12) 攻勢開始・流浪少女の活躍
日の出よりも早く、まだ夜が明けきらぬうちにドボス軍東砦を強襲したメスティア軍。
結果からいえば、あっけなく陥ちた。
ウォリスがにらんだ通り、アルセア村の戦いで兵力に大きな損耗を出したドボス軍はわずかな人数しか置いていなかったのである。かつ、こんなにも早くメスティア軍から逆襲をくらうとは予想もしていなかったに違いない。
ただし、勝因はそれだけではない。
ひょんなことから得られた、身軽な流浪の少女ランリィの協力が大きい。
彼女は東砦の死角となる位置を知っていて、そこから攻めればいいとハルカに教えたのである。
年端もいかぬ、しかも素性も定かでない少女の言い分など――と、リディアは危ぶんだが、ハルカは「自分が先頭を切って突入するなら問題ないでしょ?」と言って一同の了承を得た。
砦はアルセスとアルセア村の要路を分断するように、南北に細長く築かれている。
とはいえ、人間の背丈を超えるくらいまで石を積み上げただけの、粗末な造りである。狙撃用の穴も穿たれていなければ攻め手を迎撃するための武器の備えもなく、ちょっとしたご家庭の塀とほとんど大差ない。が、その上を兵士が歩けるだけの幅は設けられている。つまり、分厚い塀といっていい。
人間が侵入できないよう、さすがにあちこちに罠は仕掛けられていた。砦の東側、アルセア村寄りに一定間隔で落とし穴や狩猟網が埋め込まれている。
が、メスティア側には狩りの達人ジェイがいる。
いちいちその在処を見破ってから
「はっはっ、ドボスの連中ときたらなっとらんわい。こんなぬるい罠じゃ野レカの一頭も捕まらんて」
可笑しそうに笑い飛ばした。
が、真っ向から罠を突破していく必要はなかった。
罠がまったく設けられていない位置を、ランリィが知っていたのだ。
「北でも南でもいい、砦の先端から二十歩ばかり戻ったあたりに罠はない。ドボス兵は自分達が引っかからないように、わざとそういう抜け道を作っておくんだ。手当たり次第に仕掛けちゃ、人間だけじゃなく自分らもかかってしまうからな」
彼女がそう教えてくれたのをハルカが皆に説明し、一同はその通りに動いた。
ランリィが言った位置には確かに、罠がない。
そうして東砦に接近することに成功したものの、ちょっとしたいざこざがあった。
「妙だな。貴様、なぜ罠のない場所を知っていた? 狩人のジェイ殿ならともかく、お前のような娘が仕掛けを見抜けるとは到底思えないのだが」
「私は何度もドボス軍の目をすり抜けてここを行き来している。このあたりは私の庭も同然なんだ。目を瞑っていたって歩けるんだ」
またしてもリディアが疑い、ランリィがむくれるといった場面があったが
「まあまあ、リディア。ランリィの話は正しかったようだし、まずはこれで良しとしようじゃないか。俺達の最初の目的はドボスを打倒することだ。目指すものが同じなら、同志と思ったほうがいい」
ウォリスが割って入って二人を宥めた。
不服そうながらも頷いたリディア。
ランリィはといえば、ハルカの背に隠れてリディアを睨みつけている。
「だいたい、私はハルカに協力すると言ったんだ。メスティア軍に協力するとは言ってない」
「ああ、それでいい。俺達も、ハルカを頼りにしているんだ。だから同じことだろ?」
「……」
まったく、ウォリスは人の心をつかむのが上手い。
そう返されては文句の言いようもなくなったのか、ランリィも大人しく引き下がった。
――さすがはウォリスさんだわぁ。
いかにも大人の男性、といった貫録にハルカは惚れ惚れとしたが、今はこんなところで油を売っている場合ではない。夜が明けきる前に東砦を陥とし、前線を進めておかなければならない。
「……んじゃ、行きますか!」
言うが早いか、もう姿が見えなくなっている。砦の上に飛び上がり、駆けていってしまった。
まだ暗いからよかったものの、またしても穿いていないことを忘れている。
「やれやれ。気の早い子だ……」
苦笑を浮かべつつ自分も長剣を握りしめると、ダッと跳躍して後に続いていくウォリス。
さらに、アリスやリディア、マリス・ノア姉弟も彼を追う。弓を扱う三人のうちマーティだけが攻撃陣に合流、ニナとジェイはヘレナとサラを護衛しつつ待機である。奇襲をかけるからには、可能な限りの人数を動員したほうがいい。
東西を結ぶ往来と交わる部分だけが石材がアーチ状に組み上げられており、木の門扉が人々の交通を遮断している。その内側、つまりアルセス側に雨風をしのげる程度の粗末な小屋的な設備が設けられており、見張り役の兵士はそこに詰めるらしい。
大剣を携え、ひょいひょいと軽快に先頭をいくハルカ。
もっと巨大で頑強で迷路のような、かつてテレビ番組で見た西洋城塞的なものを想像していた彼女は拍子抜けした。
(なにこれ? 相奈原東公園の遊具よりひどいじゃん。砦っていうより石器時代の遺跡だよね)
その石器時代の遺跡呼ばわりされた砦を守っていたのは、二人のドボス兵。
門の傍で天に向けて長槍を携え、彫像のように立っている。
砦の上から小屋の中は窺い知れない。もしかしたら休憩中の兵士がいるかも、と思ったが、いたところでどうせわずかな人数に違いない。戦力と呼ぶには粗末すぎる。
兵士は、ハルカの接近に気付かない。
というよりも、彼女の動きが高速すぎるのだ。辺りはまだ暗くて視界が十分でないうえ、まさか砦の上から突っ込んでくるとは予想もしないであろう。
大剣を片手で握りつつ、足場を蹴って大きく跳躍した。
闇の中にふわりと舞う白い何かを視界にとらえたドボス兵。
が、そのときにはもう遅い。
すでにハルカは着地して体勢を整えている。
ふふん、と笑って
「――ボケッと突っ立ってたら、危ないよん」
目にも留まらぬ速さで大剣が一閃、二閃。
右へ左へと、ドボス兵の身体が宙天高く舞い上がった。
が、ハルカの斬撃は止まらない。
くるりと大剣を返すなり、眼前にそびえる木の門扉へとそれを叩きつけた。
重厚な門扉は道のはるか彼方まで吹っ飛んでいき、その衝撃でアーチ状に組まれていた石材が大きな音を立てながら崩れ落ちる。ドボス軍による制圧以来、これまでアルセスの人々の行き来を遮っていた小砦は、ハルカの一撃で呆気なく破られていた。
ゆったりと大剣を肩に担いだハルカ、
「……通行止め解除、っと」
愉快そうに呟いた。
そこへ、刃に跳ねた血潮を落とすように、長剣をひと振りふた振りしながらウォリスがやってきた。
詰所もとい小屋の中にいたドボス兵は、彼が始末したらしい。
見る影もなくなってしまった門の跡を目にするなり
「あーあー、こりゃまた派手にやっちまったなァ。これはこれで、あとから使い道があると思ってたんだが……」
えっ!? とハルカは青くなった。
ドボス軍が築いたものだから不要と思い、ついノリでぶっ壊してしまったのだが。
「ごっ、ごめんなさいっ! あたし、どうせ邪魔だから壊しとこうと思って、その……」
がばっと頭を下げて誤った。
するとウォリスはカラカラと笑いながら
「ああ、いいって。万が一ドボス軍がアルセアに向かったときのために、ここを閉ざしておいたらいいんじゃないかって思っただけだからな」
腕を伸ばし、下げているハルカの頭をわしわしと乱雑に撫でた。
「ハルカ、立派なモンだ! 真っ先に斬り込んでいくわ、みんなの行き来に邪魔だった砦をぶっ潰すわ、大した働きだよ。俺ァ、感激したぜ!」
「は、はぁ。ありがとう、ございます……」
追いついてきたアリスやリディアも、すっかり崩壊した砦門を見て目を丸くしている。
が、そのことについて特に苦情は言わなかった。
作戦が図に当たって初戦に完勝でき、まずは安堵しているようであった。
「――ねぇ、あんた達!」
と、砦の北側から、素早く駆けてきた者がいる。
塀の上からぴょんと身軽に飛び降りるなり
「砦を陥として油断しちゃ駄目だろ! 見張りの生き残りでもいたら、すぐ西砦に駆け込まれちゃうじゃないか! 私が見てきた限りドボス兵はいなかったけど」
ランリィ。
いつの間に行ったのか、小砦北側にドボス軍残党がいないか確かめてきたらしい。
彼女の言う通りである。
この先の西砦、あるいは本隊へ急報されたならば、奇襲戦術が意味をなさなくなってしまう。
「ありがとね、ランリィ」
ハルカが礼を述べると、アリスも微笑んで
「ランリィさん、このたびのお力添え、本当に感謝します。あなたのお陰でまずはこの東砦を陥とすことができました」
ゆったりとお辞儀した。
するとランリィは急にあたふたとし始め
「わ、私はその、あんた達だけじゃ頼りないと思って、仕方なく手を貸しただけだからな! ドボス軍を追い払えばこの島も暮らしやすくなるし、その……自分のためだ、自分のため!」
やたらと自分のため、を強調している。
そのくせ頬を赤くしていて、どう見ても照れくさそうな表情である。王女から丁重に礼を言われ、動揺しているらしかった。
(あ! このコ、デレてる!)
ハルカは楽しくなった。
根が素直なくせにわざと素直じゃない風を装っているのがよくわかる。恐らく、生きてきた環境が彼女にそうあることを強いたに違いない。
同時に、心の奥底からふつふつと湧き起こってくる妙な感情にも気付いている。
可愛らしい、というような、愛おしい、というような。