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マザーズドール ~人形の少女と魔法使いの旅~ 作者:播磨ゆき

第一章

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2.西の山の魔法使い

 
「キューちゃん、どこまで行くのよ!」

 少女が呼びかけても、小さなペガサスは止まらなかった。
 それどころか彼女の声にすら反応しない。

(なんだか、様子がおかしい……)

 まるで何かに誘われるようにして、登山道をまっすぐ進んでいく。
 分かれ道に差し掛かるも、迷う素振りは一切見せない。

 そうしてあっという間に、彼らは頂上付近へとたどり着いた。

 さすがにこれだけの距離を一気に登ると、機械人形ドールである少女の身体もかなりのバッテリーを消費する。
 依然として息は上がらないものの、全快時よりは動作が鈍くなっていた。

「キュッ」

 と、やっとのことでペガサスは足を止め、少女を歓迎するように振り返って鳴いた。

 彼女も同じように足を止め、そして前方の景色を眺める。

 彼らの先には、岩肌にぽっかりと穴の開いた、大きな洞窟のようなものがあった。
 その入口には人工的な鉄格子が嵌められており、さらにその奥には人影が見える。

「……やあ、いらっしゃい。可愛らしいお嬢さん」

 洞窟の陰になっている所から、声が届いた。
 若い、けれど幼くはない声。
 男性のものだった。

「あ、あなたは……」

 怖気づいたように、少女は声を震わせる。
 だが、その瞳は期待の色を滲ませていた。

 陰の中で、声の主が動く。
 すらりと立ち上がった背は高い。
 その人物はこちらへゆっくりと歩を進め、やがて陽の光に照らされて顔が露わになった。

 その顔は、少女が思っていたよりもずっと優しげで柔和なものだった。
 長い睫毛に、ほんのりと垂れ下がった目尻。
 口元に微笑を浮かべたその姿は、華奢な身体と相俟ってどこか儚げな印象さえある。

 歳は十代の後半くらいだろうか。
 白い肌に銀色の髪と黄金の眼を持ち、神衣のような白い衣服を身に纏っている。
 全体的にやけに白くて、まるで薄暗い洞窟には似つかわしくない。

「あなたが、あの……『最強災厄』とうたわれる大魔法使いさん?」
「そう呼ばれることもあるね。あるいは悪魔だとか、世界を滅ぼす大魔王だとか」
「キュッ!」

 と、今度はペガサスが声を上げ、洞窟の方へと走った。
 鉄格子の間からするりと身体を滑り込ませ、奥の青年へと駆け寄る。

 大魔法使いと称されるその青年は、優しげな手つきでペガサスを胸に抱き上げ、そっと頭を撫でた。

 その様子に、少女は少なからず驚いていた。

「珍しい……。キューちゃんが、私とママ以外に懐くなんて」
「ママ?」

 彼女の呟きに、青年が反応した。

「ママは、私の主人よ。とっても優しいの」
「ママって言うけど……でも君は、機械人形だよね? 血は繋がっていないはずなのに、ママって呼ぶんだ?」
「私が機械人形だってこと、わかるの?」
「まあね。ずっと見てたから」
「!」

 そんな青年の発言に、少女は身を強張らせた。

「ずっと、見てた……?」
「うん。何を隠そう、僕は世界一の大魔法使いだからね。地上の様子を覗くことなんて朝飯前さ」

 そう言って笑った青年の顔は、無邪気な子どものようでもあり、あるいはイタズラ好きな小悪魔のようでもあった。

「君がここへ来ることはわかっていたよ。だからさっきは山の麓で、一時的に結界を解いてあげたんだ」
「! あれって、あなたのおかげだったの?」

 言われて、少女は思い出す。
 先ほど登山道の入口で結界に触れようとしていたとき、彼女だけは無事に通り抜けることができたのだ。

「まあ、このペガサスだけは間に合わなかったみたいだけれどね。死なせるつもりはなかったんだけど、残念だよ」
「え……?」

 青年はペガサスを抱いたまま、鉄格子の際まで歩み寄る。
 そうして細い手を伸ばし、ペガサスの身体を少女の方へと差し出した。

「キューちゃん?」

 彼女もまた鉄格子の方へと歩み寄り、差し出されたその身体を受け取る。

 手のひらの上でぐったりとしているペガサスは、口を半開きにしたままぴくりとも動かない。
 いつもは鼓動を打っていた小さな胸元も、今はしんとしている。

 死んでいる、としか思えない。

「ど、どうしちゃったの……? さっきまであんなに元気だったのに……?」

 わなわなと手を震わせながら、彼女は動かないペガサスを見つめる。

「ああ、さっきまでは僕が操っていたんだよ。君をここへ案内するためにね」

 まるで何でもないことのように青年が言った。

「操ってた……? それって魔法? じゃあ、さっきまで動いていたのはキューちゃんじゃなくて――」
「うん。その子は最初に結界に触れたときに死んでしまったからね。代わりに僕が身体を動かしていたんだよ」

 青年の言葉に、少女は目を見開いていた。

「……キューちゃん、なんでっ、どうして! 死んでるってどういうこと!?」

 彼女は明らかに取り乱していた。
 死んだペガサスを胸に抱いたまま、大きな瞳に涙を浮かべる。
 長いブラウンの髪を振り乱し、この現実が信じられないというように頭を振る。

「嘘よ、ぜったい嘘! こんな簡単に死んじゃうっていうの!? ママみたいにっ……」

 ママ――生前の主人の姿が、脳裏で蘇る。

 少女の所有者であったその老婆は、今から数日前に病死した。
 西の山の魔法使いがきっと力になってくれる――という言葉を遺して。

 しかしその言葉を信じてここまで来てみれば、大切な家族であるペガサスが死んでしまった。

 否、

「私のせいだ……」

 自分の落ち度であることは、彼女自身がよくわかっていた。

「泣いてるの?」

 心配する風でもなく、淡々とした声色で青年が聞く。

 少女が黙っていると、

「わからないな」

 と、彼は肩を竦めた。

「君は、この世界を滅ぼしたいと考えているんだろう? それくらいのことで泣いてどうするのさ?」

 その問いに、少女は驚いて顔を上げる。

 青年は続けた。

「僕は見てたよ。ここからずっと。君の『ママ』が死ぬところも。そして君が自暴自棄になって、世界を恨んだところも。それから……この世界を滅ぼすために、この僕を復活させることを決意をしたところもね」
「世界を、滅ぼす……?」

 やっとのことで、少女は口を開いた。

「滅ぼす……。そうよ。ママのいないこんな世界なんて、存在する価値がないわ。私を愛してくれていたママはもういないし、それに……ママを失った私は野良のらドールだもの。ご主人様のいない機械人形は処分されてしまう……。私の生きられる場所はもう、どこにもないんだから」

 人間のために、人間の手によって創り出された機械人形たちは、その役目を終えればまるでゴミのように捨てられてしまう。
 人間の生活を助けるため、あるいは愛情を分かち合うことを目的として製造された彼らも、いざ飼い主がいなくなれば歩くゴミとして疎まれる。
 場合によっては人を襲う存在として危険視され、処分される。

 少女もまた、その例外ではなかった。

「だから、世界を滅ぼすんだね」
「そうよ」
「だったら、ねずみが一匹死んだところで何だっていうの?」
「え……?」

 乱暴な青年の物言いに、少女は怪訝な顔をした。

「君がこれからやろうとしていることは、世界の滅亡――すなわち、この世界のすべての者を殺すということだよ。ねずみ一匹が何だっていうの? そのねずみは、たとえここで死ななかったとしても、いずれは君が殺すつもりだったんでしょ? この世界と一緒に」
「そ、それは……」

 そこまでは考えていなかった、とでもいう風に彼女が言い淀んでいると、

「君の考えって、浅はかじゃない? 見た目の通り、子どもみたいだよね。どうせ世界を滅ぼしたいっていうのも、僕が世界を滅ぼす魔法使いと呼ばれているからっていう理由だけで、短絡的に考えたんじゃないの? そんなんじゃ有言実行はできないよ」
「う……」

 ぐうの音も出なかった。
 ただ衝動的に、感情的に動いていた彼女は、青年の冷静な言葉を聞いて伏し目がちになる。

「君、歳は?」

 青年が聞いた。

「……三ヵ月」

 震える声で少女が答える。

「なるほど、生後三ヵ月の機械人形ね。それじゃあ世間知らずでも仕方がないか。……それで君は、どうしたいの?」

 聞かれて、彼女は俯きがちだった顔を上げた。

「君が世界を滅ぼしたいというのなら、僕はそうする。僕の力があればこんな世界、いつだって壊せるからね」

 そんな青年の申し出に、少女は戸惑っていた。

「どうして、私に協力してくれるの? ……ママも言っていたの。あなたなら、きっと私に力を貸してくれるだろうって」
「君にというよりは、君のママに、だよ」
「ママ?」
「君のママ――フリージアは、僕にとって大切な人だった」

 その事実に、少女は驚きを隠せなかった。

「どういう関係……だったの?」

 少女の主人――フリージアは、深い森の奥に住む独り身の老婆だった。
 夫も子どももいない。
 友人と呼べる人物もいない。

 そんな孤独な彼女を大切だと言う彼は、一体何者なのだろうか。

「もしかして、恋人……だったとか?」

 少女が恐る恐る尋ねると、

「恋人、ね……。片思いと言った方がいいかな」

 そこで青年は初めて、どこか寂しげな表情を見せた。
 口元には相変わらず笑みが浮かんでいるものの、その黄金の瞳は虚空を見つめている。

「まあ、僕のことはいいや。とにかく、あの人が大切にしていた君が望むのなら、僕はこの世界を滅亡させてみせる。でも、今すぐにってわけにはいかない。今の僕では力不足だ。世界を破滅させるためにはまず、僕の本来の身体を取り戻さなきゃいけない」
「本来の、身体?」

 青年は少女から目を逸らし、遠い空の向こうを見つめた。

「ここからずっと遠い場所……東の果てに、僕の本当の身体が眠っている。僕はもともと人間だったけれど、魂を二つに分けられて、その片方だけをこの機械人形の身体に入れられたんだ」
「機械人形? あなたも機械人形なの?」

 少女が驚いて聞く。

「ぱっと見ただけじゃわかんないでしょ?」

 と、青年はちょっとだけ可笑しそうに微笑んでみせた。

 一般的に、機械人形の容姿は人間のそれとほぼ変わらない。
 いくら中身は機械で出来ていても、表面だけを見れば普通の人間と間違えられることもある。

「僕の強大な魔力を、人々は恐れていた。だからその魔力を半減させるために、僕の身体と魂を二つに分けて封印したんだ。……まあ、今の僕でもその気になればいつだってここを出られるんだけれどね。それでもフリージアが生きている間は、この世界を壊す気にはなれなかった」
「ママのため……?」

 亡き主人の面影を青年の言葉から感じ取り、少女はまた泣きそうになる。

「君の名は、オリヴィアというんだろう?」
「!」

 唐突に名前を指摘され、少女は驚いた。

「どうして私の名前を……。あ、そういえば見てたんだっけ」
「理解してくれて光栄だよ」

 鉄格子越しに、青年はニッと子どもっぽい笑みを浮かべた。

「猶予をあげるよ、オリヴィア。これから僕と一緒に東を目指そう。そして、僕が本当の身体を取り戻すまでに、この世界をどうするかを考えてよ」

 言いながら、彼は胸の前で両の手のひらを向かい合わせた。
 すると、その両手の間では丸い玉のような光が出現した。

 魔法弾だろう。
 バチバチと激しく火花を散らしながら、それは彼の手の中で段々と大きくなっていく。

「この世界の命運は君に託す。僕の大切なフリージアの、大切な一人娘である君に」

 言い終えるが早いか、彼は魔法弾を片手に移したかと思うと、次の瞬間には目の前の鉄格子へと放り投げていた。

 衝撃で爆風が吹き荒れ、オリヴィアは耐えるように胸元のペガサスに顔を埋める。

 瞬時にして鉄格子は熱に溶け、次いでその場に張り巡らされていた結界が崩壊する。
 ぱりんっという音ともに、結界はガラスが砕け散るようにして破られた。

 風が収まり、オリヴィアは目を開ける。

 再び開けた視界の中で、白い青年はゆっくりと彼女の方へと歩み寄っていた。

「……申し遅れたけれど、僕の名はベンジャミン」

 そう言って、彼はオリヴィアの前に立ち、自らの右手を差し出した。

「よろしくね、オリヴィア」





       ◯





 同じ頃。
 山の麓では、兵士たちが未だ結界の突破に苦戦していた。

 応援を呼んだのか、兵士の数は増えている。
 大勢の人間が飛び道具や攻撃魔法を駆使して結界に挑んでいるが、びくともしない。

 そのうち、山の頂上で爆発音が響いた。

「!」

 その場の全員が頭上を仰ぎ、砂煙の立つ頂上を凝視する。

 すると、太陽を背にした山の頂きから、とんでもない大きさを誇る鳥類が姿を現した。

「あれはまさか、ドラゴン……!?」

 兵士の一人が叫ぶように言った。
 山の上には全身が銀色をした巨大なドラゴンが鎮座していた。



「さあ、飛ぶよ。しっかり掴まって」

 その声はベンジャミンのものだった。

 声を頭の中に直接流し込まれたオリヴィアは、突然のことに口をぱくぱくとさせている。

「ベ、ベンジャミン、あんた……ドラゴンにもなれるのっ?」

 そう絞り出すようにして言った彼女の身体は、すでにドラゴンと化したベンジャミンの背に乗っていた。
 左手でペガサスを抱きながら、右手でしっかりとドラゴンの首に掴まっている。

「こんなの朝飯前さ」

 言うなり、ベンジャミンは山肌を蹴って大空に羽ばたく。

 山の麓では兵士たちの野太い悲鳴が上がった。

 大きな翼で風を切り、ドラゴンは東に向かって加速する。

 山は瞬時にして遠く、小さくなっていった。





 青い空と緑の大地。

 その狭間で、少女は愛おしそうにペガサスを抱きしめる。

「キューちゃん、ごめんね。……どこかへ埋めてあげなくちゃ」

 そんな彼女の呟きに、ベンジャミンが反応した。

「あそこの村に寄ってみようか」

 彼が示したのは、いくつかの山を越えた先にある、小さな川辺の村だった。

「あそこに降りるの? さっきの場所から結構近くない?」

 少女は不安の声を漏らす。
 あまり近くだと、先ほどの兵士たちに追いつかれるかもしれない。

 しかし、

「悪いけど、バッテリーが持たないんだ」
「え?」
「僕の身体、かなり古いタイプの機械人形だからね。ただでさえ古いのに、あれだけ魔法を使ったんだから仕方ないよ、かなり消耗してる……。ってことで、一旦落ちるからね」
「落ちる!?」

 まさかの緊急事態に、オリヴィアの顔がさっと青ざめる。

「ふふ……。思ったよりもガタがきてるね、この身体」
「笑ってる場合じゃないでしょ!? あんたの身体、燃費悪すぎっ……きゃああああ――――ッ!!」

 少女の甲高い悲鳴が響く中、ドラゴンは頭から勢いよく落下していった。
 
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