4話:嵐が去ったあとに
「……はぁ」
静まり返った執務室の中。
シュウは小さく息を吐き、風真は眼鏡を外して深く眉間を押さえる。
姿が消えてもなお、あの男が撒き散らした災厄の名残が居座っているようだった。
「……通報します? 立派な証拠が、そこに突き刺さっていますが」
柄頭で紅玉を抱く、黄金のスカラベ。
復活の象徴であるその虫に、シュウは事務的な視線を向けた。
風真は閉じた目を開くことなく、「必要ない」と短く返す。
「……法では、魂の結びつきまでは断てんようだ」
西日が神聖なまでの黄金色を帯び、彼の端正な顔を掬い上げる。
それはかつて、光の寵愛を受け、闇を断罪した神官の貌。
「そうですか……」
己に言い聞かせるような従兄に、シュウはそっと傍を離れた。
残陽は瞬く間に夜の予感に溶けていく。窓の外は、もう薄暗い。
風真の意識は、下りた瞼の向こう、はるか遠い時の彼方へと向けられている。
(……三千年の時を隔ててなお、彼女とあの男が出会ってしまった)
人知の及ばぬ天の配剤。この邂逅も、書かれていたことだったのだろうか。
時の砂に埋もれ果てたこの時代に、あの二人の間に横たわっていた世界の理は、もう存在しない。
(……彼女、いまや女神ではなく、そして自分も──)
「はい」
従弟の声。コト、と密度の詰まった硬い音。
その響きに古の記憶から引き戻され、風真は静かに目を開けた。
執務机の上に、乳白色の石を透かして深紅の一杯が揺れている。
「朝から冷やしていたんだ」
そう言い添えながら、シュウは部屋の窓を大きく開け放った。
流れ込む新鮮な風に、オフィスは再び静かな秩序を取り戻していく。
「……カルカデか。水出しとは、気の利くことだ」
「イブ《心臓》に効くでしょう」
ふっと口角を上げてタブレットを開き、シュウは指先を迷うことなく画面へ滑らせていく。
「扉の修理と……執務机代の請求……あとは、警備員の治療費もですね。あ、それから──」
上げた顔は、からかい半分、労わり半分の色を帯びている。
「兄さん……じゃなかった。社長のメンタルケア代も加算しておきましょうか?」
従弟の軽口に、風真はゆっくりとティーカップを置いた。
眼鏡を掛け直し、瞳に冷徹な知性を宿す。
「くだらん。……さあ、残務を片付けるぞ」




