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神官と悪党は三千年後も女神をめぐってバチバチする  作者: るる昆布
邂逅

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3/30

3話:修繕費用、請求するんで

「紫愛ちゃん。彼はRAGARA TRADINGの社長、四野良殻《よのらがら》さんだよ」


 柔らかく口を挟むシュウに、紫愛は目を瞬かせながらシュウと男とを交互に見やる。


「ラ、RAGARA TRADINGの……?」


 弱冠23歳にして、瞬く間に業界の勢力図を塗り替えた「貿易界の怪物」。その名を、ビジネスの末端に身を置く紫愛も知らないはずはなかった。


 しかし、メディアが報じるあの不敵な天才の肖像と、目の前で打ちひしがれている男が、どうにも一致しないのだ。


「おい……ッ、遠十ッ!」


 良殻は食い入るような形相で顔を上げ、風真へ鋭い視線を突き刺した。


「てめぇッ、シアの記憶を消したんじゃねぇだろうな!?」


 眉間を押さえていた風真もまた、銀縁の眼鏡の奥から冷え切った視線を投げて返す。


「哀れだな。見苦しい言い掛かりはやめろ」


 再び、殺し殺されそうな雰囲気──


「はいはい、これ以上調度品を壊さないでくださいよ」


 殺伐とした空間へ、事もなげにシュウが割って入る。


「この机、特注品なのに……もう」


 漆黒の光沢を放つエボニー。

 かつて王の眠りに寄り添ったとされる、その『木のダイヤモンド』には、今や無残な傷が刻まれている。


 その傷をなぞりながら、シュウは「……最悪だ」と、誰に聞かせるでもなく小さく声を漏らした。


「この机はね、社長があらゆるリスクを裁定する秤みたいなものなんですよ。……それなのにッ──」


 激昂、とまではいかずとも、珍しく怒気を滲ませる低い声に、紫愛は小さく息をのむ。


「……秤、か。上手い喩えだな」


 風真がこぼした声にハッとしたように我に返ると、シュウは小さく咳払いをしていつもの涼しげな口調へと戻った。


「……失礼。見積書は後でRAGARA TRADINGに送っておきます。ああ、ツケでも構いませんよ。社長と貴方の仲ですし」


 ビジネス上の付き合いがある良殻に対し、親しみと皮肉を込めた笑みを向ける。


「それから……」


 ふと思い出したように継がれたそれは、無造作で、けれど劇薬のような一言だった。


「言い忘れていましたが、彼女は遠十の血縁者です」


 しかし、その言葉を聞いても良殻は動じるどころか鼻で笑う。


「テメェらの身辺なんざ、嫌ってほど調査済みだ」


 事もなげに一蹴すると、傍観している風真を挑発的に顎でしゃくり、見下すような視線を送った。


「神官《テメェ》の血筋から、女神が生まれるわけねぇだろうが。……なァ?」


 目を細め、三千年前の恋人へ同意を求めた良殻だったが、返ってきたのは彼を憐れむような困惑の視線。


「あの……私、お二人の三従妹なんです……」


 良殻の不敵な笑みが、音を立てて凍りついた。


「……み、いとこ……だぁ?」


 砂漠の砂粒を数え上げるような、不毛で細かい親族呼称など、彼の預かり知らぬところだ。


 眉間に刻まれた混迷を愉しげに拾い上げ、風真は「説明してやれ」と短くシュウに命じた。


「単純なことですよ。祖を同じくする高祖父から数えて、我々の曾祖父同士は兄弟。となれば、祖父同士はいとこであり、親同士ははとこ」


 シュウは指を折って数えるような仕草を見せ、残酷なまでに明快な結論を告げる。


「つまり、社長と彼女は三従妹《みいとこ》。法的にも、正真正銘の八親等、ということですね」


 淡々と述べられる事実に、良殻は何かを言いかけ──だが、それを見越していたかのようにシュウが先回りする。


「日本の法律上、『親族』と定義されるのは六親等まで。ですが、だからといって、血が繋がっている事実に変わりはないでしょう?」


 当然だと言わんばかりの風真が、静かに紫愛へ視線を流す。

 ぐうの音も出ない淡々とした正論に、良殻は苛立ちを隠さず吐き捨てた。


「……いや、待て。お前たちの系譜は裏から徹底的に洗ったはず──」


 無機質なほどに平然としている風真とシュウに、良殻の思考が跳ねる。


「汚ねぇ手をッ……リーガルの権力を使って、シアの戸籍を弄りやがったか!」


「そんな野蛮な真似をするか」

 風真は事もなげに、だが底冷えするような声で否定した。


「我々は法の番人。法律という名の冥界《デュアト》を、貴様よりも深く、正確に把握しているだけだ」

「……社長。その比喩、痛いので控えてください」


 ふと、部屋の空気が妙な方向へ流れ始める。


「冥界の審判を待たずとも、現世の法で充分でしょう?」


 まるで中二病患者を見るような目を向けてくる従弟に、風真は無言のまま、わずかに眉を寄せた。


 紫愛はといえば、その従兄弟愛と言えなくもないやり取りを、ニコニコと微笑ましげに眺めている。


「ふ……ざけんなッ、何がデュアトだ法廷《ケンベト》だ!この、正義《マアト》面した従兄弟どもがッ!」


 場違いなホンワカとした空気を切り裂くよに、良殻は苛立たしげに靴音を響かせ距離を詰める。

 シュウの視線には、風真へ向けたものよりも、さらに深い呆れが混じっていた。


 自分に向けられたその『救いようのないものを見る目』を、良殻は煩わしげに片手でふり払う。


「テメェらのやってることは結局、身内の戸籍ロンダリングじゃねぇかッ」

「人聞きが悪い。戸籍の最適化《オプティマイズ》です」


 事務的に、かつ即座に放たれた言葉に、風真は「良い響きだ」と満足げに口角を上げた。


「……チッ」

 忌々し気に舌を打つ良殻。


 三千年前──真理に断罪されし男は、今、法理によってボコられていた。


 苛立ちのままに、見物を決め込んでいる紫愛へと鋭い眼光を向ける。


「おい、シアッ!」

「ひぁっ!?」


 自分を庇う様子もない前世の恋人の肩を、良殻は強引に掴み寄せた。


「マアトだのリーガルだの、関係ねぇ……俺が、お前の記憶を呼び起こしてやる……!」


 何かを言いかける紫愛の唇。

 不機嫌に歪む風真の眉間。

 呆れと怪訝が混ざり合う、シュウの視線──


 それらを置き去りにして、懐から一台のスマートフォンを抜き取った。


「……氷坂か。今から鳥取に飛ぶ。手配しておけ」


 通話先の相手に低く告げるその声は、もはや風真たちとの攻防を一方的に切り捨てている。


「……あぁ? んなもん、お前ひとりでカタを付けられるだろうが」


 秘書の言葉を遮って通話を切ると、迷いのない動作で紫愛の手首を掴み取った。


「行くぞ!」

「え、ちょっ……良殻さ……っ」


 困惑する紫愛を引きずるようにして、良殻はそのまま風真たちに背を向ける。


 嵐のような騒々しさを残して、彼はふり返ることなく、荒々しい靴音を響かせ部屋を出ていった。


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