第15話 アイスクリーム
「すごいわ、茉莉! こんなに雪が積もったのは生まれて初めてよね!」
「そうですね、藍子様」
1月のある土曜日の昼のこと。
朝方から降り始めた雪が積もって、教室の窓から見える校庭を真っ白にしている。
「小さい頃は雪を食べたりしたわよね!」
「それでお腹が痛くなりましたっけ」
「そんなこともあったわねぇ……あ、今思いついたわ!」
「何をですか?」
「アイスクリームよ!」
「アイスクリーム?」
「そう、この雪を使ってアイスクリームを作るのよ!」
「雪を使ってとは……まさか雪に味をつけるのですか?」
茉莉が眉をひそめて訊いた。
「まさか! 氷の代わりに雪を使うのよ! この前見た雑誌に作り方が載っていたわ!」
「こんな寒い時期にアイスクリームをお食べになるのかしら、藍子さん?」
早速、話を聞きつけた澪子が加わってきた。
「そうよ! 高貴な私は自然の力を最大限に利用して美味を追求するの!」
「要はアイスクリームが食べたいということですね、藍子様」
いつも通り茉莉のツッコミも冴えている。
「仕方ありませんわね、私達も協力しますわよ、道子さん」
「はい、澪子様!」
「本当? それじゃ、澪子さん達は材料の手配をお願いね!」
「ちゃっかりしてますわね……」
こうして、真冬のアイスクリーム作りが決まった。
そして、放課後のこと。茉莉達が声をかけて周り、仲間達が藍子のクラスに集まった。
「ところで、アイスクリームはどこで作るの?」
尾之崎葉子が帳面を手に藍子に訊いた。どうやらアイスクリーム作りを学校新聞の記事にするつもりのようだ。
「私のお屋敷の食堂をお使いになってよろしくてよ」
すかさず澪子が名乗りを上げた。
「いいえ、私に考えがあるの!」
「どういう考えかしら、藍子さん?」
いきなり否定されて不機嫌に訊き返す澪子。
「去年のクリスマスを覚えているでしょ?」
「ええ、勿論ですわ」
皆でクリスマスケーキを作り子供園の子達に配って、大変好評だった。
「今度のアイスクリームも子供達にあげたいの!」
「なら、子供園で作るということですわね」
「そうよ! そうすれば、きっと子供達も喜んでくれるはずだわ!」
既に藍子の頭の中には、美味しそうにアイスクリームを食べる子供達の笑顔が浮かんでいるのだろう。
「それじゃ、決行は明日の日曜日のお昼! 今から子供園に知らせに行くわよ、茉莉!」
「はい、藍子様!」
「まったく忙しないですわね……私達も材料の手配に行きますわよ、道子さん」
「はい、澪子様!」
◇ ◇ ◇
「アイスクリーム、ですか……」
子供園の先生、佐之村善子が戸惑い気味に言った。
「はい! 皆でアイスクリームを作って食べれるんです! きっと子供達も喜ぶでしょう!」
自信満々に言う藍子。
「ですけど、冬の寒い日にアイスクリームというのは……」
「お部屋を十分に暖めれば大丈夫よ! 暖かいお部屋で食べるアイスクリームはきっと美味しいわ!」
「部屋を暖めれば、ですか……」
善子はうつむき加減になった。
「あの、今子供達はどこにいるのですか?」
茉莉が訊いた。
「囲炉裏がある大部屋に集まっています」
「なるほど! 囲炉裏があれば暖かいわよね!」
藍子と茉莉は、善子に案内されて囲炉裏部屋に案内された。
そこは12畳程の広さの部屋で、中央に囲炉裏がある部屋だった。
7、8人の子供が囲炉裏を囲んでいる。部屋の隅には火鉢が置かれており、それぞれ2、3人の子供が手をかざして暖を取っている。
「他の子はどこに……?」
「大きい子は夕飯の支度を始めています。台所は火を使うので暖かいですし」
藍子の問いに柔らかい笑みで答える春子。
「でもね、風がぴゅーって入ってくるの……」
「こら、そんなこと言っちゃダメだろ!」
ぼそっと呟いた小さな女の子を、年上の男の子が諌めた。
藍子の顔が青ざめ始めた。
「ストーブは、ないのですか……?」
「ありません、高価ですし……」
藍子の問いに答える善子は悲しそうだ。
「なんということなの……!」
「ここは、古いお家を星河様が買い取ったらしいので……」
愕然とする藍子に、茉莉が事情を説明しようとした。
「これじゃ、アイスクリームが食べられないじゃない!」
「「え?」」
茉莉と善子は目を丸くして「そこですか?」という顔になっている。
「積もった雪を利用してアイスクリームを皆で作る、そして、暖かい部屋で皆で食べる! そんな私の高貴な計画が瓦解してしまうなんて許せないわ!」
「それでは、どうすれば……」
「行くわよ、茉莉!」
「はい?」
藍子の意図が分からないまま、茉莉は藍子の後を追った。
◇ ◇ ◇
「私は家出します、お父様!」
子供園から帰ってくるなり藍子は、父親である星河家当主の太一郎の部屋に突入した。
「いきなり、どうしたんだ、藍子!?」
太一郎は、突然のことに何が何やらさっぱり分からない様子だ。
「どうしたもこうしたもありません! アイスクリームを作るという私の高貴な計画が崩壊の危機に瀕しているのです!」
「アイスクリーム? 作りたければ作ればいいではないか。それがどうして家出することになるのだ?」
「子供園です!」
「子供園?」
いきなり話が飛んで、太一郎はますます混乱した表情になった。
「私は、子供園でアイスクリームを作りたかったんです、子供達と!」
「なら、そうすれば……」
「ストーブもないお家でアイスクリームを食べろと!?」
「それなら、暖かくなってからにすればいいだろう、なにも真冬にアイスクリームを食べなくても……」
「それでは、せっかく積もった雪を利用できないじゃないですか! これは絶好の機会なのです!」
「絶好の機会?」
「そうです! これには雪を活用して、子供達に自然の大切さを学んでもらうという、高貴な目的があるのです!」
「そういうものなのか……」
納得したようなしないような複雑な表情の太一郎。
「なので、すぐにでも子供園にストーブを入れてください!」
「はぁ、分かった分かった、早速手配しよう。来週には……」
「明日入れてください!」
「明日? それは無理だよ、藍子。煙突をつけたりしなくてはならないからね」
「それでは雪が溶けてしまいます!」
「そうは言ってもだなぁ……」
「あの、よろしいでしょうか……?」
藍子に押され通しの太一郎に、茉莉がおずおずと問いかけた?
「うむ、なんだい言ってご覧、茉莉ちゃん」
太一郎にすれば茉莉は姪のような存在だ。自然と表情も緩む。
「はい、とりあえず明日は星河様のお家に子供達を呼んではどうでしょう? ストーブもあって暖かいですし」
「なるほど、それな……」
「それは、いい考えね、茉莉! それで子供園にストーブが入ったらまたやればいいのよね!」
太一郎を遮って藍子が叫ぶように言った。
「はい、その時には雪は溶けてるとは思いますが、氷を取り寄せればよろしいかと」
「ふむ、その時は氷を取り寄せよう」
やっとのことで着地点が見えてホッとする太一郎。
「そうと決まれば、すぐに準備よ! 茉莉は皆に知らせて!」
「はい、藍子様」
◇ ◇ ◇
「さあ皆、入って入って!」
入り口でモジモジしている子供達の背を押して中に入れる藍子。
「履物はそのままで大丈夫ですから」
と、茉莉が説明した。
藍子曰く「雪を使って皆でアイスクリームを作って暖かい部屋で食べよう会」は星河家の別館の洋館の食堂が会場となった。
食堂には石炭ストーブが置かれている。
「皆さん、ようこそおいでくださいましたわ!」
前掛け姿の澪子が食堂に入ってきた子供達に明るい笑顔で言った。
「これを、どうぞ」
道子に渡された前掛けをして、子供達は澪子や他の女生徒達がいるテーブルに向かった。
「さあ、これをかき混ぜてくださいな」
湯を張った盥の中に鍋が置いてある。
「これは、牛乳……?」
澪子から大きい匙を受け取った少女が訊いた。
「ええ、牛乳にコンデンスミルクを入れてあるのですよ」
「「「へぇーー」」」
感嘆の声を上げる子供達。
「それじゃ、ここに卵の黄身と砂糖を入れまぁす!」
藍子が勢いよく材料を入れた。
「ここからはしっかりかき混ぜてくださいね」
「「「はい!」」」
茉莉の注意に元気よく答えた子供達は、嬉々として順番にアイスクリームの素材をかき混ぜた。
「ドロドロになったらこれを入れますわよ」
「それは、なあに?」
小さな女の子が澪子に訊いた。
「これは、バニラエッセンスというのですよ」
「ばにら……?」
「ええ、外国から取り寄せてあったものを持ってきましたの」
「へぇーー」
「すごぉーーい」
子供達の感嘆の声に鼻高々の澪子。
「白身の泡立て終わりました!」
「それじゃ、ここに入れてくださいな」
波戸裡霧絵が鍋の中の泡立てた白身を入れた。
「よおし、これからが本番よ! 雪の準備はできてる?」
「はい、できてます、藍子さん」
桂木春子が南久世花子と一緒に、雪が入れられた盥を持ってきた。
「鍋をここに入れて、っと。それじゃ、皆、頑張ってかき混ぜて頂戴!」
「「「はぁーーい!」」」
藍子のかけ声に元気に答える子供達。
「わぁーー固くなってきたぁ!」
「私にもやらせてよぉ!」
「ちょっとだけ舐めてみようぜ」
「つまみ食いはダメよ!」
楽しそうにアイスクリーム作りに没頭する子供達の様子を、古村秋子が鉛筆で描いている。
尾之崎葉子は村木菊江と話しながら、時折メモを取っている。学校新聞用の記事に菓子の専門家の意見を取り入れようというつもりのようだ。
「そうしましたら、しばらくは冷たいところで冷やしますわよ」
「待っている間はお楽しみの紙芝居よ!」
古村秋子の絵に吉名彗子の題字の「かぐや姫」の紙芝居が始まった。
語り手は松井田澄子だ。
「むかしむかしあるところに……」
情感豊かな澄子の語りに、子供達は取り憑かれたように聞き入っている。
そんな子供達を、善子は愛おしそうに見ている。
そして、紙芝居が終わる頃には、アイスクリームも程よく固まり、キラキラとしたガラスの器に盛り付けられた。
「「「いただきます!」」」
一斉にアイスクリームを口にする子供達。
「美味しいぃーー!」
「冷たいぃーー!」
「甘いぃーー!」
口々に言いながら、子供達は満面の笑みでアイスクリームを食べている。
「とても美味しいですわ!」
澪子も珍しく満面の笑みになっている。
「真冬の暖かい部屋で、皆で作ったアイスクリームを食べる! こんな高貴なことってないわねっ!」
感極まったように言う藍子。
「ありがとうございます、藍子さん」
善子が丁寧に礼を言う。
「とんでもないわ、善子さん! こんな高貴な経験ができたのはあなたと子供達のおかげです!」
藍子の言葉に茉莉や澪子達も、力強く頷いている。
「子供園にストーブが入ったら、また催しをするのもいいですわね、私が思うに……」
「皆で色んなお菓子を作るわよ! それに紙芝居だけじゃなくてお絵かき会やお習字会もやって、それから……」
「ちょっと、割り込まないでくださる、藍子さん!」
「あなたこそ、出しゃばらないでよね!」
「「きぃーー!」」
と、いつもの調子になってしまう藍子と澪子なのだった。
そして一週間の後、藍子は、子供園にストーブが入ったと父の太一郎から知らされた。
「ふふふ、これでまた、私の高貴な一歩が始まるのよ、茉莉!」
「また、楽しいことをやろうということですね、藍子様」
勝ち誇っている藍子に、茉莉がいつものようにツッコミを入れるのだった。
――――――――
『子供園からの手紙』
ていと女学校のお姉さんへ
アイスクリームを食べさせてくれて、どうもありがとう。
こどもえんにもストーブが来ました。食堂と勉強部屋です。
女の子は「大きくなったら女学校にいきたい」と言っています。
よしこ先生にきいたら「たくさん勉強すればいけるかもしれない」と言ってくれました。
アイスクリームを作ったり、かみしばいを見るのも楽しいけれど、お勉強も教えてもらいたいです。
そして、女学校にいってお姉さん達みたいにりっぱになりたいです。
また、こどもえんに来てください。
待っています。
こどもえん一同より




