第 3 部分
―― 大理科の古典的前衛として大車輪が存在している, このような史実は良いであろう. 問題は, 大理科が大車輪を十分に大きく代弁している今, なぜか, あまつさえ大理科と重なりあうような位置に, その大車輪が再現していることだ. 大理科の生命はそれ自身が受けもつ, ほかには無い.
"私たち 4 人が各自から離れおえたら, あれらの会議録を燃やしてしまう件は, うまく取りつけられました. キャットが打ちあけた (複雑未来への) 懸念ですが, いつも簡単な者がそこで思っていることを, 彼は分かってくれた筈です. この時代に固有されるものではない私たちが なにも代表できないことの意味あいも, ついでに思いださせてあげてください. ともあれ, こういうやりとりもあと 2, 3 回で終わりでしょう. ユンゲルで完成した息遣いが, まるで見当違いだとしても ……. 破りすてられた冊子を今でも持っていること. この大車輪の拙いなりの単純さが, 私たちからの生を生きることを, 最後まで嬉しく思います"
私の掌は違った文字を閉じこめない. 鉄塔が乱立している西区の 実相である CS9907 で, ココレゾからレワールに宛てた上掲のような書翰が, CS タームでいう「ショット」を惹きおこした (CS9907 は流速 (≡ ステオ) その他のシステム的総体であり, ショットとは, 線的で強い高速ステオ (≡ ダート) が大きなステオを貫きスプラッシュが生じる現象として, 解釈される. このばあい, ダートをリンパス家と見なして CS は挙動した). 旧時代の偉跡が, その意思を大理科が受けついでいる現代に, なぜ選りにも選って (初見のふつうの印象では) 大理科を圧するかのように甦ったのか. 水は知らないうちに変わる.「大車輪. 実は確かではないものを, あなたは今へ伝えに来たのだ」大理科にしても, さすがの CS9907 らしい軽ステオ: 大理科専任の博士たちに「決まった時間きっかりに施設に揃うこと」「噂として, 病院の自分の廊下にキーボードしかなかった過去を各々が持っているらしいこと」―― これら 2 項以外を〈私たちは彼らの違う博士. 新しい揮発を〉期待する局所的機運が, 変わらない翌日に難破した.
爽快に晴れた日, 学校を抜けだし 彼特有の軽い欄干らしさを突きつけて大車輪に忍びこんだ青年クラの話によると, まっ白く伸びるモダンな内装の廊下, その一面ガラス張りになっている突きあたりから, 1 本の木が佇む吹ぶく雪原が見えたらしい. 静まりきった鉄線 ―― 上の書翰やこれまでの大車輪観を分からなくさせる冷えた現代性をまえに, クラは息を深く吸いこみ, クッと止めた.
(「鼓動が古典ゆえに始まったから. 意図は満ちた」―― 本 (= ラザルド『グレープシー Ⅱ. 機構』) とはまるで違っている. 想像と実際は往々にして違うが, それにしても. 古く微小の約束を繋ぎとめる回転 ……. これがそれ?)
無地の乾電池を取りおとす. レースのカーテンが翻る. クラは, 数学のノート, スケルトン作りのシャープ・ペンシル, 紙飛行機を持っていた. 学校を抜けだすために少なくはあるが, 隙の無い冴えた準備であった. 追いつけるだろうか ―― 彼は思った. 折りしもクラは最後となる 3 度目のルーリンク構築を終えたばかりであったから, その観念系は『ルーリンク No. yuim』に載っている彼の寄稿「雲: あのなにか, 最大幅の電子, 光線, ひとり遊離した数字」から窺える. 限られた時間の中で新生の白い考えを連投し, 自分の手に余ることを確かめると, クラは速やかに大車輪から撤退した. その際も彼は注意深く, みぎへ分かれた廊下の奥で 良質そうな両開きの木扉が閉じていることを, 見おとさなかった.
こうして明かされた 大車輪の内面言語としての冬季は, 上で載せた書翰を複雑解釈する予型派や, "父への感謝や尊敬の思いで, 自身の動かない筈の基礎が, 新しいところへ自動したのだとしたら" と指摘する〈もの分かり良く栞でしか旧言語を見ないことにしたから, 勧告が見なれた色を明かした〉個体派を 本格的に促したが, それぞれに応じた了解も, いきなり再現した大車輪が黙秘しつづけている現状に照応しきれていない (どこか理解が足りていない) ことを いずれも述べており, 逆に〈実は外から来ていた. 法則も家では和らぐし, そのために自分は隠れる〉基点を大車輪単体に決めないスタンスが, 惹きおこされつつあるようだ. 国際的な香りが想像しないうちに, 私のレンズを〈人数分ある皿に〉装っておく. しかし, なによりも大きい趨勢として, 2 年まえに施行された次のような思弁実験を, ひとびとは思いおこしていた.
"もしも, 街中にとつじょ巨大嬰児 (頭部だけでも 10 m を超えるような, それは大きな赤子) が現れ, 眼を見ひらいて横たわり, 不可解に黙しとおしているばあい"
この出所不明の問いは, ちょうど時代が新交換されている無音のときに広まった. 困惑してはならない ―― 誰も計画しない離陸であったにせよ ……. 早朝の締めきり後すぐに, 集まった回答が歩道橋で公開された. 集まった回答は, 例えば, "個としての私を装備せよ. 飛来してくる言葉を全的な自身に用意させる, そのための ―― 偉大で近よりがたい自宅への 他人としての ―― 脅迫は, 今や翔びたたねばならない. それは夜中にひとりで行われる. そうして新時代が始まる" "耐えきることだ. その嬰児が口を開くまでを決して意味しているのではない. ひとつの欠損ゆえに, 沈黙は実のところ我々に課されていた. 誰かがついに言葉を発せたとき, その嬰児は安眠する" ―― このようなぐあいだ (後者はギーゼラの答案で, そこで "欠損" されているものは「答え」であろう). 最も高評価された回答は次になる.
"果てに不可解である (そう断定できる) 限り, 必要される思弁は終了している"
意思を前傾させてほかには無く, これはその角度を明晰に当てていたのだから. そして, これがブート文 (起動文) として受けいれられる流れの中, 弱くも "この心術は自分の命も知っていますか" と声が上がったことを, ギーゼラは覚えていた. 母の教えを忠実に守った結果, その教えに背かなければならない事態に, どういう顔向けができよう. 縦の種子を忘れてしまったり, みぎから外に郵便を噛まれても, 線は奪われないから ―― 蜘蛛の子が待っている.
しかし, もう細かい機微は見さだめづらかった. …… 反輳のせいだ. 平等を放して逆都市をさ迷う.「画素的なマッシュルーム」を標榜している会議のまえに,〈標識の点在する セキハの広大な麦畑で〉輪郭の鳥が現れるであろう. 淡い睡眠から目覚めると, 決まって生物誌は消毒されていた.〈給湯切りかえに関して: 2 層の力学観〔鉄隕石〕は, その可読力を運用期間に応じて保証する〉消灯されたボイラー室の窓を「+」「-」が遮断的に連打し, 逆に世界は駆りたてられる.
企図の片鱗も無くこれだけ集まった孤独者たちは, おなじような歩幅, 俯き加減でひとつの思念的粘体のごとく蠕動し, 絶えずその核を撃ちぬかれている筈にも関わらず, 不乱に緊張感をいや増すばかりであって, 彼らは実のところ自分の足音に撃たれていた. 自らの命を割る足どり無しでは歩くことさえできない.〈コルル, コルル ―― あなたの実数を揺らしたひと〉"発生前後で断ちうる程度の宿命強度が, 悲劇を確かに到来させる" …… これは, ま新しい電灯がひとつ精いっぱいに明める それでも暗い夜道へ, 気にも介さず低ヘルノーと単像主義が足を踏みいれたとき, やがて信号の朝 (S. S.: シグナル・スクリプト) を告げることになる起動機片として刻まれたもので, テンポラリーな設計指定によると, 起動機の中でも いわゆる「反動機」のメイン部品である通称「ノガミナ」――「nogamina: 初期部分 - 反動源に属し, あの時代意思を形飾する, 軍の既得を確定的に示してくれた鉄の硬さ, 哀感も捨てなにより自己に向かって硬度を競りあげ, これから夢に似たもの悲しさを朝として, 信号は目ざめたとき (自身は憶えていないが) 涙していた」と公的表記される ―― に当たるが, S. S. とおなじく このノガミナ片への反動に違い無い孤独者たちが, なぜ, 細かな家事でさえ 今にも切れそうなゴム紐のごとく緊張感を滲ませ, ある種のまるで規定限界を醸すのか.
さらには, 排出量を調べるための東部のカクスキー整水場で, 濘るみを厭わずに跪ずいた約 40 人の数ヶ月が, 実は, 暗く拉げた家で瞬いていたルールを (文章や絵などの平面的なものをコンテンツとする) 本にして保全した 有志的集合の元素であることを, 互いに見つけあった. およそ精確な書籍化を通じても, 途中から小さな切り傷に気づいたらしい. 取りこぼしの無いように可能域を広げれば広げるほど, その水晶宮の大事な綾を潰してしまっていた. 涙の水上を駆ける重装観念の羽. 自然として共通に辿りつき,〈エラー表示が降りおちていく〉薄暗い倉庫の中, 脚を膝下まで濘るみに埋めている一瞬に, 真理は最後のよりどころを見つけたのかも知れない.
"空間を温かく包みこむ橙色の白熱電球は, とても良いものだ. 非の打ちどころも無く優しい. それでも, 私は, 素っ気無く殺伐とした廊下を照らす, あの白い旧式の蛍光灯を選ぶ. これが, 自分を規するための最終的二者択一を迫れられたときの,〈無効の軽すぎる指を ――〉私の最小表明だ"
「リアル」と呼ばれる電波塔の周りに, 今, 数えきれないほど大勢のひとびとが集まって〈ひと集りは道の彼方まで満ち〉, みぎ手を挙げながら 電波塔をジッと見あげている. この絶望的な包囲網に, 新品のパンの正しい持ち方を見てほしい. リアルは他区の電波塔と区別不可能である〈繰りかえす, リアルはリアルである〉. 発信波の相互作用, 電流解, インピーダンス共鳴, 翻訳率の焼失, …… などの工学面からも特定できない. 誰が階段を奪ったのか. 時代区分にしても, R. O. I. (Region of interest: 関心領域) 最高の〈太陽は幾何的に改竄する〉タカイ理期を導入して, どうにか そのシリアル・ナンバー中の 7 文字 ―― 0, 4, 0, 0, 6, 6, 5 ―― が分かるぐらいだ. リアルは斯くも無地の両端を持ち, 調整済みの眼ざしを隠しつづける. この見わけが付かない電波塔を囲むひとびとも〈世界が世界自身と同期できないのなら, 球体を知りたくなかった〉, やはり曖昧におなじであった. みぎ手を挙げつづける 同一にしか見えない彼らのうちから, 誰かひとりを好きに選びたまえ. そして, その顔を見よ ―― ギーゼラである. 無口な濁流の上であれ どこであれ, それはギーゼラであった. 知らないうちに反輳が足元を濡らす.