとか思ったんじゃないか」
 俺の中で最も有力な憶測がそれだ。
 どういう訳か、妹は周囲の人間を頑なに拒む性格なのだ。
 小学生の中学年くらいから始まった傾向で、はっきり言うと当時の妹は異常だった。
 拒絶、というよりももっと……。存在自体を認可していない感じで、他人を見る妹の眼はゴミか何かを見るようだったことを覚えている。そんなんで私立中学の面接によく受かったな、とは自分で言っていて今思ったことだ。
「それは違うよ」
 何故か、流深は否定した。
 様々な情報により構成された俺の仮説を、本人に会ったことも無い他人が否定している。その割には流深の眼はやけに自身の色を帯びていて、この後何を言われても強制的に頷かされてしまいそうな雰囲気だった。
 少々自己の思念に浸っていた俺はその言葉で現実に引き戻される。
「悪い、何が違うんだ?」
「妹さんは多分、そんな理由で家を出たんじゃないと思う。って言ったつもりだけど。何か他に理由があったんだと思うよ、わたしは」
「そうか? ……まあ、あいつなら何か企んでるのかもしれないな」
 帰ったきた妹がダークサイドに堕ちていないか、少し心配だ。よもや世界征服を成し遂げんとする謎組織の頭に成り上がったりはしていないだろうな。
「バカバカしい……」
 俺の妄想も飛躍しすぎだ。
 妹の精神年齢は俺自身よく理解しているはずだというのに。
 しかしながら、世界征服とまではいかなくても、むこうの学校を既に支配下に置いているかもしれない。裏で生徒会が暗躍する私立学園。その頂点で優雅に笑う女王の姿を、俺は不覚にも想像してしまった。
 俺の最新の記憶は小学生の頃の妹で、中学の制服を着ている姿など見たことが無いから、その想像もリアリティをまるで持たないが。
「それでさ、その妹さんは何て名前なの?」
「空」
 考えてみれば、今更になってようやく名前が出てきた。
 自宅では長期間発音することの無かった固有名詞を、俺は妙に懐かしく感じる。
「ソラ……さん? ええと、普通に空海の空でいいのかな?」
「……そんな例えは聞いたことないが、それだ」
 これも今更かもしれないが、御桜流深という少女の感性とネーミングセンスは常軌を逸している。担任の名前さえも間違える始末なのだから、どうしようもない。
 ただ間違えるだけならばいい。
 その間違い方が異常なのだ。
 聞いたことも無い奇矯な名前を真顔で口にする姿は、ちょっとしたミステリー……悪くすればホラーにさえ見えてくる。
「会って話してみたいな、妹さん。帰ってきたら教えてね」
「俺はいいけど、お前の方が忘れてるんじゃないか?」
 何気なく口にすると、流深はきょとんとした顔で俺を見返した。
「忘れる……ってどういうこと?」
 何を言っているのか解らない、と眼差しで語りかけられる。
 流深は俺の言うことの意味が解らないようだが、それは俺の方も同じだった。
 逆に何故俺の言っていることが理解できないのか解らない。
 ――今年の春。
 新学期を迎えたその日のその夜。
 俺は公園の桜の木の下で、一人の少女と話をした。
 散り行く桃色の花弁。暗闇の中で唯一輝いていた光。止まっているように感じられた時間。
 その体験を俺は今でも鮮明に思い出すことが出来る。会話をした少女の表情も。紡いだ言葉も。そこから生じた感情も、俺は覚えているというのに。
 事の当事者である少女――御桜流深は、その日のことを一切覚えていなかったのだ。
 翌日の教室で俺がその話をした時、まるで他人の夢語りでも聞いているかのような表情で聞き役をした流深。本心から俺の話した全てを覚えていないと言った少女。それが真実であることは、俺にだって読み取れた。というよりも、そんな嘘を吐く必要が全く無い。
 ならば本当に――――少女は何も覚えていないのだと、結論付けるしかなかった。
「……いや、お前って物忘れとか激しいだろ」
 敢えて易しい言葉にして、俺は言った。
 流深の記憶に妙な空白があるのは、実はそのことだけでは無いと俺は知っている。
 その事実は流深自身の口から聞かされたことであり、時々知っているはずの記憶が思い出せないことが在るらしい。日常に連続するデジャヴ、とか言っていた気がするが、こいつの言葉は時々可笑しくなる。
「ううん……まあ、そうだけど。こういうことは忘れないと思うよ」
「こういうこと、て……?」
「誰かと話をしたこととか」
 俺の記憶とは著しく矛盾することを言って、
「わたしが忘れることは……なんていうか、昔のこと。上手くは言えないんだけど、唐突に記憶の一部分だけが思い出せなくなる……ていうのかな」
 さらに可笑しなことを言った。
 記憶障害、というわけではないと思う。嘗て自らの性癖を語った際に流深はそう言った。
 しかし俺にはどうも腑に落ちない部分がある。それがどの部分なのかは明確に解らなかったが、今それが解った。矛盾だらけの会話だからこそ、そこから見つけられた答え。浮き彫りになった他とは性質の違うズレ。
 それは流深が自らの記憶に欠落があると知っていること。という根本的な部分だった。
 忘れているのなら――これまでに生きてきた全てを忘れたとか、そんな大規模なことでないと仮定して――それを自覚することはありえない。
 例えば知っている漢字や英単語を一つ忘れても、そもそもそれを覚えていたことさえ忘れているのだから、自分自身では気づくはずは無いのだ。再びその単語を見たとき、ようやく自分の忘却に気がつく。
 流深は『誰かと話したこと』は忘れないと言った。つまり他人と関わりを持つ記憶は忘却されないのだ。自分一人で体験した事柄。流深が忘れているのはそういう記憶だ。
 だとしたから、それを他人から指摘されることは無い。何故なら、その記憶は一人の人間だけのモノで、他人とは共有していないのだから。いわば鍵の掛かった箱の中に鍵が入っている状態……。何となく不適切な気もするが。単純に言い換えればそういうことだ。
 つまり流深は自分が忘れている、と言ったことが俺は気になっていた。
 どういうつもりなのかは解らないが、矛盾している以上それは嘘になる。
 その矛盾を俺は指摘せずにはいられなかった。
「違うよ」
 俺の話を最後まで静聴していたかと思うと、流深は頷いてから否定の言葉を投げかけてきた。
「わたしが忘れてる……というよりも思い出せないのは、断片的な部分だけ。
 例えば一冊の本があって、一ページあたり二十行ぐらいで書かれてるとして、他の十九行は普通に読めるのにどこか一行だけが読めない状態。後の文と前の文があるから、その中間があるのは解るけど、そこに何が書かれているか解らない状態ってこと。わたしの記憶にはそういう欠落があるの」
 なるほど。確かにそれなら理解できる。
 理解できてしまう故に余計に話が可笑しくなるのが残念だ。
 それならば尚更、あの夜のことを忘れていることが奇怪になる。断片的なんてものでは収まりきらないだろ、アレは。
 しかし俺はそのことを口にすることはなく、静かに胸の奥にしまっておいた。
 この時俺は、何故か自分が関わってはいけないことに関わっている気がしたから。
 早々に手を引かないと、気づけば後戻りできない状況になっているのではないかという危惧が無意識に浮かぶ。それは本能から深層心理に語りかける警告だったのか。或いはただの杞憂か。それを俺に確かめるすべは無い。
 全てを知るのはただ一人だけなのだ。
 それが俺ではないのは明白。
 では誰なのか。

 決まっている、御桜流深だ。

 もっと早くに気づくべきだった。とは後になって悔やむことしか出来ない。
 そう――この時はまだ、自分は日常にいると信じて疑わなかった。
 あの夜の少女と再会してしまうまでは。 
 大変更新が遅れました。
 入試と定期テストが重なって……言い訳の詳細はブログに載せています。
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