第13話 クリスマス
「今度、生徒会でクリスマス会をやるのよ、茉莉!」
「それは楽しみですね」
「何をやるか考えますわよ、道子さん」
「はい、澪子様!」
お昼休みの中庭でのこと。最近では澪子と道子も一緒になることが増えてきた。
「私はケーキを作るわ! クリスマスにケーキって高貴な私にピッタリよね!」
「クリスマスケーキですね、聞いたことがあります、藍子様」
「それなら私にこそピッタリですわ。何と言っても当家の料理人は一流ですもの」
「まさか、料理人に作らせるつもりなの、澪子さん?」
「え……? それは、どういうことかしら?」
藍子の指摘に戸惑う澪子。
「決まってるじゃない、私達自身で作ることに意味があるのよ!」
「そんなこと言って、藍子さんは作り方を知ってますの?」
「勿論、知らないわ!」
「そんな自信満々に言わないでください、藍子様」
などと賑やかにお喋りをしたその日の放課後の生徒会室で、
「クリスマスにケーキを作るのね、いいと思うわよ」
と、礼花が穏やかに微笑んで賛成してくれた。
「そうしたら、作り方を調べなきゃいけないわね」
「はい、お任せください、礼花様!」
と、胸を張ってみせた藍子だった。
「まずは、おばちゃんに訊いてみるわ!」
売店のおばちゃんに聞いてみると、
「ケーキの作り方かい……私には分からないねぇ」
「そんな……まさか、おばちゃんが知らないなんて!」
愕然とする藍子。
藍子にしたら料理に関しては、売店のおばちゃんは神の如き存在のなのだ。
「お菓子屋さんなら、分かるかもしれないねぇ」
「お菓子屋さん?」
「ケーキってのは、お饅頭みたいに蒸して作るんじゃないのかい?」
「はっ、きっとそれだわ! ありがとう、おばちゃん!」
大喜びの藍子のそばで、
「ケーキって蒸して作るのでしょうか……?」
「カステラは焼くと聞いたことがありますけれど……」
「そうですね……」
と、疑問符を浮かべる茉莉達3人。
「それじゃ、お菓子屋さんを探すわよ!」
「街に行くのですね」
「違うわ、実家がお菓子屋さんの子を探すの。それで一緒にケーキを作るのよ!」
「そんな都合よくいますかしら、お菓子屋さんの子が?」
澪子は懐疑的だが、
「分かりました、探してみます、藍子様」
「お願いね、茉莉!」
「そ、そうしたら、道子さんもお願いしますわ!」
「はい、澪子様!」
こうして茉莉と道子が聞いて回った。そして数日後の朝のこと。
「ひとり見つかりました、藍子様」
「それは、よかったわ! ありがとう、茉莉!」
「村木菊江さんという人なんですが……」
「どうかしたの?」
言い淀む茉莉に藍子が訊いた。
「間もなく退学するそうなんです」
「退学? 一体どういうこと?」
「それが、家庭の事情と言うことしか……」
「分かったわ。とりあえず、今日の昼休みに会いに行きましょう、村木さんに!」
そして昼休み。
「聞きましたわ、村木菊江さんのこと。会いに行くのでしょう?」
澪子が真剣な顔で藍子のところに来た。
「勿論よ!」
「私達も行きますわ」
隣の道子も神妙な顔で頷いている。
村木菊江は1年3組。
「村木菊江さんはいるかしら?」
いつものように、藍子は教室の入口で大きな声で呼びかけた。
「何か用?」
中ほどの席の生徒が顔を上げて答えた。既に弁当を食べ終えて、弁当箱を鞄にしまうところだ。
「あなたに話があるの!」
「私に?」
「高貴な私の目的のためにケーキの作り方を教えてほしいの!」
「ええ!?」
菊江は、いきなり何を言っているのだという顔だ。
「そのような言い方では分かりませんわ、藍子さん! ここは名家上弦家の娘である私がご説明させていただきますわ!」
藍子を押しのけるようにして澪子が前に出た。
「何言ってるのよ! 発案者は私よ!」
「あなたは話が唐突すぎるのですわ!」
藍子と澪子が入口でもみ合いを始めると、
「高貴だか名家だが知らないけど、私、もう帰らなきゃいけないから」
そう言うと菊江は鞄を手にして立ち上がった。
「え、午後の授業はどうするのですか?」
「早退よ。先生に許可はもらってるわ」
茉莉の問いに答えながら、菊江は反対側の出口に向かって歩き出した。
「ちょっと待って、私の話を聞いて!」
そう言って藍子は、反対側の出口に駆け寄った。
「私、忙しいの。お店の手伝いしなきゃいけないから」
「そのお店のことで相談があるの!」
藍子が菊江の袖をつかむ。
「お店のこと?」
「そうなの、だから話を聞いて! 歩きながらでいいから!」
藍子の真剣な様子に、菊江も心が動いたようだ。
「まあ、歩きながらなら……」
「よかった。ありがとう、菊江さん!」
「相変わらず強引ですわね」
「これが藍子様ですから」
澪子のツッコミに、藍子に代わって自慢気に胸を張る茉莉だった。
「クリスマスにケーキ?」
校庭脇を校門に向かって歩いていた菊江は、驚いて立ち止まってしまった。
「そうよ! お菓子屋さんの娘のあなたなら作り方を知っているでしょ?」
「ウチは洋菓子は作っていないわ」
「でも、お饅頭を作る要領でできるのではなくて?」
澪子も藍子に加勢する。
「そんな勝手なことを言われても、私には分からないわよ。それに、お店の手伝いで忙しいし、もうすぐ学校も辞めるし……」
語尾は小さい声になる菊江。
「それは聞いたわ。でも、高貴な私の目的のために、あなたの力が……」
「それが勝手だっていうのよ!」
菊江はそう叫ぶように言うと、校門に向かって走り出した。
「あ、菊江さん……!」
藍子は呼び止めようとしたが、菊江の剣幕に動揺したのか、追いかけようとはしなかった。
「少し一方的でしたわね、藍子さん……私もでしたけれど」
「追いかけますか、澪子様?」
「いいえ、道子さん……」
「どうしますか、藍子様……?」
茉莉が気遣わしげに藍子に訊いた。
「菊江さんのお家の場所は分かる、茉莉?」
「はい」
「それじゃ、私を連れて行って」
「また、話の続きをしますの? それは、さすがにどうかしら、藍子さん……」
澪子が、心持ち非難めいた表情で言った。
「いいえ、見るだけよ。菊江さんのお家のお店を見てみたいの。だから、お願い、茉莉」
「分かりました、藍子様」
◇ ◇ ◇
放課後、お菓子屋に行ってみると、店先で2人の男性が挨拶を交わしていた。
職人風の男性が、洋服姿の男性に頻りに頭を下げている。
その後ろには菊江ともう1人、彼女の母親と思しき女性が立っていた。
「なんだか難しい話をしているみたいね」
「聞いてみますか、藍子様?」
「それは、おやめになったほうがいいですわ、望田さん」
一歩進みかけた茉莉だったが、澪子に制止されて立ち止まった。
洋服姿の男性が立ち去ると、職人風の男性と女性は、慌ただしく店の中に入っていった。
菊江は、店に入ろうとしたところでこちらに気がついたのが、表情でわかった。
「菊江さん……!」
藍子はそう呟いて、店に向かっていこうとした。
菊江は一瞬じっと藍子を見つめたが、くるりと身を翻して店の中に入っていった。
「すごく忙しそうですよ、藍子様」
そう言って茉莉は素早く藍子の横に駆け寄った。
「今日は帰ったほうがよろしいですわ、藍子さん」
澪子も気遣うような表情をしている。
「でも、菊江さんが……」
藍子にしては珍しく言い淀んだ。
「菊江さんが、どうかしたのですか、藍子様?」
「……何か、私達に話したい事があるんじゃないかしら?」
藍子はじっと店の戸口を見つめている。
「確かにこちらを見ていましたよ、澪子様」
「そうかもしれませんけれど、今日は帰ったほうがよろしいですわ」
澪子の言葉を聞いても、藍子はしばらく動かないでいた。
「藍子様、今日はもう……」
「……そうね、今日のところは帰りましょう」
茉莉に促されて、藍子は名残惜しそうに菊江のお店に背を向けた。
◇ ◇ ◇
次の日、菊江は学校に出てこなかった。そして、その次の日も。
「菊江さんに何かあったに違いないわ、行くわよ、茉莉!」
「はい!」
藍子は授業が終わるとすぐに立ち上がって駆け出した。
「私達も行きますわよ、道子さん!」
「はい!」
澪子と道子もすぐに後を追った。
◇ ◇ ◇
藍子たちがお店に行くと、以前に来ていた洋服の男性が帰るところだった。
見送る職人姿の男性はうなだれている。菊江と女性が後ろに立っている。
「なんだか様子が変ですね、藍子様」
「そうね、とても深刻そうだわ」
「話しかけづらいですわね」
「帰りますか、澪子様?」
藍子たちが躊躇していると、菊江がこちらに気がついた。
「私、話をしてくるわ」
そう言って藍子は大股で菊江の方に歩いていった。
「村木菊江さん!」
「あなたは……」
「2日も休んでいたから心配で来てみたのだけど、立て込んでいるみたいね!」
「う、うん……」
いつもの調子で話す藍子に、
「藍子様……!」
「藍子さん……!」
と、茉莉と澪子が諌めるように声をかけた。
「お友達か?」
職人姿の男性が訊いた。
「うん、学校の……」
「なら、休んでもらいなさい。母さん、お茶をお出しして」
「ええ、お父さん」
「菊江さんのお父様とお母様でらっしゃいますね! 星河藍子と申します、以後お見知りおきを!」
「こちらこそ」
「菊江がお世話になってます」
菊江の両親は、一風変わった挨拶をする藍子に、穏やかに微笑みかけた。
◇ ◇ ◇
「お休みだったのは、身体の調子が悪くなったからではないのね?」
藍子たちは、菊江の父親が店先に出してくれた床几に腰掛けて、お茶を飲みながら話を始めた。
「うん、お店が忙しくて、私も手伝わなきゃいけなかったから、でも……」
「でも? 何かあるの?」
「うん……ウチのお店、厳しい状態が続いてて……だから、私も学校を辞めて手伝うことにしたの、それで……」
菊江が語ったことによると、先程の洋服姿の男性が饅頭を大量注文してくれたらしい。
注文元は帝国政府や財界にも顔が利く有力者、この仕事で高い評価を得られれば、大幅な売上げ増も見込める、という話だった。
「それで、材料をたくさん仕入れて準備をしていたら、急に要らなくなったって言われて……」
「それって酷いじゃないっ!」
菊江の話に、怒って藍子が立ち上がった。
「材料の仕入れ代はもらえたのですか?」
茉莉が訊くと、
「饅頭を作って売ればいいだろうって言われて一銭も……あんこは仕込んじゃったから、すぐに売らないと傷んじゃうし……お父さんもこれ以上揉めたくないからって……」
も、菊江は答えて俯いてしまった。膝上で握りしめている拳に涙が落ちた。
「絶対に許せないわっ!!」
まさに怒髪天を衝く勢いの藍子。
「でも、私達にできることはありませんわよ、藍子さん……」
「そうですよ、大人のお仕事の話ですから……」
澪子と道子は下を向いている菊江を慰めるように、背に優しく手を乗せて言った。
「仕入れたお饅頭の材料は残ってるのよね、菊江さん?」
「え、ええ……残ってると思う、けど」
「それを生かさない手はないわね!」
「え……?」
藍子の言葉に、キョトンとして涙を拭く菊江。
そして藍子は、鬼のような形相を何か企んでいるような笑みに変えて言った。
「このまま終わるなんて、高貴な私が許さないわ!」




