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ガールズカルテット 作者:双色
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 ◇


 拝啓、お父さん、お母さん。
 お二人が私の前からいなくなってしまってから、もう随分と経ちました。
 こうして手紙を書くことも、回数を数える事が出来ないほど何度もしてきました。
 お父さん、お母さん。お二人には、私の言葉は届いていますか? 
 もしも届いていないのなら、こんな質問をする事も、こんな手紙を書くことも意味が無いことなんですけど。
 それでも、きっと私の言葉は届いているのだと、信じています。
 事情があって返事が送れないのだと思っています。
 だから、いつか気が向いたらでも構いません。
 どうか、私の言葉が一つでも届いているのなら。
 一度でも構いません、お返事をください。
 わがままを言ってすいません。
 お二人のご健康を心よりお祈り申し上げます。


 ◇


 放課後。ホームルームも終わって後は帰宅するだけになった俺は、荷物を片手に校舎の中を適当に練り歩いていた。こうしていれば、もしかするとどこかで彼女と会うことが出来るのではないか、という魂胆も少なからずあり、勿論そんな目論見を持ってしまった理由を紐解くと別段色っぽい事情や、青春の香りがする甘酸っぱい事情も無い。
 楠涼音を探しているのは偏に昼休みの会話の続きが気になったからである。
 ……何となく気になった、だけで行動できる自分というのがいかに暇を持て余している人間かということは考えない事にする。タイム・イズ・マネーなんていうけれど、余った時間を換金してくれる場所などどこにも無いから性質が悪い。その逆もまた然り。
「……で」
 小さく漏らした言葉は溜息のようで、どこか非難がましい響きがあった。
 それもまあ、こんな状況ならば許される事だろう。
「なんでお前がついてきてるんだ?」
「え? うーん……特に理由は無いけど、強いて言うならあたしも暇だから、かな」
 自分も、とか言う辺りこいつは俺が暇人だと理解しているらしいが、そんなことはどうでもいいことで、だいたい部活にも所属していない生徒が帰宅せずに校舎内に留まっているということは、そいつが暇人だと推理する事は誰にでも出来る事だ。問題なのはそんな事では無い。
 今度は本物の溜息をついて、流深を横目に流し見た。その視線に気付いたか、気付いていないか、流深は視線を斜め上に外してやや挑発的な口調で問うてくる。
「今度はあたしの質問。そっちこそ、何で放課後の校舎に残ってたりなんかしてるの?」
 まだ自分の質問に答えられていないということは解っていないのだろうか。
「なあんか、最近変だよね。この間だってさ、ホームルームが終わってから一時間も経ってるのに、まだ教室に残ってたりしたし」
 俺は答えない。
 流深が言っているのは恐らくあの日のことだろう。
 夕焼けの教室。下駄箱を開くと呼び出し文書があって、それに従い人気の絶えた教室へと足を運んだあの日のことを流深は言っている。……まさか、真実を口外してしまうわけにはいかない。

 ――それは、俺があの日から守ってきた、たった一つの約束だから。

「…………」
 足音が、虚しい。
 黙秘権を行使し続ける俺を、流深は怪訝な表情で覗き込んでいる。
「――ま、いいけど」
 大きな瞳が言葉と共に背けられ、どちらも笑う事の無いにらめっこは、唐突に終わりを告げる。質問の解答が、こちらが答えたくないことと見ればそれ以上深く追求してこないこないところが、流深の長所だった。
 昔から、といっても俺が流深と関わり始めたのは中学三年の時からなので、昔とはいっても時を遡るほど精々二年ほどなのだが、それも一応昔話としての域を出ないものだと思うので問題は無いだろう。もし仮に問題があるとして、それがどんな問題であるかは考えるだけ無駄なので考えない事にしておく。
 と、話を戻そう。
 御桜流深という人間は、疑問に思うようなことがあれば遠慮なく追求してくるが、それに対する相手の態度によって途中で質問を撤回することが多々あった。まず第一に相手のことを考えて、好奇心を抑えてしまうのか。或いは別に理由があるのか。それは定かではない。
 誰とでも邂逅を求めるくせに、誰にも深く関わろうとしない。
 それは遠くから相手の心の中を除きこむような、路上で相手が無害かどうかを見定めている猫のような在り方。
 誰の心にも立ち入らないのに、誰の心でも理解しようとする、二律背反。
 中学時代、俺が流深に与えた人物像はそんなものだった。
 そうして俺が物思いに耽っていると。
 ばたん。背後から音がした。
「痛いですぅ……」
 泣きそうな声に振り向く。
 瞬間、俺は無意識下でここへきて三度目の溜息を溢していた。
 ……ストーカーは、本日も健在だ。


 ◇


 夕日が沈もうとしている――。
 空の色は赤から、直に(あおへと移り変わり、そして黒へと終着するだろう。
 私は家の鍵を開けながら、そんなことを考えていた。
 夜と朝。隣り合っているのに正反対な二つの(とき)。朝がある限り、明けない夜は無い。逆を言えば、夜がある限り沈まない朝は無いということ。一日は朝から夜へ、夜から朝へと円を描いて廻っている。
 飽きもせずに。ただひたすらに、螺旋を描きながら永遠としてあり続ける、閉じた、輪。
 楠、と住居者を示す表札――正確には名前の書かれた紙でしかない――の下に設置された郵便受けを開くと、そこには当然のように一通の手紙が私を待っていた。
 昨日も、一昨日、一週間前も、一ヶ月前も、一年前も。もうずっと、私がこの小さな扉を開けば先客としてこれが私を待っている。
 私は無造作に手紙を掴み、部屋の扉を開けた。アパートの一室は、高校生が一人暮らしするには決して大きすぎる部屋ではない。短い廊下を抜ければすぐにダイニングに辿り着く。
 電気を点けていない所為もあり、扉を閉めればそこは既に闇が支配する真夜中のように暗い。……というよりも、カーテンさえ締め切って、外界から一切の干渉を受けようとしないこの部屋は、暗いというより(くら)い。
 私は廊下を歩き終えて、電気のスイッチを入れた。
 小さな部屋。まるで生活臭の感じられない部屋。けれどそれを自分で言うのも可笑しな話かもしれない。
 鞄を放り出し、もう片方の手に持った手紙を落とした。
 闇の中、それは一直線に床へ落ちていき、闇へと堕ちた。
 明かりの点けられた部屋の床は、一面同じような紙が散乱している。毎日のようにやってくる手紙を、どうしてか私は捨てられずにいたから、こうして長い年月をかけてたくさんの手紙が積もっていったのだ。
 私が小さい頃に、私の前からいなくなってしまった両親。
 その両親に宛てて書き続けた手紙。
 会いたいという、ただそれだけの希望を文字に込めて送っては、宛先不明で送り返されてくる。無駄なことだとは気付いていた。けれど私はそれをやめられず、今もこうして手紙を出し続けている。
 どうしてか。
 決まっている。

 ――私は、ただ、寂しいだけなんだ。

 両親が居なくなってから、自分から心を閉ざしてしまった私は必然、社会から孤立していった。返ってくるはずの無い返事を待ちながら、手紙を書くことだけに没頭して日々を送っていた私。周囲から浮き彫りにされ、自分が誰なのか見失って行った私。
 今日の昼休みを思い出す。
 誰からも認識されなくなった人間は死ぬ。
 人は死んだ後であっても、記憶の中でなら生きられる。だから本当の意味で人が死ぬのは、その人のことを知る人が全ていなくなってから。
 では私は? 
 両親はいない。
 私を預かってくれていた親戚はもう傍に居ない。――自分から遠ざけた。
 周囲が認識してくれていた楠涼音は、今私の中にある孤独が殺した。――孤独は、自分から呼びこんだ。
 ……あぁ、そうか。
 楠涼音という私は、もう既にいないくなっていたんだ。
 床に広がる手紙が楠涼音の心の残滓ならば、今辛うじて私が楠涼音としてあれるのは、この残留する想いがあるから――。
「けれど――それも、もう……」
 呟いた私はテレビのリモコンを握って、その視線をテレビの画面に向けていた。


 ◇


「……お前さ、放課後にする事とかないの?」
 ぺたん、と膝を突いて廊下に座り込むストーカー娘、もとい御巫暦は口をぱくぱくさせながら驚愕に目を見開いていた。
 それが何に対しての感情の表れなのかは不明で、訊いてみる気もない。
 新学期以来、放課後になると妙な違和感を感じるようになっていた俺が、その原因が何であるかを知ったのは四月も中旬、入学式から二週間ばかりが経過した日のことであったのだが、その話はまた後にしておこうと思う。
 ……ここ最近は一人で帰路に着き、誰にもストーキングされず帰宅できていたのだと思っていたが、それは俺の勘違いで、真相は暦のストーキングスキルが急激に上昇していたということなのかもしれない。だとしたら、今日までの俺の私生活にプライバシーという単語は存在していなかったということになる。
 それは……勘弁してほしい。
「今日は部活が無いんですよぉ……」
 俺の危惧は、どうやら杞憂で済んだらしい。
 安心と同時に納得のいく一言は、暦にしては上出来かもしれない。
 一年の部活動は四月の間は仮入部期間で、本入部は五月からとなる。部活に入ったことで放課後のストーキングが出来なくなっていたというのなら、それは確かに頷ける説明だ。
 と、待てよ。それではまた懸案事項が復活してしまう。俺は暦の尾行が無くなったのは、あの日の会話が原因だと思っていた。少々きつく言い過ぎたのではと自分でも思っていたから、それで暦が折れていたのだと。
 結果として暦が活動を停止していたという事実に変わりは無いが、前者の理由ならばこれから部活が無い日の暦は俺へのストーキングを行い続けるということで、後者ならばそれがないということになる。実際にどちらが原因なのかというと、それは前者だ。
 ……もはや、溜息さえも出てこない。説得のプロがどこかにいるのなら、どうか暦を更正してくれ。
「あ、あの先輩」
 弁護士でも雇おうかと考え始める俺に、控えめな声。
 見れば暦の視線は流深に向いていた。
「そちらの方はどちら様ですか……?」
 暦の瞳は、より一層驚愕の色を濃くしていた。
「その、もしかして、その、あの、えっと」
 高速で泳ぐ眼を見て、俺は暦の言いたいことを理解する。
「ああ、こいつはクラスメイトだよ。別にそんな関係じゃない」
 どこか優しさを含んだ口調。勝手な思い込みなのだが、こんな状況ではそうだと思われても文句は言えない。誰だって誤解してしまうだろうし、俺だってそうだ。ならば誰に責任が起債するのかというと、それは勝手にすたこら俺に付き添って歩いている流深なのだ。
 言うと暦は、しかしそれでは納得しなかった。
「本当ですか……? 先輩」
 何か、おかしい。
 こんなことはあまり思いたくないが、御巫暦という人間は先天的な天然性である。明らかに変声機で声質を換えた怪しい電話の相手が、まだ免許も持っていない人物の名前を名乗って交通事故を口実に金を貸してくれ、と言い出しても信じてしまうような、そんな人間なのだ。
 嘘を言っているのならともかく、本当のことを言っているというのにそれを信用しないというのは、この相手に限って言えば異常だ。
 怪訝を湛えた瞳はいつしか、俺ではなく流深へ矛先を変えていた。
 それは暦にしては珍しい、僅かだが確かな敵意を孕んだ視線。
「ええと……」
 串刺しにされた流深が苦笑いしながら俺へアイコンタクトを送ってくる。残念ながら、こんな自体は俺にとっても初めてなのでどのような対応をしていいか解らない。お手上げだ。
「えっとね、あたしは本当にただのクラスメイトだよ。うん。大したこと無い……友達以上、恋人以上みたいな」
 おい。なんのフォローにもなってねえ。というか今以上に誤解を生む。
「そんなことを訊いてるんじゃないです! あなた、先輩をどうするつもりなんですか!」
 急に口調を強くする暦。その言葉から伝わるのは、明確な敵意。
 どういうことだろう。暦がここまで他人に対して反抗的な態度をとるなんて。
「暦、いい加減にしろって」
「わたしは、先輩の為に言ってるんです!」
「俺の為ってなんだよ? だいたい、お前流深とどっかで会ったことあんのか、なんか相当恨んでるみたいに見えるけど。変だぞ、今日のお前」
 言うと、暦から敵意がさっ、と一気に静かに引いていった。
 理性を取り戻した瞳は、確かな穏やかさを感じさせる。
 やや暴走気味だった暦は、落ち着いていつものような温和な雰囲気を発し始めるかと思うと、今度は何やら悩み始めてしまった。
「ええと……。あれ? わたし、えっと、先輩……この人、誰ですか?」
「御桜流御だよ。よろしくね」
 俺宛の質問に流深は即答する。
 言葉からは、欠片ほども邪気を感じ取れない。凡そ妙な言い掛かりを付けられた相手に向ける言葉とは思えない、その柔らかさ。
 完全に無害な流深に、暦はようやく心を開いた。
「えと、えと……。御巫、暦です」
 名乗ったかと思うと、暦はぺこぺこと身体を折りたたみ始めた。
 それは驚くほど慣れた、職人業といって差し支えない完璧なお辞儀。
「ごめんなさい! すいません! 申し訳ありません! 心苦しいです!」
 最後のは誤用している気がするが、暦は謝罪の言葉を矢継ぎ早に並べた。本当に、こいつは人に謝るという行為が慣れすぎている。いつかその性格が裏目に出なければいいのだが……。
 しかしながら、こうして後輩の(さがを心配してやれるとは、俺も上級生らしくなったものだ。
 言うまでも無く、流深は自分の眼前で世話しなく上下運動を繰り返す頭を見ながら、明らかに処置に困じている。救済を求めるように俺に視線を投げかけてくるが、こればかりはどうしようもないのだ。
 こうなってしまった暦というのは、それはもう厄介なのだ。……この状態の暦を止められるのは、俺が知る限りではただ一人――
「暦」
 空気との摩擦熱でそろそろ暦の頭に火が点くんじゃないかと思い始めた俺の思考をさえぎり、その声は廊下に響き渡った。
 残響を聞きながら暦の背後、その向こうを眺めてみれば、思い浮かべたとおりの人物がいて、それが誰であるかは言うまでも無いと思う。
 一同の注目を一挙に浴びているというのに、そんなものにはまるで動じない少女はかつかつ歩いてくると、
「なにやってるのよ、こんなところで――て、兄さん? それから……」
 暦の肩に手を載せた。それと同時。俺は額に手を当てて小さく首を振った。
 ……状況は、ややこしくなるばかりだ。
 困惑の渦は収束しかかったところでまた回転を始める。
 渦の中に飛び込んできた第三者――空の視線はやはり流深に向いていた。
 ……嗚呼、もしもどこかに神様とやらがいるのなら、どうかこの哀れな子羊たちに救いあれ……。
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