第7話 学校新聞
「『4人のご令嬢と操作係の女性、無事救出される』!」
12階タワーでの出来事の翌日の朝、藍子は新聞記事を茉莉に読んで聞かせた。
「新聞に載るなんて、私の高貴さのなせるわざよね!」
「高貴さとは関係ないと思います」
初めての体験に浮かれる藍子に、容赦なく茉莉がツッコミを入れる。
「あなただって救出されたご令嬢の1人なのよ、茉莉」
「それはそうですが」
「高之瀬巡査に『お嬢様』って呼ばれてたしね」
「それは藍子様だって」
「それにしても、新聞て……」
と藍子が言いかけたところで教師が入ってきた。
(新聞……)
授業が始まっても、藍子は新聞のことが頭から離れなかった。
「ねえ、学校で新聞を出すってどうかしら、茉莉?」
いつも通り中庭での昼休みで藍子が言った。
「学校で新聞、ですか?」
「そうよ! 学校で起こった事件を取材して記事を書くのよ!」
「学校では、そうそう事件は起こらないと思います。というか起こったら大変です」
「言われてみればそうね、さすが茉莉だわ! でも、新聞を出すって素晴らしいでしょう? いかにも高貴な私に相応しい発想だわ!」
自分の思いつきに酔いしれる藍子を、半ば呆れながらも親しげな笑みで見る茉莉。
その日の放課後、
「とりあえず記事を書いてみたわ、読んでみて茉莉!」
と、藍子はノートの切れ端に書いたものを茉莉に見せた。
「授業中にそんなことを……見つかったらどうするんですか、藍子様」
茉莉は、周囲の目を気にしながら紙片を受け取り目を通した。
「書道部の紹介記事、ですか」
「そうよ! まずは手始めに学校内の活動を記事にするのよ!」
「なるほど、それはいい考えですが……」
「何か気になることでもあるの?」
言い淀む茉莉の様子に不安そうになる藍子。
「なんというか、記事というには少し堅苦しいような……」
「何を言っているの! 部の名称、部長と部員の名前、活動内容と実績を書かないでどうするの!」
「でも、それだけでは面白くないですし、読者の心を掴めないと思います」
「心を掴めない……!」
茉莉の言葉を聞いて、雷に打たれたようになる藍子。
「なんということかしら! 私が高貴すぎる余りに、読む人の気持ちを考えられなくなっていたとはっ!」
「いえ、それは単なる独りよがりだと思います」
「分かったわ!」
茉莉のツッコミもなんのその、すぐに前向きになる藍子。
「高貴な私としては耐え難いことだけど、
ここは記事を書いてくれる人を探すしかないわ! そう、文章が上手な人をね!」
こうして、藍子の学校新聞発行計画が始まったのだった。
◇ ◇ ◇
そして次の日。
「学校新聞などと、なにやら変わったことを考えているみたいですわね、星河藍子さん?」
上弦澪子が探りを入れてきた。
「耳が早いわね。さすがは仁井津家の調査網、といったところかしら」
真剣な顔で答える藍子。
澪子の隣の仁井津道子が嬉しそうに鼻息を荒くしている。
「というより、昨日あれだけ大きな声で話してましたから」
冷静にツッコミを入れる茉莉。
「コロッケパン発案の顛末記事を書いて差し上げてもよろしいのよ」
「それなら私が焼きそばパンのことを……て、そうではないのよ!」
話が斜上に進みそうなところを、藍子が踏ん張ってとどめた。
「必要なのは、いい記事を書ける人なのよ!」
力強く言う藍子だった。
◇ ◇ ◇
次の日のこと、先日行われた読書感想文発表会の結果が知らされた。
「我がクラスの尾之崎葉子さんが最優秀賞に選ばれました」
担任教師が発表すると、教室内に拍手と称賛の声が響いた。
受賞者の尾之崎葉子は立ち上がって、恥ずかしそうに礼をした。
「決まりだわ!」
「何がですか、藍子様?」
「新聞よ!」
藍子は目をらんらんと輝かせて尾之崎葉子を見つめている。
そして、その日の放課後。
「尾之崎葉子さん!」
帰り支度をしている葉子に、藍子が大きな声で呼びかけた。
「は、はい……?」
びっくり顔で答える葉子。
「新聞記事のことで相談があるの!」
「え、新聞? 一体何のこと……?」
「唐突すぎます、藍子様」
困惑が恐怖に変わった葉子の表情を見て、茉莉がたしなめる。
「そうかしら? 最優秀賞を獲得するほどの人なら分かると思ったのだけど」
自信に満ちた藍子の顔は変わらない。
「ごめんなさい……私には分からないわ」
そう答えて、葉子は鞄を手にした。
「高貴な私の素晴らしい発案に是非協力……あ、ちょっと待ってよ!」
既に教室の出口向かっている葉子を、藍子が呼び止めた。
「あなたに記事を書いてほしいの!」
「記事?」
「そう、記事よ! 学校新聞に記事を書いてほしいの!」
「学校新聞? そんなものがあるの?」
「これから作るのよ!」
「なら、あなたが書けばいいじゃない」
葉子の反応は素っ気ない。それでも藍子は諦めない。
「勿論、本来なら私が書くべきだと思うわ。でも私じゃだめなの! 高貴な私の力をもってしても、読者の心を掴む記事が書けないのよ!」
まるで悲劇のヒロインのような悲壮感漂う表情の藍子。
「そんなこと言われても……」
と、困惑顔の葉子に、
「胡散臭そうに見えますが、本人は至って真剣です。お話だけでも聞いてあげてください」
と、茉莉がフォローを入れた。
「胡散臭そうとは、ひどいじゃない、茉莉!」
「でも、話は聞いてくれそうですよ」
茉莉の言うとおり、葉子の顔から困惑の色が薄れ、正面から藍子を見ている。
「それなら、話だけ……」
「ありがとうございます、尾之崎さん」
「よかったわ! さすが茉莉ね!」
「それではどうぞ、藍子様」
「分かったわ! 尾之崎葉子さん、高貴な私の学校新聞には、読書感想文発表会最優秀賞を獲ったあなたの文筆の才が必要なの!」
「文筆の才……私の?」
素っ気なかった葉子の表情に変化があった。
「そうよ! あなたの文筆の才を世に知らしめるのよ、学校新聞で! そうしなければ高貴な私の気持ちが収まらないわ!」
「随分と大袈裟なのね、自分勝手だし」
葉子の顔に初めて笑みが浮かんだ。
「はい、それが藍子様ですから」
そういう茉莉はどこか誇らしげである。
「分かったわ。私にどこまでできるか分からないけど、あなたに協力するわ、星河藍子さん」
笑みを広げて葉子が答えた。
「ありがとう、葉子さん! では早速行くわよ!」
「行くわよって、どこへ?」
「決まってるでしょ、校長室よ!」
「校長室!?」
「覚悟を決めてください、尾之崎さん」
◇ ◇ ◇
「学校新聞とは……また、大層なことを考えたものね、星河さん」
困惑の色はあるものの、校長は穏やかな表情でそう言った。
「はい! 高貴な私としては、映えある帝都女学校の生徒として、常に時代の先を見る気概をもつ義務があると思うのです!」
こんな時でもいつもの調子で話す藍子を、校長は面白そうに見ている。
「そうね、執筆者に尾之崎さんを選んだのは、とてもよい考えだと思いますよ」
そう言って校長は、葉子に柔らかい笑みを見せた。
葉子は顔を赤らめてモジモジしている。
「いいでしょう、学校新聞の発行、やってみなさい」
校長の言葉に藍子達は明るい声を上げて喜んだ。
「ただし、帝都女学校の生徒として恥ずかしくないよう、品位のある内容にすること」
「はい!」
「そして、発行前に必ず私に見せること。いいですね」
「はい!!」
こうして、帝都女学校新聞の制作が始まったのだった。
◇ ◇ ◇
「どうかしら尾之崎さん、私が書いた『ああ、素晴らしきコロッケパン!』は?」
放課後の教室で学校新聞制作が始まった。早速それを聞きつけた澪子が自作の記事を葉子に見せに来たのだ。
「何を言ってるの! この『焼きそばパンこそ至高!』を読んでみて、葉子さん!」
負けじと藍子が自作の記事を差し出す。
「私のほうが先ですわ!」
「そもそも学校新聞を発案したのは私よ!」
と、澪子と藍子が喧しくやり合い始めた。
そんな二人を見て苦笑しながら、葉子は書きかけの原稿に目を落とした。
「第1号の内容は決まっているのですか?」
茉莉が葉子に訊いた。
「ええ、まずはクラブ活動の紹介を中心にしようと思うの。それと売店メニューの紹介もしようと……」
「それじゃ、焼きそばパンに決まりね!」
「コロッケパンに決まっていますわ!」
藍子と澪子が割り込んできた。
「え、えーーとぉ……それなら2人の原案をもとに私がまとめた記事を書く、というのはどうかな……?」
2人の勢いに押されながらも葉子が提案した。
「それはいい考えね! 高貴な私としては悔しい限りだけれど、文筆の才では葉子さんに敵わないもの!」
「ま、まあ、それなら、私もよろしいですわ」
そして、帝都女学校新聞第1号は出来上がり、
「ふむ、中々の出来ですね。これならいいでしょう」
と、校長のお墨付きを貰えた。
「さあ、やるわよぉ、新聞作り!」
藍子が腕まくりをし、
「職員室から印刷用のガリ版を借りてきます」
「私も行くわ」
茉莉と葉子が職員室へと向かった。
「出来上がりが楽しみですね、尾之崎さん」
「そうね」
茉莉の言葉に笑顔で返す葉子だった。
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『尾之崎葉子の日記』
星河藍子さんから「記事を書いてほしい」と言われた時は、一体この人は何を言っているのだろう、と頭が混乱してしまった。
でも、私には文筆の才があると言ってくれたことは素直に嬉しかった。
私は、小学生の頃から本を読むのも、作文も好きだった。
だからといって、どうこうしようとは考えていなかった。
けれど、星河藍子さんと新聞作りの話をしているうちに、自分が好きな分野を生かせるのでは? という気持ちが強くなってきた。
新聞には記事の他に、文芸作品も載せることができる。
実際、売られている新聞には有名な作家さんが小説を載せている、という話も聞いたことがある。
もし、自分の作品を新聞に載せることができたら……などと、つい夢想してしまう自分がいる。
けれど将来自分も、新聞や文芸に関わる仕事ができるかもしれないではないか。
女性がそんな仕事に就けるわけがないとは思うのだけれど、不思議と星河藍子さんと話していると、実現しそうな気になってしまうのだ。
帝都女学校新聞第1号は無事発行できた。
第2号では、文芸作品を載せてはどうか? と相談してみよう。
あの何事も前向きな星河藍子さんに。




