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神官と悪党は三千年後も女神をめぐってバチバチする  作者: るる昆布
邂逅への収束:風真side

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18/31

18話:前世の記憶?普通ないでしょ

 本邸の広大な裏庭には、一面のカミガヤツリが生暖かい夜風に揉まれ、乾いた音を立てている。


 月明かりを背負って佇む風真《フウマ》の姿が、そこにあった。


 重苦しい静寂を正面から受け止め、シュウは静かに頭を下げる。


「お呼びでしょうか。風真様──」

「お前、シューだな!?」


 最後まで言葉を待つつもりはないらしい。

 風真は一気に間合いを詰めると、勢いそのままにシュウの両肩をがっしりと掴んだ。


「えっ。あ、はい……遠十シュウと申します。遠十の姓を名乗ることすらおこがましい身ですが」


 だが、そんな言葉は一切耳に入っていないようだ。


「やはり……」


 風真は地を這うような声を漏らす。


 立ちのぼる、ただならぬ気配。シュウはたまらず、従兄の顔をのぞき見た。


「……先ほどの分離《セパレート》、あれは単なる技巧《テクニック》や偶然ではない。明白な証拠《エビデンス》だ。天と地を分かつ大気神、その加護を受けし者の御業……!」


 眼光が、古の賢者のように鋭く光る。


「三千年前! 私がパピルスに記録を刻む傍らで、お前はいつも風を操り、神殿の砂を払っていたはずだ。お前は……私と共に女神シアに仕えていた、あの神官だな!?」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 怒涛のように押し寄せる語彙に、シュウは額を押さえた。

 大気神、女神、神官。突飛な単語の羅列はまだいいとして、三千年前とは──


「仰っている意味が……さっぱり……三千年前って、ボクもその登場人物だったんですか?」


 風真は雷に打たれたような顔で絶句する。


「……まさか、前世の記憶が、ない……のか?」

「いや、普通ないでしょ」


 突き放すような言葉に、従兄は物理的な衝撃でも受けたかのように、わずかによろめいた。

 だが、すぐに沈痛な面持ちで踏みとどまると、懐から一冊のノートを取り出す。


「……読んでみろ」


 開けてはいけない個人の深淵。そんな得体の知れない気配を察しつつ、シュウは渋々と表紙をめくる。


「…………これは──」


 紙面を覆い尽くしているのは、途中で文字であることを諦めたような、あるいは超特急で何かを書き殴ったような筆致。


「読めるのか!?」


 何かに取り憑かれたような声にも、シュウは顔を上げずに答えた。


「何かとても、執念めいたものを感じます」

「………………」

「何て書いてあるかは、わかりません」


 返したノートを懐に収め直すと、彼は「神官文字《ヒエラティック》も読めないとはな……」と、夜の空を仰いだ。


 空よりももっと遠く、ここではないどこかを見ているような、寂しさを湛えた瞳。


その瞳から、先ほどまでの饒舌な光が引き、冷たい知性が満ちていく。

「戻るぞ」とだけ告げ、彼はシュウの横を通り過ぎていった。


「……はい」


 風が大きく吹き抜け、雲が月を呑み込んでいく。

 光を失う庭園と呼応するように、胸のずっと深いところが鋭く疼いた。


 シュウは揺れる緑の房に、そっと触れる。


「前世、か……」


 一人ごちてみるも──知らないものは、知らない。



その頃、元・女神(10)は──


「あー! お月様、隠れちゃったよ……」


「月に叢雲《むらくも》花に風、ってやつだな」


 父のツマミ、「叩きロメインの酒盗《しゅとう》バターまみれ」をバリバリと咀嚼していた。

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