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マザーズドール ~人形の少女と魔法使いの旅~ 作者:播磨ゆき

第一章

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2.西の山の魔法使い

 
「……キューちゃん、なんでっ、どうして! 死んでるってどういうこと!?」

 少女は明らかに取り乱していた。死んだペガサスを胸に抱いたまま、大きな瞳に涙を浮かべる。栗色の長い髪を振り乱し、この現実が信じられないというように頭を振る。

「嘘よ、ぜったい嘘! こんな簡単に死んじゃうっていうの!? ママみたいにっ……」

 脳裏で母の姿が蘇る。
 正確には、少女とは血の繋がるはずのない『人間』の女性だったけれど。
 それでも『ママ』と呼ばれていたその人物は、今から数日前に病死した。「西の山の魔法使いがきっと力になってくれる」――という言葉を遺して。
 けれど、その言葉を信じてここまで来てみれば、大切な相棒であるペガサスが死んでしまった。
 いや、

「私のせいだ……」

 自分の落ち度であることは、少女自身がよくわかっていた。

「泣いてるの?」

 心配する風でもなく、淡々とした声色で青年が聞く。
 少女が黙っていると、

「わからないな」

 と彼は肩を竦めた。

「君は、この世界を滅ぼしたいと考えているんだろう? それくらいのことで泣いてどうするのさ?」

 その問いに、少女は驚いて顔を上げる。

「僕は見てたよ。ここからずっと。君の『ママ』が死ぬところも、君が自暴自棄になって、世界を恨んだところも。それから……この世界を滅ぼすために、この僕を復活させることを決意をしたところもね」
「世界を、滅ぼす……?」

 やっとのことで、少女は口を開いた。

「滅ぼす……。そうよ。ママが死んだから、こんな世界に価値なんてないわ。私を愛してくれていたママはもういないし、それに……ママを亡くした私は野良人形のらドールだもの。ご主人様のいない機械人形ドールは処分されてしまう。私の生きる場所はもうどこにもないんだから」
「だから、世界を滅ぼすんだね」
「そうよ」
「だったら、ねずみが一匹死んだところで何だっていうの?」
「え……?」

 乱暴な青年の物言いに、少女は怪訝な顔をした。

「君がこれからやろうとしていることは、世界の滅亡――すなわち、この世界のすべての者を殺すということだよ。ねずみ一匹が何だっていうの? そのねずみは、たとえここで死ななかったとしても、いずれは君が殺すつもりだったんでしょ? この世界と一緒に」
「そ、それは……」

 そこまでは考えていなかった、とでもいう風に少女が言い淀んでいると、

「君の考えって、浅はかじゃない? 見た目の通り、子どもみたいだよね。そんなんじゃ有言実行はできないよ」
「う……」

 ぐうの音も出なかった。
 ただ衝動的に、感情的に動いていた少女は、青年の冷静な言葉を聞いて伏し目がちになる。

「君、歳は?」
「……三ヵ月」
「生後三ヵ月の機械人形ね。それじゃあ世間知らずでも仕方がないか。……それで君は、どうしたいの?」

 聞かれて、少女は俯きがちだった顔を上げた。

「君が世界を滅ぼしたいというのなら、僕はそうする。僕の力があればこんな世界、いつだって壊せるからね」

 そんな青年の申し出に、少女は戸惑っていた。

「どうして、私に協力してくれるの? ……ママも言っていたの。あなたなら、きっと私に手を貸してくれるだろうって」
「君にというよりは、君のママに、だよ」
「ママ?」
「君のママ――フリージアは、僕にとって大切な人だった」

 その事実に、少女は驚きを隠せなかった。

「どういう関係……だったの?」

 少女の母フリージアは、一人暮らしの老婆だった。夫も子どももいない。遠くに少数の親戚がいただけ。
 そんな彼女を大切だと言う彼は、一体何者なのだろうか。

「もしかして、恋人……だったとか?」

 少女が恐る恐る尋ねると、

「恋人、ね……。片思いと言った方がいいかな」

 そこで青年は初めて、どこか寂しげな表情を見せた。口元には相変わらず笑みが浮かんでいるものの、その黄金の瞳は虚空を見つめている。

「まあ、僕のことはいいや。とにかく、あの人が大切にしていた君が望むのなら、僕はこの世界を滅亡させてみせる。でも、今すぐにってわけにはいかない。今の僕では力不足だ。世界を破滅させるためにはまず、僕の本来の身体を取り戻さなきゃいけない」
「本来の、身体?」

 青年は少女から目を逸らし、遠い空の向こうを見つめた。

「ここからずっと遠い場所……東の果てに、僕の本当の身体が眠っている。僕はもともと人間だったけれど、魂を二つに分けられて、その片方だけをこの機械人形の身体に入れられたんだ」
「機械人形? あなたも機械人形なの?」
「今はね」

 そう言って、彼はちょっとだけ可笑しそうに微笑んだ。

「僕の強大な魔力を、人々は恐れていた。だからその魔力を半減させるために、僕の身体と魂を二つに分けて封印したんだ。……まあ、今の僕でもその気になればいつだってここを出られるんだけれどね。それでもフリージアが生きている間は、この世界を壊す気にはなれなかった」
「ママのため……」

 亡き母の面影を青年の言葉から感じ取り、少女はまた涙目になる。

「君の名は、オリヴィアというんだろう?」
「!」

 唐突に指摘され、名前を呼ばれた少女は驚いた。

「どうして私の名前を……。あ、そういえば見てたんだっけ」
「理解してくれて光栄だよ」

 鉄格子越しに、青年はニッと子どもっぼい笑みを浮かべた。

「猶予をあげるよ、オリヴィア。これから僕と一緒に東を目指そう。そして、僕が本当の身体を取り戻すまでに、この世界をどうするかを考えてよ」

 言いながら、彼は胸の前で両の手のひらを向かい合わせる。
 すると、その両手の間では丸い玉のような光が出現した。魔法弾だろう。バチバチと激しく火花を散らしながら、それは彼の手の中で段々と大きくなっていく。

「この世界の命運は君に託す。僕の大切なフリージアの、大切な一人娘である君に」

 言い終えるが早いか、彼は魔法弾を片手に移したかと思うと、次の瞬間には目の前の鉄格子へと放り投げていた。
 衝撃で爆風が吹き荒れ、オリヴィアは耐えるように胸元のペガサスに顔を埋める。
 瞬時にして鉄格子は熱に溶け、次いでその場に張り巡らされていた結界が崩壊する。ぱりんっという音ともに、結界はガラスが砕けるようにして破られた。
 風が収まり、オリヴィアは目を開ける。
 再び開けた視界の中で、白い青年はゆっくりとこちらへ歩み寄っていた。

「……申し遅れたけれど、僕の名はベンジャミン」

 そう言って、彼はオリヴィアの前に立ち、自らの右手を差し出した。

「よろしくね、オリヴィア」





 同じ頃、山の麓では兵士たちが未だ結界の突破に苦戦していた。
 応援を呼んだのか、兵士の数は増えている。大勢の人間が飛び道具や攻撃魔法を駆使して結界に挑んでいるが、びくともしない。
 そのうち、山の頂上で爆発音が響いた。

「!」

 その場の全員が頭上を仰ぎ、砂煙の立つ頂上を凝視する。
 すると、太陽を背にした山の頂きから、とんでもない大きさを誇る鳥類が姿を現した。

「あれはまさか、ドラゴン……!?」

 兵士の一人が叫ぶように言った。
 山の上には全身が銀色の巨大なドラゴンが鎮座していた。

「さあ、飛ぶよ。しっかり掴まって」

 その声はベンジャミンのものだった。
 声を頭の中に直接流し込まれたオリヴィアは、突然のことに口をぱくぱくとさせている。

「ベ、ベンジャミン、あんた……ドラゴンにもなれるのっ?」

 絞り出すようにして言った彼女の身体は、すでにドラゴンと化したベンジャミンの背に乗っていた。左手でペガサスを抱きながら、右手でしっかりとドラゴンの首に掴まっている。

「こんなの朝飯前さ」

 言うなり、ベンジャミンは山肌を蹴って大空に羽ばたく。
 山の麓では兵士たちの野太い悲鳴が上がった。
 大きな翼で風を切り、ドラゴンは東に向かって加速した。
 山は瞬時にして遠く、小さくなっていく。
 青い空と緑の大地。その狭間で、少女は愛おしそうにペガサスを抱きしめた。

「キューちゃん、ごめんね。……どこかへ埋めてあげなくちゃ」

 そんな彼女の呟きに、ベンジャミンが反応した。

「あそこの村に寄ってみようか」

 彼が示したのは、いくつかの山を越えた先にある、小さな川辺の村だった。

「あそこに降りるの? さっきの場所から結構近くない?」

 少女は不安の声を漏らす。あまり近くだと、先ほどの兵士たちに追いつかれるかもしれない。
 しかし、

「悪いけど、バッテリーが持たないんだ」
「えっ?」
「僕の身体、かなり古いタイプの機械人形だからね。ただでさえ古いのに、あれだけ魔法を使ったんだから仕方ないよ、かなり消耗してる……。ってことで、一旦落ちるからね」
「落ちる!?」

 まさかの緊急事態に、オリヴィアの顔がさっと青ざめる。

「ふふ……。思ったよりもガタがきてるね、この身体」
「笑ってる場合じゃないでしょ!? あんたの身体、燃費悪すぎっ……きゃああああ――――ッ!!」

 少女の甲高い悲鳴が響く中、ドラゴンは頭から勢いよく落下していった。
 
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