挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
マザーズドール ~人形の少女と魔法使いの旅~ 作者:播磨ゆき

第一章

4/22

4.終わりの旅へ

 
「呼んだ?」
「ッ!?」

 間髪入れずに返答があり、オリヴィアはびくりと肩を跳ねさせる。
 声はすぐそばから発せられたようだった。
 いや。
 近い、というよりは、頭の中に直接声を流し込まれたかのようだった。
 この感覚には覚えがある。

「……ベンジャミン?」

 恐る恐るオリヴィアが後ろを振り返ると、背後には高い壁があった。そして、その上方――彼女の頭よりもずっと高い位置に、大きなステンドグラスがある。
 七色の光が差し込むその窓辺には、すらりと背の高いシルエットがぼんやりと浮かんでいた。

「ふふ。さっそく人形狩りに遭ってるなんてね」

 そんな嘲笑めいた声が響いた直後、派手な音を立てて、ステンドグラスは割れて四散した。
 色鮮やかなガラスの破片が、光の中でキラキラと散る。
 その中を、華奢な青年が落ちてくる。白を基調とした神衣に、美しい銀髪。
 軽い身のこなしで着地した彼は、ちょうどオリヴィアを背にする形で人間たちの前に立った。

「なっ、なんですの、あなた!?」

 突然の侵入者に、リリィが困惑する。

「……危機一髪、だったね。見損なったよオリヴィア。そんなんじゃあ世界滅亡なんて夢のまた夢だよ」

 現れた青年――ベンジャミンは、そう意地悪な笑みを浮かべて言った。

「うっ……うるさいわね。ちょっと油断しただけよ!」

 負けじとオリヴィアも吠える。悔しさと恥ずかしさと安堵とが入り混じったその顔は、涙に濡れて真っ赤になっていた。

「あれ? なあんだ、せっかく可愛い格好してたのに着替えちゃったんだ?」
「へっ?」
「あのドレス。結構似合ってたのにもったいない」
「……見てたの?」
「もちろん。朝飯前だからね」

 涼しい顔で言うベンジャミンに、オリヴィアは今度こそ茹蛸のようになっていた。

「ええい、わたくしを無視しないでくださいまし!」

 と、リリィは駄々を捏ねる子どものように両の拳を振り上げる。

「この男も機械人形ドールですわ! 二人まとめてやっつけておしまいなさい!」

 その命令が下された瞬間、周囲に集まっていた護衛たちは一斉に二人へと襲い掛かった。ある者は剣を、ある者は槍を持って全速力で駆けてくる。

「無駄だよ」

 そう短く言って、ベンジャミンはパチンと指を鳴らした。
 途端、護衛たちの身体はぴたりと止まり、さらには見えない力で全身を宙に浮き上がらせる。

「わっ、わっ?」
「どうなってやがる!」

 空中で手足をばたつかせながら、彼らは戸惑いの声を上げていた。

「しばらくそこでおとなしくしててよ。……さあ、オリヴィア。今のうちに逃げよう」

 ベンジャミンは自らの手をオリヴィアの方へと差し出す。

「させませんわ!」

 割って入るようにリリィが叫んだ。

「こうなったら、わたくし自らがお相手して差し上げますわよ!」

 言うなり、彼女は両の手のひらを二人に見せつけるようにして広げ、構えを取る。

「! あの子、魔法使いだわ!」

 オリヴィアが叫んだ。
 直後、リリィの手のひらから、赤い炎が勢いよく飛び出した。
 真正面から迫りくる炎に、オリヴィアは短い悲鳴を上げ、頭を抱えて蹲る。
 その隣で、ベンジャミンはまるで埃でも払うかのような動作で片手を振り、一瞬にして炎を消し去った。

「……面白い。この僕に魔法で勝てると思ってるの?」

 そう言ったベンジャミンの声は、どこか威圧的な雰囲気を含んでいた。
 恐る恐る目を開けたオリヴィアは、ゆっくりとベンジャミンの顔を見上げる。
 そこに見えた彼の顔は、まるで獲物を見つけた獣のようだった。普段は垂れ目がちになっている優しげな瞳は、今は怪しい鋭さを持っている。
 その様子に、オリヴィアは少なからず焦りを覚えた。このまま放置すると、彼はリリィを殺してしまうのではないかと。

「ま、待ってベンジャミン。相手は子どもよ。あまり乱暴な真似はしないで」
「ふふ。面白いことを言うね、オリヴィア。君はこの子に殺されそうになったんだよ?」
「それは……」

 物騒な彼の発言に、オリヴィアは改めて自分の置かれた状況を考える。
 確かに、自分はもう少しで処分されるところだった。
 けれど、だからといって、それで相手を殺していい理由になんてなるだろうか?

「ベンジャミンですって……? おやまあ。今時そんな名前を付けるなんて、馬鹿な主人がいたものですわね」

 と、今度はリリィが挑発的な言葉を発した。

「そんな名前?」

 と、オリヴィアが聞き返す。

「ここから西の方角に山が見えますでしょう? あの山の頂上には、世界を滅ぼす悪魔が封印されていますのよ。その悪魔の名前がベンジャミンといいますの。……ふふっ、そんな恐ろしい悪魔と同じ名前にされるなんて、可哀想なお人形さんですこと」
「なるほどねえ」

 うんうん、と深く聞き入るように、ベンジャミンは頷く。そして、

「その恐ろしい悪魔に喧嘩を売ったこと、後悔させてあげるよ」

 言いながら、彼はニイッと口の端を吊り上げて笑った。
 その怪しげな笑みに、リリィはぞくりと背が寒くなるのを感じた。
 そうしてベンジャミンが両手を前方に構えた瞬間。

 屋根が、吹き飛んだ。

「――……ッ!?」

 ドッ、と重い爆発音がした。
 次いで、彼らのいる建物の中心から、突如として竜巻が生まれた。

「……きゃああああっ!」

 リリィの甲高い悲鳴と、護衛の男たちの低い唸り声が上がる。
 彼らは竜巻に巻き込まれ、屋根を突き抜けて天高く舞い上がった。
 人間が、空を舞っている――そんな奇妙な光景を、オリヴィアはぽかんとした表情で地上から見上げていた。

「お、おたすけええええ……っ」

 男たちの声は弱々しく、寂しげに空の彼方に響いていた。
 オリヴィアの隣に立つベンジャミンは、どこか満足した様子でニコニコとしながら空を眺めている。

「お、オリヴィアぁ……っ」

 その悲痛な声に、オリヴィアが反応した。リリィの声だ。

「わたくしが悪かったからっ……た、助けてくださいましぃ……っ!」

 涙声で懇願する彼女に、オリヴィアは胸が締め付けられるような思いがした。

「も、もうやめてベンジャミン。やりすぎよ。あれじゃあみんなが死んじゃうわ!」

 居たたまれない気持ちになり、オリヴィアはベンジャミンの袖を掴む。

「死んじゃう? ……君は、世界を滅亡させたいんでしょ? いずれはあいつらのことも殺すことになるのに、今はそうしたくないってこと?」

 と、ベンジャミンは意地の悪い笑みを見せながら言った。

「それとこれとは話が別よ!」
「そうかなあ?」
「いいから!」

 オリヴィアの必死の訴えにより、ついにベンジャミンは「わかったよ」と折れた。そうして右手を空にかざすと、途端に竜巻はふっと収束し、宙に浮かんだままの人間たちはゆっくりと地上へ降りてくる。
 やがて、もう少しで足が付きそうだというところで、ベンジャミンの悪戯か、最後の最後で激しく落下した。
 たまらず尻餅をついたリリィの前で、ベンジャミンは柔和な笑みを浮かべて言う。

「ではごきげんよう。なかなか楽しかったよ。可愛らしいお嬢さん」
「なっ……」

 何かを言いかけたリリィの顔は、悔しさからか恥ずかしさからか、ほんのりと朱色に染まっていた。
 そして、ベンジャミンは翼を広げた。
 瞬時にしてドラゴンの姿へと成り代わり、その背に小さなオリヴィアを乗せ、驚異的な脚力を持って空に飛びあがる。





       ◯





「ねえ、ベンジャミン。さっきのあれって……もしかして口癖なの?」
「何が?」

 夕暮れ色に染まり始めた空を浮遊しながら、ドラゴンの背に乗ったオリヴィアは尋ねた。

「だから、さっきの……――『可愛らしいお嬢さん』って」

 先ほど、ベンジャミンがリリィに対して使っていた言葉だ。
 それは最初、あの山の頂上でオリヴィアと会ったときにも使われた言葉だった。

「何? もしかしてヤキモチ?」
「そ、そんなわけないでしょ!」

 ベンジャミンの意地の悪い質問に、オリヴィアは顔を真っ赤にさせて否定する。
 くすくすと笑う彼の顔は見えない。今はドラゴンの姿になっているから……といっても、きっと嫌味な笑みを浮かべているんだろうな、とオリヴィアは想像する。
 ベンジャミンは一頻り笑った後、

「それで、いい場所は見つかったの?」

 と、いきなり他の話題を振った。

「場所?」
「ペガサスのお墓」
「あ……」

 その言葉に、オリヴィアは息が詰まった。

「……うん」

 絞り出すようにして、涙声で彼女は答える。

「ならよかった」

 東を目指す二人の後方で、太陽はゆっくりと沈んでいく。辺りは風の音しか聞こえない。
 けれどその風の中で、オリヴィアはどこか遠くに、ペガサスの高い鳴き声を聞いたような気がした。

「あ、それからオリヴィア。言い忘れてたんだけどさ」
「……何よ」

 また泣きそうになってしまっているのを隠したくて、オリヴィアはわざと不機嫌な声で言った。

「バッテリー、まだ全然充電できてないんだ。悪いけどまた落ちるからね」
「!」

 唐突に告げられたその事実に、またしても彼女の顔はさっと青ざめる。

「ちょ、ちょっと! あんたの身体、やっぱり燃費悪すぎ! ……っきゃああああ――――ッ!!」
「あははははははっ」

 少女の悲鳴と青年の笑い声は、夜を迎えようとしている空の彼方へと吸い込まれていった。




第一章 (終)
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ