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高貴な私が通るわよ!〜自己中令嬢は聖女扱いなのに無自覚です〜  作者: 舞波風季


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9/22

第9話 茶館

「茉莉、明日茶館(さかん)に行くわよ!」

「茶館ですね、分かりました」


 明日は日曜日。学校帰りに藍子が突然言い出したことにも、茉莉は取り乱すことなく落ち着いて答えた。


「ところで、茶館てどういうところ? 名前からするとお茶が飲めるのよね?」

「知らないで言っていたのですか、藍子様?」

「今朝、お兄様達が話しているのを聞いただけで、詳しくは知らないのよ」


 思いつきですぐに行動しようとするところは、いかにも藍子らしい。


「あら、そんなことも知らないんですの、星河藍子さん?」


 後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「盗み聞きとは行儀が悪いわね、上弦澪子さん」


 立ち止まって振り返る藍子。


「あなたこそ茶館がどういうところか知っているの、澪子さん?」

「も、もちろんですわ、お、お茶が飲める館(やかた)、ですわ!」

「字、そのままじゃない」

「な、なんですって!」

「行けば分かるので、とにかく明日行ってみましょう、藍子様」

「そうですよ、澪子様」


 一戦交えそうな藍子と澪子の間に、茉莉と道子が入った。



 ◇  ◇  ◇



 そして、翌日曜日。


「私、今日はコーヒーを飲むわ!」


 藍子が高らかに宣言した。


 藍子と茉莉、澪子と道子の4人は、連れ立って茶館へと向かっていた。


「コーヒーこそ高貴な私に相応しい飲み物なの!」

「あら、コーヒーがどのようなものがご存じなのかしら、藍子さん?」

「当たり前でしょ! あなたこそ、コーヒーの何たるかを知っているのか怪しいものだわ、澪子さん」


 早くも火花を散らす二人。


「心配いりません、藍子様。私がしっかりと調べておきましたから!」

「大丈夫です、澪子様。私にお任せください!」


 茉莉と道子も諜報役としての意地をぶつけ合っている。



 そして――――


「ここが茶館、なのね……」

「そう、みたいですわね……」


 藍子と澪子は茶館の前で呟いた。茉莉と道子もそばで固まっている。


 茶館は立派な2階建ての洋館だ。


「と、殿方ばかりですね……」


 店の中を覗きながら茉莉が言った。


 そう、茶館の客は大人の男性ばかりだったのだ。


 男性客たちはカップを傾けながら新聞を読んだり、中には大きな声で議論を交わしている者もいる。


 とても15、6歳の女学生が気軽に入っていける雰囲気ではなかった。


「帰りますか、藍子様……?」


 不安いっぱいの顔で茉莉が訊いた。


「な、何を言っているの、茉莉! こ、高貴な私はこの程度のことに、ひるんだりはしないのよ!」

「こ、声が震えていますわよ、藍子さん……!」

「あ、あなただって、澪子さん……!」


 などと茶館の前で4人でごちゃごちゃやっていると、


「どうかしましたか、お嬢様方?」


 と、後ろから男性に声をかけられた。


「「「ひゃぁーー!」」」


 藍子達は飛び上がって驚いた。


「あ、驚かせてしまって、すみません」


 藍子は振り返って声の主を見た。


「た、高之瀬さん!」


 そこにいたのは、エレベーターで藍子達を助けてくれた高之瀬涼二巡査だった。


「覚えていてくれたのですね」

「も、もも勿論です、命の恩人ですから!」


 藍子の顔は真っ赤である。


「というか、藍子さん、なんで巡査様のお名前をご存じなの!?」


 驚きから立ち直った澪子が食ってかかった。


「勿論、教えていただいたからです」


 すかさず茉莉が答えた。


「と、殿方に名前を教えていただくなんて……!」

「後でお礼をしなくてはいけないでしょ?」


 悔やしまぎれに言う澪子に藍子が言い返し、例のごとくいがみ合いが始まりそうなところ、


「ははは……ところで皆さん、こんなところで何を?」


 と、とりなすように高之瀬涼二が訊いた。


「わ、私達、さ……」

「さ、茶館に……」

「ちょっと、私が話してるんだから!」

「あなたこそ、図々しいですわ!」


 またしても一戦交えそうな藍子と澪子を横目に、


「皆で茶館に来たのですが、店内が殿方ばかりなので気後れしてしまいまして……」


 と、茉莉が落ち着いて説明した。


「なるほど。確かに女学生の方だけでは入りづらいかもしれませんね」

「はい、ですので……」

「どうすれば、よろしいかと……」


 藍子と澪子が進み出て高之瀬に答えた。


「そうしたら、私がご一緒させていただくのはどうでしょう? 今日は非番でたまたまここに立ち寄ろうと思っていましたので」


 持ち前の爽やか笑顔で高之瀬が答えた。


「是非……!」

「お願いしますわ……!」


 令嬢の嗜(たしな)みはどこへやら、藍子と澪子は高之瀬に詰め寄った。


「それでは」


 ということで、高之瀬に先導してもらって、藍子達は茶館に入ることができた。


「よう、高之瀬!」


 入るとすぐに奥の席にいた大柄な男性が声をかけてきた。


「君も来てたのか、村野井(むらのい)」


 高之瀬も挨拶を返す。


「あの方は、あの時の」

「はい、あの時お嬢様方の救出に携わった、私の同僚の村野井です」


 藍子達が改めて村野井に礼を言うと、


「お役に立てて良かったです!」 


 と、その大柄な体を揺らしながら、人の良さそうな笑顔で答えた。


 高之瀬と村野井のおかげで、藍子達はすっかり緊張も解けた。


「私はコーヒーにするわ!」

「私もコーヒーをいただきますわ!」


 鼻息も荒く言う藍子と澪子に、


「大丈夫ですか? コーヒーは苦いですよ?」


 と、高之瀬が面白がっているような顔で言った。


「コーヒーにはミルクと砂糖を入れた方が飲みやすいそうですよ、藍子様」


 茉莉が懐から取り出した紙片を見ながら言った。


「高貴な私は、一切の混ぜものがないコーヒーを飲まなくてはいけないのよ!」

「そうですわ! 名家の者として当然ですわ!」


 藍子も澪子も意地になって言った。


 そして、高之瀬が皆の分を注文してくれた。


「早速、コーヒーを……」

「ですわね……」


 藍子と澪子は、いきなりコーヒーをそのまま口にした。


「「苦っ!」」


 二人は令嬢らしからぬ顔と声を晒してしまった。


「だから、言ったのに……」


 そう言いながら、茉莉はミルクと砂糖入りのコーヒーを美味しそうに口にした。


「美味しい……」


 道子もちゃっかりミルク砂糖入りを飲んでいる。


「さあさあ、こちらのカステラを召し上がってください」


 笑いを噛み殺しながら、高之瀬が藍子と澪子にカステラを勧めた。


「美味しい!!」

「美味しいですわ!!」


 甘いカステラを口にして、満面の笑みを浮かべる藍子と澪子。


「苦いコーヒーを飲んで、甘くておいしいお菓子をいただく! なんて高貴な体験なのかしら!」

「これぞ名家の者に相応しい上品なお味ですわ!」


 ご機嫌な二人を見て高之瀬と村野井も楽しそうにしている。


「このクッキーというお菓子も美味しいですよ」

「ええ、カステラほど甘くはないので、ミルク入りコーヒーに合います」


 道子と茉莉もそれぞれ楽しんでいるようだ。


「それにしても、高之瀬も隅に置けないなぁ」

「何がだ、村野井?」

「こんな可憐で美しいご令嬢を4人も連れてくるなんて、驚きじゃないか」

「偶然、外で一緒になっただけだよ」


 面白がる村野井に顔をしかめながら答える高之瀬。


「そ、そそそうです、私達はたまたま偶然……」

「で、ででですわ! 本当に偶然に……」


 慌てて否定する藍子と澪子。身内でもない男性と示し合わせて来たなどと噂が立ったら大変だ。


「これは、失礼しました、お嬢様方」


 村野井はすぐに謝ったが、どこか面白がっている様子は残したままだった。


 こうして藍子たち4人は、初めての茶館を心ゆくまで楽しんだ。


「ああ、素晴らしかったわ! 高貴な私も大満足よ!」

「それは良かったです」


 大満足の藍子を好ましげに見ながら高之瀬が言った。


 茶館を出た藍子は、無意識のうちに来た道とは反対側に歩き出していた。


 そして、数町先の脇道に間違って入ろうとした。


「藍子様、そっちは……」

「えっ?」


 茉莉が制止しようとした。すると、


「お嬢様……お恵みを……」


 と、みすぼらしい格好の男が藍子の袖を掴もうとした。


「……!」


 藍子は咄嗟のことに声も出なかった。


 すると、


「離れなさい!」


 と鋭く言って、高之瀬が藍子と男の間に素早く体を入れた。


「あ、あの……あの、人は……」


 高之瀬が男を追い払ってくれた後も、恐怖で声が震える藍子。


「物乞(ものご)いです。申し訳ありません、お嬢様。私がもっと早く注意しておくべきでした」


 高之瀬が丁寧に頭を下げた。


 恐怖心が薄れると、藍子を守るように肩に載せられている高之瀬の手のぬくもりが、強く感じられた。


「そ、そんなことありませんわ! 守っていただいてありがとうございます!」


 妙な顔のほてりを振り払うように、藍子は元気を装って答えた。


「それにしても、帝都にあのような人がいるなんて……」


 澪子が気味悪そうに言った。


「はい……彼らも法を犯しているわけではないので、我々も頭を悩ませているのです……」


 村野井が渋い表情で言った。


「ゆ、許せませんわ……!」

「そうですね、我々も一層の治安の維持に努めなくては……」


 高之瀬が言いかけたところで、


「違うのです! 高貴な私が住む街に、あのような人がいることが許せないのです!」

「それは、私もそう思いますが……」


 藍子に同意するが、さすがにためらいがちな茉莉。


「早速、お父様に進言するわ!」

「え、進言?」

「そうよ! 帝都の貧困対策を早急(さっきゅう)に進めるべき、とね!」


 これには高之瀬と村野井も驚きを隠せない様子だ。


「それはまた、どでかいことを言いなさる」

「こら、失礼だろ、そんな言い方は」


 村野井の言葉を諌(いさ)める高之瀬。


 だが、藍子の耳にはそれも入っていないようだ。


「高貴な私に新しい目標ができたわ!」

「わ、私だって、お父様にお伝えしますわ、この現状を!」


 目を輝かす藍子に澪子も触発されたようだ。


「私も警官であり、士族のはしくれでもあります。精一杯協力させていただきます」


 高之瀬が真摯な表情で藍子を真正面から見つめて言った。


「士族のお家柄なのですね、高之瀬さん……」 

「はい、貧乏士族ですけどね」


 自虐的な笑みで答える高之瀬。


 それは、帝都の未来を見据えていた藍子の心に、自らの未来の小さな光が見えた瞬間だった。




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