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ガールズカルテット 作者:双色
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 春。
 学年の数字が繰り上がるまでに用意される僅かな準備期間である春休みも終わり、新しい季節の幕が上がった四月。クラス分けの発表を見てから体育館で校長の話を聞き流して、今は教室で三年で最初のホームルームが行われている。
 呆れることに、クラスの面子に大きな違いは無かった。
 一年からずっと同じクラスだった奴は数えるほどしかいないが、二年から引き続いて同じクラスに配属された奴や、一年の頃にクラスメイトだった連中など見覚えのある顔がずらっと並んでいる。
 学区割によって振り分けられ、それほど人数も多くない公立中学ではこんなことも珍しくはないのだろう。
 担任も二年の時と同じ。担任を受け持つ教師は一年の時から決まっており、それが三年まで繰り上げられるのだから、どこに当たっても入学当初のような新鮮な気持ちにはなれない。
 今更する必要など無いというのに、ジャージを着込んだ担任は意気揚々と自己紹介を開始していた。
 それを全く無視して、俺は教室を見回す。
 廊下側女子列の一番後ろの席。
 これから嫌でも毎日面を合わせる連中の中には、御桜流深の姿もある。
 ――二年の終わり。
 終業式の日を俺は思い出していた。
 確かに覚えている流深の溢した言葉は、この情景を予見していたといってもいい。
 もっともそんな大げさなものではないのだが、ようは俺とまた同じクラスになる気がする、とか言っていたのだ。その時は軽く聞き流していたが、どうやらその予感は当たっていたらしい。……別にそれほど神秘的なことではないが。
 眼を離している間に時計の針が活動を休止しているのではないかと思うような長いホームルームを、俺はそんな怠惰な思考を巡らせて過ごした。


 ◇


「やっぱりまた一緒のクラスだったね」
「みたいだな」
 その日の放課後。
 どういう訳か流深は俺と帰路をともにしていて、そんなことを楽しげに言ってきた。
 俺はありもしない衆目を少しばかり気にしながら歩を進める。
 流深の家がどこなのかということを俺は知らない。それ故にこうしているのが自然なのか不自然なのかは解らない。ただし一つだけ明言できることがある。俺は朝の登校時も夕方の下校時にしても、流深と肩を並べたことなど無い。
 転校後の流深が最もよく会話している人間は、実は俺だったりする。普通に女子と会話していればいいのに。
 その理由はというと、別に転校生だから友達が居ないとかではない。存在感が皆無なわけでもなければ、周囲から反感を買っている訳でもない。単に流深が能動的に会話を持ちかける相手というのが俺だけだったから、ということが理由だった。
 声を掛けられれば愛想良く対応しているし、決して孤立しているという訳ではなかったのだ。
「お前の家ってこっちの方なのか?」
 沈黙して歩いている空気に耐えられなくなり、俺は別段興味があるわけでもない質問をしてみる。
 果たして、返事は無かった。
 足音だけが鳴り止まず、風が葉を揺らす音だけが生きている。そんな静寂。……どうもこういう空気は苦手だ。俺はこの状況が発生しようとしているのを抑制したつもりが、その実促進させてしまったということか……。
 やがて気まずいとかでは無く、それを通り越してこの沈黙を不審に思った俺はそこでようやく隣に居るはずの少女が消失していることに気付いた。
 顔を見ずに話していたから、それでだろう。
 無意識に身体を後方へ捩ると、流深の姿は簡単に見つかった。
 歩数にすれば五歩分くらい後ろで、流深は立ち止まっている。
 少女が立っているのは公園の入り口。ブランコと滑り台しかないような小さな公園だ。地元の人間なら過去に一度くらいは足を踏み入れたことがあるはずで、俺も例外ではない。幼かった頃に妹と連れ立ってきたこともある。その妹も今は家にいないのだが。
 思い出すのは寂れた鉄の遊具だけが在る、寂れた空間。
 記憶に違わず遊具もフェンスも塗装が剥がれ落ち、年月と共に風化し錆び付いたそこを流深は眺めている。その横顔が何かに取り憑かれたように――というよりも魂を抜き取られたように俺には見えて、不信感が二乗した。
 瞬きもしないで何を見ているのか。感情の無い横顔からはまるで解らない。そもそも流深の考えていることが俺に解った試しなんて無い。
 それでもこのまま置いて帰る訳にはいかないし、取り合えず声を掛けてみる。
「何してるんだ、んなところで立ち止まって」
 人形のようになってしまった少女に歩み寄る。
 すぐ傍まで寄ったというのに、それでも流深は微動だにしなかった。まるでここに在る他人の存在どころか、自らさえも忘却してしまったように。
 それは本当に人形みたいだった。
 しかしそれは、命など無いのに今にも動き出しそうな人形が出す雰囲気とは反対のそれを持っていた。生きているはずなのに、活きていない。とでも表現しようか……いや、俺に出来る最良の描写はそれ以外無い。余計なモノを加えてしまえば、それこそ別物になってしまいそうに思える。
 少女の視線の先は、古い鉄の遊具達ではなかった。
 それは、掃き溜めのような錆びた空間で唯一生きていた。
「……桜、か」
 呟いて確信する。
 四角形の空間の中央で屹立し、一心不乱に咲き誇りながら桃色の花弁を散らしていく春の象徴。それはモノクロに彩られた公園で唯一の色として存在していた。
 季節を考えれば別に珍しいことも無い。それこそ、ここまで忘我してしまうほど。
「御桜、お前もしかして寝てるのか?」
 そう言って肩をたたいてみると、止まっていた流深の時間はそれで動き出した。
「ごめん、急に立ち止まって」
「いや別にいいけど。……お前が前に住んでた所って、桜が咲かない地域だったのか」
 日本中を探して、果たしてそんな地域が存在するのかは解らないが。
 俺の愚問に流深は当然のように首を振る。もちろん左右に。
 普通なら嘲笑されてもおかしくない俺の言動に、しかし流深はどうも真剣な顔をして、
「わたし、昔からこういうことってあるんだ。急に頭の中が真っ白になっちゃう感じがして、それで気がついたらさっきみたいになってること。自覚はないんだけど」
 自覚が無いのに、どうしてそんなことが解るのか。まさかさっきのような状態のままで何時間も過ごし、気がつけば日付が変わっていた……とかそんな仰天エピソードがあったりするのか。
「ごめんね、わたしってこんなだから」
 どこかで聞いたことのあるような台詞と共にもう一度謝って、少女は軟らかく微笑んで見せた。


 ◇


 その夜。日が落ちてから俺は家を出た。
 目的があった訳ではなく、ほんの散歩気分の行動だった。
 目的は無くても理由はある。
 イメージが在った――弱々しい電灯の光が届かない、月明かりのみに照らされた夜の中で佇んでいる少女のイメージが。
 何故そんなモノが浮かんだのかは自分でも解らないし、それの為にわざわざ出歩く意味だって解らない。発端から目的まで無いというのに、どうしてこうも簡単に衝動を受け入れたのか。それさえも不思議に思えない。
 忙しく瞬く電灯の光を振り返って……気がつけば俺は昼間の公園までやってきていた。
 エタイの知れない何かに後押しされたように。まるで初めからここに向かって歩いてきたかのように。
 目的も終着点も無いはずの散歩は、初めからここが目的地だと決められていたかのように唐突に打ち切られた。
 頭は冴えていた。けれど自分の矛盾した行動と思考を一度でも可笑しいと思わない。思えない。
 それはまるで、初めから用意されていた筋書きをなぞる物語の登場人物のよう。
 或いは――滑稽な旋律に乗せて踊る道化か。
 月光の下。
 背景(バック)は一切の闇。
 寂れたモノクロ空間と、一本の桜の木――。
 白と黒だけに彩られる舞台の上に咲き誇る桜。
 風に嬲られて地面に落ちた花びらは、まるで桃色の絨毯。
 そして、舞台の中央で、月光さえも薄暗く思えるほどに輝く少女。この舞台の少女(ヒロイン)

 どこか哀しげな表情と儚い光を宿した瞳で、御桜流深がそこにいた。


 ◇


「こんばんは」
 透き通った声は風に乗って夜に響いた。
 散り行く春の象徴を眺める少女が振り向く。
 白い顔は闇の中で一層際立ち、およそ感情の感じられない面持ちは玲瓏。そこに存在しているはずなのに、どうしてもそうだと認識さえない佇まいは幽霊の様。まるでそこに、想いだけが残留しているような、今にも消えてしまいそうに儚い一人の少女。
 俺は自分の知っている少女を、どうしても既知の人物であると認識できず立ち尽くす。
 声を掛けられても棒立ちしている様は、相手からしてみれば奇怪な様子だろう。
 そこまで解っていながらも尚、言葉を紡ぐことさえできない。発声器官の全てを没収されたか、声の出し方を忘れてしまったか。ただそこに立って眺めていることしか出来ない。
 拘束感や束縛感は無かった。
 そんな外部からの強制的な圧力ではなく、自分の中から湧き上がってくるたった一つの感情に意識さえも支配されて行動できない。
 当然のように、少女は俺を訝し気に見据える。
 非難する風でもなく、嘲笑する風でもなく。
 どうしてか少しだけ楽しそうに、少女は口を開いた。
「あなたは、この木が好きですか?」
 普段とは違う口調と声色に戸惑う。
 少女は、俺の既知である御桜流深の姿をした別の何かのようだった。
 それは偽者や本物の概念さえも越えて、限界まで似せて作られているのにどこかが決定的に違う。もしかすると俺が知っている彼女の方が間違いなのかもしれない。なんて考えてしまう時点で、本来なら可笑しな話なのだ。
 なぜなら俺は、この時どうしても目の前の少女を御桜流深なのだと思えなかったのだから。
 初めに後姿を見て、振り返った全容を見ても尚そうだと確信していながら、一言言葉を交わしただけでその確信は揺らいだ。
 違和感と言えば簡潔で助かる。目の前の少女からは、肌で感じる違いが確かに在った。
 それが俺が少女を記憶の中の御桜流深と結び付けられない要因。問題があるとするならば、その肌で感じる何らかの違いというのが俺自身にさえ具体的な所が不明だという点。視覚から得られる情報、聴覚から得られる情報。姿形も声も既に在る認識と合致するのに、俺はありもしない第六感から自身の認識を肯定出来ずにいるのだ。
 奇しくも昼間と同じ場所で、今度は俺の方が忘我していた。まったく、これじゃ人のことは言えたもんじゃない。
 質問の内容ははっきり覚えていないが、俺はどうにか自己を再起動させて頷いた。
 その動作のどこに可笑しな部分があったかは解らないが、俺の返答に対して少女は笑っていた。無邪気な子供のように。世界に疲れた大人のように。希望を見据えるように、絶望を抱くように。
 対照的な印象を、一つの存在が同時に与えてくるその異常。
 ……本当に、どうかしている。こんな所にぶらりと来てしまった挙句、俺は目の前の怪奇を――美しいなんて感じてしまうのだから。どうしようもない。
 その点で見れば、常識的な普通人だと思っていた自分自身でさえ異常者に思えてくる。
「少し、話をしませんか?」
 見知ったはずの少女は、初対面の相手にそうするような口調で言う。
 思えば初めて俺が流深と話したときでさえ、こんな風な口調ではなかった筈だ。そうなってくると目の前の少女は、本当に初めて会う誰かになってしまうのだが……。
 それらの思考を全て無視して、それでも俺は少女に従ってしまう。否定という感情がそっくり消え去ったかのように素直に。
 本来ならば外側から来る筈の衝動が、内側から発生してくる感覚。
 遙瀬橙弥という人間の大元。少女は人間の根源的な部分を見据えて、直接そこに話掛けている。
 矛盾した衝動を俺はそう解釈した。
 俺は誘蛾灯に誘われたみたいに桜の木に歩み寄る。
 桃色の絨毯を踏み、舞台の中心、物語の核へ向かう。
 それから俺たちは他愛も無い会話をした。本当に、同級生同士がそうするようにごく自然に。どちらかの言葉にどちらかが笑ったりする、そんな普遍すぎる会話。


 ……


 最後に、少女は語った。
 俺は黙ってそれを聞いているだけだったが、話し終えた彼女に一言の疑問を投げる。
 それが夢のように不確定的な時間に終焉を齎すとも気づかずに。

 ――儚く笑って答えた少女が、明日にこの日のことを思い出すことは無かった。
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