26話:図々しい響き
「……これは」
日本語で大きく「次世代を担うリーダー特集」と銘打たれたページ。そこに写っていたのは、紛れもない自分の従兄、遠十風真だった。
二年前、本家の屋敷に取材陣が詰めかけた際の一枚だろうか。
カメラを前にしても一切表情を崩さない彼に、「もう少し愛想良くできんのか、あいつは……」と伯父が頭を抱えていたのを思い出す。
当時の嘆き節が耳に蘇り、シュウの口元は自然と綻んでいた。
「微笑ましいこった。だが、その平和なボケ面もそこまでだ」
ドスッ!!
テーブルが悲鳴を上げる勢いで、風真の顔写真にナイフが突き立てられる。
「コイツは俺の宿敵──三千年前、俺からシアを奪い、断罪したクソ神官だ」
「…………」
シュウは額に手を当て、眩暈に耐えるように足を踏ん張った。
「エジプトへの道中で、コイツの面を拝まされる俺の身になれ。見ろよ、この目を。鉄格子の方がまだ愛嬌がある。……神の代弁者ヅラして、奴の掲げる法だの正義だのが俺たちの純愛を引き裂きやがった……ッ。お前も知ってるだろうが!!」
「知りませんって……」
純愛という響きにどこか図々しさを感じつつ、シュウは力なく、そして心底呆れたように首を振る。
こちらの態度などお構いなしに、熱弁は続く。
「そもそも、あれだ。結局は嫉妬だろ。女神が俺に惚れてたからってよ。ハッ、光にも闇にもなりきれねぇ中途半端な人間が、一番タチが悪いぜ」
良殻は忌々しげに吐き捨て、ナイフの柄を指で弾いた。
「…………」
嫉妬。あの完璧で、鉄仮面のごとく感情を読み取らせない従兄が、この執念深い男と一人の女性をめぐって、嫉妬?
鵜呑みにするわけではない。だが、三千年前の話だろうが何だろうが、身内の泥沼な色恋沙汰を聞かされるのは苦痛でしかなかった。
いたたまれない羞恥心に襲われ、頭を抱える。
「……あの、すみません。そういう話はできれば他所でやってもらえませんか。ボク、従兄の生々しい話、一番聞きたくないんで」
「どこまでも部外者気取りだな」
突き立てたナイフをゆっくりと引き抜き、薄く笑う。
「お前は、あの神殿で唯一話のわかる奴だった。……忘れたか? 俺と女神の逢引きに、手を貸したのはお前だぞ」
「ッ……!」
冷水を浴びせられたような感覚が、背筋を駆け抜けた。
愉快げに細められた瞳が、記憶の奥底を執拗に覗き込んでいるように見えた。
揺さぶりか、狂言か。この男から真実など読み取れるはずもない。しかし、一笑に付すこともできず、シュウは重苦しく喉を鳴らす。
「お前は一瞬でも、あの時、俺たちに同情したんだよ。……正直に答えろ。女神は──シアは今、どこにいる?」
ソファに深く背を預けたまま、しかし、ナイフの切っ先だけはこちらの喉元を正確に捉えている。
シュウは良殻の瞳を見据え、答えた。
「知らない」
空気を切り裂くような断言。
互いの視線が、数千年の時を紡ぐように深く絡みつく。
やがて良殻は目を伏せると、ゴトリと重い音を立ててナイフをテーブルに置いた。
「──そうか。なら、消えろ」
短く言い捨てて、雑誌を放り投げる。
「思い出せないなら、そのままボケてろ。その方がお前のためだ」
呪いのような穴が開いた雑誌を抱え込み、シュウは即座に身を翻した。
「ハァッ……ハァ……ッ」
来たときは強引に引きずり上げられた階段を、今は転がるように駆け下りていく。
(自分から拉致っておいて、何が『消えろ』だ! 前世だの、神官だの、頭おかしいだろッ)
スマホをひったくるように取り出し、いつもの番号を叩く。
腹立たしいが、安全な足を今すぐ確保するには、結局あのドライバーを呼び戻すしかなかった。
数分後、何事もなかったかのように黒塗りのセダンが滑り込んでくる。
「ムッシュ、お早いお帰りで。……その雑誌はどうされたのですか?」
「……蜂の巣にされたんです、ボクの心が。いいから出してください」
悪びれもしないドライバーの暢気な声を聞き流し、シュウは疲れ果てて後部座席に身を沈める。
──気づけば、自室のソファに座り、穴の開いた雑誌を呆然と眺めていた。
「時期が来れば全て話す」
従兄のあの言葉は、ただの拒絶だと思っていた。
けれど、刃を前に「知らない」と言い切れたのは、彼が何も教えてくれなかったからだ。
(……守られてたのか。ボクは)
テーブルに投げ出していたスマートフォンを、そっと引き寄せる。
「風真、兄様……」
画面をタップし、震える指先で入力したのは──
『エジプト お焚き上げ やり方』
三千年前の執念と、ナイフで穿たれた従兄の顔。
もはや「ただの雑誌」とは思えないそれを前に、シュウは切実に、この呪物を清める手段を検索し始めたのだった。
その頃、元・女神(14)は──
「お母さん、おはよう……」
「おはよう、紫愛。あら、また悪夢を見たの?」
首に鎖をかけられた、絵の具塗れの男に泣きつかれる夢を頻繁に見ていた。




