第12話 絵画展
「私の傑作をどう思う、茉莉?」
「自分で傑作と言うのですね、藍子様」
今は図画の授業中だ。
「絵の具で塗るのって楽しいわよね!」
「はい、初めて使いましたけど、楽しいですね」
初めての絵の具に二人とも上機嫌だ。
「あら、随分と前衛的な絵をお描きになるのね、藍子さん」
早速澪子が検分に来た。
「黄色いお花を描いているのに、赤や青が出てくるなんて、ねぇ」
「おかしいですわ」
「訳がわかりませんわ」
澪子の言葉に取り巻きが呼応する。
「ふ、あなた達には芸術というものが分かっていないのね!」
澪子達の皮肉もなんのその、藍子は自信満々で言い返した。
「なんですって?」
「芸術はね、爆発なのよっ!」
どうだと言わんばかりに胸を張る藍子。
「確かに爆発してますね、藍子様の絵」
「そうでしょ? さすが、茉莉はよく分かっているわね!」
「ひまわりなのに、形が三角や四角だったり、花瓶と花の大きさのバランスがおかしかったり、それに色も……」
「茉莉……!」
「ほら、ごらんなさい!あなたこそ絵の何たるかが分かっていないのですわ、藍子さん!」
「うぐっ……!」
お得意のビシッと指差しを澪子にされてしまい、返す言葉もない藍子。
「あなた達、何を騒いでいるの! 今は授業中ですよ!」
教師に注意され、藍子たちは慌てて席に戻った。
◇ ◇ ◇
「もう! 悔しいったらないわ!!」
例のごとく、焼きそばパンを噛みちぎって悔しがる藍子。
「すみません、藍子様、私があんなことを言ったばかりに……」
「それはいいのよ、茉莉は正直な感想を言っただけなのだから」
「でも……」
「私はね、言い返せなかったことが悔しいの。私に高貴さが足りなかったということだわ、少なくとも絵に関してはね」
「上弦様は、絵を家庭教師に習っているらしいです」
多くの華族は、子女の習い事に熱心だ。
「剣術や弓術なら負けないのに!」
「星河家は武芸のお家柄ですからね……いっそ藍子様も絵の先生につくのはどうでしょう?」
「いいえ、それではダメよ!」
「え?」
「同じやり方で勝つなんて、私の高貴なプライドが許さないわ!」
「でも、もうすぐ校内絵画展です」
校内絵画展。全生徒が決められた題目に沿った作品を描き、それを学校内外の審査員が審査する、というものだ。
「分かっているわ。私は何としてでも自力で上手くなってみせるわよ!」
そう言って立ち上がると、藍子は残りの焼きそばパンを口に放り込んだ。
◇ ◇ ◇
そして、絵画展当日。
「私の絵は選ばれなかったのね」
校内絵画展に出品された生徒の絵が、講堂にずらりと並べられている。
「残念です、藍子様……」
茉莉はそう言って、藍子を慰めようとした。
だが藍子は、数枚離れたところに飾られている別の絵に興味を惹かれていた。
「藍子様……?」
「ねえ茉莉、この絵、面白いと思わない?」
それは、藍子を始めとするほとんどの女生徒が描いた絵とは、明らかに画風が違っていた。
「そう、ですね、なんというか……」
「線がクッキリとしているわ」
その絵は色が塗られていない、所謂線画だった。
その代わりに、線の密度を描き分けることで、陰影や濃淡を表現している。
「私もこういう絵が描きたいわ!」
「これは、ポンチ絵のような描き方ですね。先生のお手本とは随分違います」
「そうなのね。でも、私はとても素敵な絵だと思うわ!」
自分の絵はそっちのけで、藍子がその線画に見入っていると、
「結果はどうでしたか、藍子さん?」
と、澪子が声をかけてきた。
「ええ、花はもらえなかったわ」
上の空で答える藍子。
「それは残念でしたわね。私は大きなお花をいただきましたわ」
声の調子から、自慢気にならないように気をつけているのが感じられた。
「それは、よかったわ」
と、そっけなく答える藍子に調子を狂わされたような顔になる澪子。
「藍子さんは……お花をいただけなかったのですね」
「ええ」
「それはそれは……よかったら私の絵の先生を紹介してあげましてよ?」
「結構よ。これを描いたのは……古村秋子さんという人ね」
澪子をロクに見もしないで答える藍子。
「はい、3組の方ですね」
と、茉莉。藍子たちは1年1組だ。
「古村秋子さんと是非会ってお話したいわ!」
「私の絵も見てくださいな!」
と、藍子と澪子が噛み合わない会話をしていると、
「私の絵の前で何を話しているの?」
と、ぶっきらぼうな声がした。
「あら、もしかしたら、あなた古村秋子さん?」
「え、ええ、そうだけど……」
あっけらかんとした調子で藍子に訊かれて、戸惑い気味な古村秋子。
「よかった、あなたに会いたいと思っていたのよ!」
「私に……?」
いきなり藍子に両手を握られて気圧される秋子。
「あなたの絵、とっても素晴らしいわ! 見た瞬間に、私の高貴な心が震えたの!」
「そ、そう、ありがとう……でも、花は貰えなかったわ、色もついてないし……」
「それが何だって言うのっ!」
「え?」
「この線が素晴らしいのよ! 曲線の具合や、太さも場所によって変えているのよね?」
「え、ええ」
藍子の手放しの称賛に押されまくりの秋子。
「あなたもそう思うでしょ、澪子さん?」
「え……? ど、どうかしら、私には分かりませんわ」
いきなり話を振られたからか、澪子の反応は歯切れが悪い。
そこに、上級生らしき女生徒が数名絵を見に来た。
「これは、ポンチ絵よね」
「いいのかしら、ポンチ絵なんて出して」
「明日はご家族も観に来られるのに」
と、何やら顔をしかめて不穏なことを言っている。
「何を……!」
と、藍子が詰め寄ろうとした時、
「お待ちなさい」
と、落ち着いた声がした。
藍子たちが振り返ると、そこには生徒会長の紫陽院礼花がいた。
「礼花様!」
藍子は、ぱぁっと表情を明るくして礼花に歩み寄った。
「紫陽院さん!」
上級生達も礼花を見てしかめていた顔を明るくした。
「あの、礼花様、この絵のことを……!」
と、藍子が言おうとするのを、礼花はそっと手で制した。そして、
「絵を見て色々と思うところはあるかもしれないけれど、口には出さないほうが良いこともあるかもしれませんよ?」
と、穏やかに言った。
「は、はい……!」
上級生は恥ずかしそうな顔になって、そそくさとその場を離れた。
「ありがとうございます、礼花様!」
目をキラキラさせて礼花に寄り添う藍子。
そんな藍子に、
「素直でまっすぐなのは良いことだけれど、人と争うようなことは避けましょうね」
と、優しく諭すように礼花が言った。
「はい!」
「とは言ったものの……」
礼花は物思わしげな表情になった。
「何か、心配事がおありなのですか?」
澪子が訊くと、
「外に出ましょう」
と、礼花は言った。藍子と茉莉はすぐに礼花に従った。
澪子と道子、それから秋子も、躊躇しながらも後からついて歩き出した。
礼花は中庭のベンチに腰掛け、皆にも促して話し始めた。
「あの人たちの言うことにも理由はあるのよ」
「理由、ですか?」
「ポンチ絵は上品ではない、という方もいらっしゃるの。特に華族のお家ではね」
「ポンチ絵って、さっき初めて聞きました」
「私も初めて聞きましたわ」
礼花の話に藍子と澪子が答えた。
「きっとお家の方が見せないようになさっているのよ。あなた方も華族だから」
「でも、古村さんの絵は素晴らしいと思います、とても新しい感じがして!」
「私は、なんと言えばいいか分かりませんですわ……」
「あの……」
皆の話を黙って聞いていた秋子が、恐る恐る話に加わってきた。
「何かしら?」
礼花が穏やかに微笑みながら訊いた。
「私の絵は、外したほうがいいのでしょうか……?」
「どうして?」
「明日は、皆の家族が観に来ると聞きましたので、その……」
「問題が起こるかもしれない、ということ?」
「はい……」
肩をすぼめいているような声で答える秋子。そんな秋子に寄り添うようにして礼花が言った。
「そんな必要はないわ。あなたの絵、描き方は違うけど、題材はちゃんとお題目どおりだもの」
「はい……ありがとう、ございます」
優しく微笑みかける礼花に、秋子は目を潤ませながら答えた。
「「「「礼花様……!」」」」
そんな礼花に、藍子を始め、茉莉や澪子、道子も憧れの眼差しを向けるのだった。
◇ ◇ ◇
そして、校内絵画展の2日目。
この校内絵画展、紫陽院礼花を初めとする新生徒会メンバーも、運営を手伝っている。
「今日は私達も監視と片付けをやるのよ!」
初めての生徒会の仕事に意気込む藍子。正式な役はないが茉莉も同行している。
そして、絵画展も終わりに近づいた頃、
「この絵は何かしら!」
と、女性の大きな声が聞こえた。
近くにいた藍子と茉莉は慌てて声のする方に走っていった。
着いてみると、そこには、秋子の絵を前にして3人の婦人が立っていた。
直ぐ側には秋子もいて、真っ青な顔をしている。
「あの、何かありましたか?」
藍子が声をかけると、
「何かもなにも、この絵をご覧なさいな!」
「はい?」
「格式ある帝都女学校の絵画展に、ポンチ絵を出展させるなんて、どういうことかしら!」
「でも、この絵は決められたお花の題材を描いています」
「私が言っているのはそういうことではありません! ポンチ絵自体が品がないのです!」
この頃には藍子の表情は険悪そのものになっていた。
危険を感じた茉莉が止めようとしたが、時すでに遅し。
「これは、高貴な私が素晴らしいと認めた絵です!」
藍子が婦人に叩きつけるように言った。
「なんですって?」
「題材であるお花が如何に美しく描けているか、それが大事なのだと高貴な私の心が訴えているのです!」
「私はポンチ絵がいけないと言っているのですよ!」
「私はポンチ絵を見たことはありません! でもこの古村秋子さんの絵はとても美しく高貴だと思います! あなたはそうは思わないのですか!?」
「それは……」
藍子の剣幕に婦人がひるんだ。
そこに、騒ぎを聞きつけた礼花や他の生徒会メンバーが集まってきた。
「大変失礼しました。お話は私が伺います」
礼花が婦人に深々と頭を下げた。
「そ、そうですわ! いきなり来客に食って掛かるなんて、どんな教育をなさっているのかしら!」
「宅の主人にも言っておきますからね!」
「全く、近頃の娘ときたら!」
その頃には図画担当の教師も駆けつけ、婦人たちに申し訳なさそうに頭を下げた。
「私も先生と一緒に行くわね」
去り際に礼花が藍子にささやいた。
「はい……」
この頃になると、藍子にも「やってしまった」という気持ちが起こってきていた。
だがそんな藍子に、礼花は小さく微笑んだ。
「礼花様……!」
またしても藍子の中で、礼花の存在が大きくなった。
「あの、星河さん……どうも、ありがとう」
秋子が小さな声で藍子に言った。
「私は正しいと思うことを言っただけよ!」
すっかり元の調子に戻って、笑顔で藍子は答えた。
「あ、それからね、秋子さん」
「なに……?」
「今度は色が着いたあなたの絵が見たいわ」
「でも、私、絵の具を持ってないから……」
「大丈夫よ! 礼花様に頼んで生徒共有の絵の具を図画室に入れてもらうわ!」
「そんなことできるの?」
「きっとできるわ! だって礼花様は生徒会長だもの!」
もはや藍子にとって、礼花は女神のような存在になっているようだ。
「それは楽しみね」
秋子の笑みが大きく広がった。
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『古村秋子の日記』
噂の星河藍子さんは、私が想像していた以上の人だった。
彼女は、私の絵を素晴らしいと言ってくれた。
私が絵画展に出したのは、鉛筆で描いた線画だ。
子供の頃から絵が好きで、近所のお兄さんがくれる雑誌のポンチ絵を見るのが大好きだった。
そのうち、見ているだけでは飽き足らず、買ってもらった鉛筆で、雑誌の中の余白に絵を夢中で描いた。
絵画展で私の絵が御婦人に非難されたときは、恐怖で体中の血の気が引いた。
そんな時、藍子さんは真っ向から御婦人に反論してくれた。
とても嬉しかった反面、そんなことを言ったら藍子さんが大変なことになってしまうのではと、気が気でなかった。
後で聞いたところによると、藍子さんは校長室に呼ばれてお小言を頂戴したそうだ。
それを聞いた私が謝ると、藍子さんは「全然へっちゃらよ!」と笑顔で言ってくれた。
その時私は理解した。
星河藍子さんを「聖女のようだ」という人の気持ちを。
この後の更新は、週に1回〜2回になります。
よろしくお願いします。




