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マザーズドール ~人形の少女と魔法使いの旅~ 作者:播磨ゆき

第一章

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3.ワガママなお嬢様

 
 村はすでにドラゴンのうわさで持ち切りだった。

「ドラゴンが落ちたのよ、この近くに! ものすごく大きなドラゴンが!」
「全身銀色をしていたわ。あんな大きなドラゴン、一体どこに隠れたのかしら」

 井戸端会議をする村人たちの脇を、オリヴィアは素知らぬ顔で通り過ぎる。
 極力目立たぬよう、抜き足差し足、コソ泥のように歩く。
 それが却って悪目立ちしていたのだが、本人は無自覚だった。



 ベンジャミンのバッテリー切れにより、彼らは村の外れに不時着した。
 頭から真っ逆さまに落ちたため、最悪オリヴィアは死を覚悟していたが、間一髪のところでベンジャミンが再度浮き上がり、事なきを得た。

 おそらくはオリヴィアの恐がる様を見たかっただけの確信犯なのだろう。
 無事に地上へ降りるなり、ベンジャミンはさも面白いものを見たとばかりに腹を抱えて笑っていた。
 オリヴィアが本気で怒ってもまるで相手にしない。

 ――僕はここで充電してるよ。君はそのペガサスのお墓を作っておいで。

 そう言って、彼は村の外れで日光浴を始めた。

 機械人形ドールの身体には基本的に、太陽光発電機能が搭載されている。

 オリヴィアの身体は最新型であるため、少し外を歩くだけでもすぐに充電が完了する。
 が、ベンジャミンのような古い型は燃費がすこぶる悪いため、こうして度々休憩を挟まねばならない。

 聞けばベンジャミンの身体は今から数十年も前に製造された型だという。
 機械人形の寿命は十年と定められているため、彼のように封印でもされていなければ今は絶対に出回らないビンテージものだった。



「……ここにしようかな」

 村の端にある花畑で、オリヴィアは足を止めた。

 広々とした平らな土地に、緑の葉と、色とりどりの花が敷き詰められている。
 あたたかな太陽の下、風が吹く度にそれらが音もなく揺れる。

(ここなら、キューちゃんもゆっくり眠れるかもしれない……)

 未だペガサスの死を実感できないでいるオリヴィア。
 しかし彼女の懐には、冷たくなったその身体が抱かれていた。

 さすがに亡骸を持ったまま旅を続けることはできない。
 見知らぬ土地に埋めてしまうのは心苦しいが、仕方がない。
 せめて穏やかな土地で、安心して眠ってほしい。



 オリヴィアはその場で深い穴を掘ると、ペガサスを土葬した。
 墓の前で手を合わせ、ペガサスの安息を一心に願う。

「…………」
「おやまあ、見かけないお顔ですわね」
「うひゃっ!?」

 いきなり背後から声を掛けられて、オリヴィアは飛び上がった。

 慌てて振り返ってみると、そこには一人の少女が立っていた。

 歳は十代の前半くらいだろうか。
 小柄なオリヴィアよりも、頭一つ分は背が高い。

 赤みがかった長い髪をツインテールにセットし、毛先をカールさせている。
 纏っているのは純白のドレスで、頭の上には金で縁どられた白地の日傘が掲げられている。

 良家の娘、といったところだろう。
 彼女の背後には護衛らしき男がついていた。

「この村に余所者が来るのは珍しいですわね。旅人というにはあまりにも軽装ですし……」
「あ、えっと。ちょっと立ち寄っただけなの。すぐに出発するからお構いなく……」
「お待ちなさいな」

 すかさず逃げの態勢に入ったオリヴィアの肩を、少女はがしっと力強く捕まえた。

「あなた、野良のらドールではありませんこと?」

 ぎくっ、と音が鳴りそうなほど、オリヴィアは戦慄した。

「ち、ちがいますちがいます人違いですっ」
「しらばっくれても、わたくしには通用しませんわよ。ほら、これをご覧なさいな」

 そう言って少女が差し出したのは、オリヴィアもよく知る機械だった。

「機械人形探知機、ですわ」

 言われなくとも、オリヴィアは知っていた。

 これは一見見分けのつかない人間と機械人形とを区別するために用いられる、高価な機械である。
 およそ上流階級の一部と公的機関しか所有していない代物だった。

「わたくしの目は誤魔化せませんわよ。……さて、どうして差し上げましょうかしら? このまま処分場に連行するもよし。あるいは――」

 と、そこで少女は一度口を閉ざす。
 そうして目の前に立つオリヴィアをじっと見つめる。

 少女に肩を掴まれたオリヴィアは、涙目になって震えていた。
 ぱっちりとした紫紺の瞳から、今にも涙を零しそうになっている。

 そんな彼女の様子に、少女はしばらく心を奪われていた。

「……あるいは、わたくしの所有物にして差し上げてもよろしいですわよ?」
「へっ?」

 予想だにしなかった言葉を耳にして、オリヴィアは素っ頓狂な声を上げた。

「あなた、とっても可愛いんですもの。わたくしの一番のお気に入りにして差し上げますわ」
「え、ちょっ、そんな」
「わたくしの家に来れば、何でも好きなものを与えて差し上げますわ。人形狩りに遭うこともありませんし、幸せな生活を送ることができますわよ。素敵ではありませんこと?」
「で、でも私っ……」

 オリヴィアの脳裏を、ベンジャミンの顔が過る。

 彼が村の外れで待っている。
 けれど、ここで迂闊に彼のことを口にすることはできない。
 彼も元は人間とはいえ、今は野良ドールの身なのだから。

「ほら、早く行きましょう。素敵なお洋服を着せて差し上げますわ」

 そう促されるまま、抗うこともできず。

 強引な少女に手を引かれ、オリヴィアは馬車に乗せられた。





       ◯





「ほーら、ぴったりですわ! とってもお似合いですわよ!」

 赤い絨毯の敷かれた部屋の中央で、少女は歓喜の声を上げた。

 彼女の眼前に立つオリヴィアは、それまでのエプロン姿ではなく、フリルがふんだんにあしらわれた真っ赤なドレスに身を包んでいた。

 胸元は大胆に肌を露出させ、成熟した女性ならばこれでもかというほど谷間を見せつけることになる。
 が、あいにくオリヴィアの身体は人間でいうところの十歳にも満たない幼い少女であるため、それは叶わなかった。

 長い栗色の髪はくるくると内巻きに、頭の上には金のティアラが乗せられている。

「ふわぁ……」

 鏡の前に立たせられ、オリヴィアは改めて自分の姿を見た。

「どうですこと? お気に召されまして?」

 少女はオリヴィアの背後に立ち、うっとりとした表情で頬を朱色に染めている。

 彼女の名はリリィといった。
 その身分は、この村を治める長の娘であるという。

「この家にいれば、こんな服をずうっと着ていられますのよ。もちろん、あなたの欲しいものなら何だって手に入れて差し上げますわ」

 リリィはオリヴィアの背後から腕を回し、その華奢な身体をきゅっと抱きしめる。

「お嬢様」

 と、そこへ使用人の女性が部屋に入ってきた。

「お客様がお見えです」
「ん、もう。取り込み中だといいますのに……」

 リリィは唇を尖らせながらもそれに応じる。

「すぐに戻りますわ」

 それだけを言い残して、彼女は部屋を出ていった。

 しんとした部屋の中で、オリヴィアはふうと溜息を吐く。

(……ここにいれば、幸せな生活ができるんだ……)

 鏡に映る自分自身を眺めながら、オリヴィアはこれからのことを考えた。

 ここにいれば、人形狩りに遭うことはない。
 身体のメンテナンスだってきっとやってもらえるし、好きなものを与えてくれる。
 涙のせいですぐに無くなってしまう水分も、毎日補給してもらえるはず。

(でも……)

 彼女は迷っていた。

 村の外れでは、ベンジャミンが待っている。
 このまま彼を放っておくことはできない。
 ……ちょっと意地悪なところは好きじゃないけれど。

 ――君が望むなら、僕はこの世界を滅亡させてみせる。

 彼は言っていた。
 フリージアが大切にしていたオリヴィアが望むなら、この世界をどうにでもすると。

 オリヴィアは鏡から目を離すと、今度は窓の方を見上げた。

 外に見える空は青く、白い雲がそれぞれ自由な形をして浮かんでいる。

(私、どうしたいんだろう……)

 改めて、考える。

 ――猶予をあげるよ、オリヴィア。これから僕と一緒に東を目指そう。

 彼と約束した。

 ――僕が本当の身体を取り戻すまでに、この世界をどうするかを考えてよ。

(そっか、私……)

 オリヴィアは思い出す。

 自分には課題があった。
 東の果てまで旅をして、その上でこの世界をどうするかを決めること。

 自分はまだ、何も知らない。
 生まれたての機械人形で、世間知らずで。

 ――そんなんじゃ有言実行はできないよ。

「……わかってるわよ!」

 まるでベンジャミンに嫌味を言われたような気がして、オリヴィアは心を改める。
 旅を始めたすぐそばから、目的を放棄するわけにはいかない。

 すぐさま赤いドレスを脱ぎ捨て、元のワンピースとエプロン姿に戻る。

「あらっ、一体どうしましたの?」

 と、そこへタイミング悪くリリィが帰ってきた。

「ごめんなさい、リリィ。やっぱり私、ここにはいられない」
「ええっ? どういうことですの?」
「やらなきゃいけないことがあるの」

 リリィの手を払い、オリヴィアは部屋の入口を目指す。

「だ、ダメですわよ。あなたはここにいなくちゃ!」

 慌ててリリィがオリヴィアの肩を掴む。
 だが、

「ごめんなさい、もう行かないと」
「主人の命令が聞けませんのっ?」

 語気を強めてリリィが言った。

 しかしその発言は、オリヴィアの心に火を点けた。

「……誰が主人ですって?」

 一際低いオリヴィアの声に、リリィはただならぬ気配を感じた。
 思わず、彼女の肩を掴んでいた手が緩む。

 オリヴィアはキッとリリィの顔を睨み、吠えた。

「私のご主人様はあなたなんかじゃない。この世でたった一人だけよ!」
「なっ……!」

 まるで飼い犬に手を噛まれたような顔をして、リリィは唇を噛んだ。

「ッ……こんなわがままな人形なんていりませんわ! 誰か! この子を処分場に連れて行ってくださいまし!」

 処分場、という単語にオリヴィアは身を震わせた。

「いっ、一体どっちがわがままなのよ。冗談じゃないわ!」

 身の危険を感じ、オリヴィアはリリィの手を振り払って逃走した。



 部屋を出て長い廊下を突っ切り、外に出られそうな扉を探す。
 だが、廊下の先からは護衛らしき男たちの姿がわらわらと出現し、気が付いたときには、全方向から包囲されていた。

「う、うそ……っ」

 完全に逃げ場を失い、オリヴィアは廊下の壁に背をぶつける。
 壁の上方には窓があったが、位置が高すぎて小柄なオリヴィアでは届かなかった。

(助けて、ママ……)

 ほとんど無意識のうちに、彼女は主人に助けを求めていた。

(でも、ママはもう……)

 現実が、彼女の心を追い詰める。

 主人はもういない。
 どれだけ助けを求めても、彼女はもう戻ってこない。

 ――僕と一緒に、東を目指そう。

 脳裏を、ベンジャミンの言葉が過る。

 彼がオリヴィアに差し出した手。
 意地悪な彼の、その手を掴むのは不本意ではあったけれど。

「っ……」

 他に頼る人はいない。

「……助けてよ、ベンジャミン!」

 出せる限りの声を持って、彼女はその名を叫んだ。
 
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