第11話 生徒会長選挙
「私、生徒会長に立候補するわ、茉莉!」
「言うんじゃないかと思ってました、藍子様」
放課後の帰り道でのことである。
「生徒の会を作ろうなんて素晴らしい発想よね! 高貴な私が思いつかなかったのが悔しいわ!」
「いつも悔しがってますね、藍子様」
「い、いつもなんて、酷いじゃない、茉莉!」
茉莉の容赦ないツッコミに顔を赤らめる藍子。
「2年生の方が提案したのよね」
「紫陽院礼花様、だそうです」
「紫陽院礼花さんて、確か……」
「はい、宮様とご婚約されている、とお噂の方です」
「そ、それは強敵ね、高貴な私と言えども油断はできないわ」
とりあえず茉莉は「勝つ気でいるんですね」とは言わないでおいた。
◇ ◇ ◇
「生徒会長に立候補するおつもりらしいですわね、藍子さん?」
次の朝、早速澪子が探りを入れてきた。
「あら、耳が早いのね、澪子さん」
もう、慣れっこなので藍子の反応も落ち着いたものだ。
「ということは、あなたも生徒会長に立候補するのね、澪子さん?」
「いいえ、私は書記に立候補するつもりですわ」
「え、なんで?」
拍子が抜けたような顔になる藍子。
「名家の娘は出過ぎないことも嗜みですもの」
頬を染めた乙女顔になる澪子。
「紫陽院礼花様がお相手では、万に一つも勝ち目はありませんから」
「み、道子さん、な、なんてことを言うの!」
道子の、頼まれもしない解説に慌てる澪子。
「それは賢い選択よ、澪子さん!」
「藍子さん……」
「でもね、勝てないと分かっていても戦わなければならない時もあるのよ! それが高貴な私に課せられた宿命なの!」
「今度は宿命ですか、藍子様」
茉莉のツッコミも何のその、藍子は、遥か彼方の大きな目標に向かって突き進む、救国の乙女のように手を振り上げた。
「はいはい、もう授業を始めますよ、席に着きなさい!」
入ってきた教師に注意され、藍子達は慌てて席に着いた。
そして、その日の昼休みのこと。
「紫陽院礼花さんに会ってみたいわね……」
そう言う藍子は、先ほどの勢いは何処へやら、いつもの自信満々な様子が見られない。
「今日の放課後に行ってみますか、藍子様……?」
茉莉も藍子の顔色を伺うような訊き方だ。
「紫陽院礼花さんは大変な才女というお話です。しかも紫陽院家は最上級の公家……」
「分かっているわ、茉莉。でもね、たとえ自分よりも貴いお方がお相手でも私は引かないわ! それが高貴であるということなのよ!」
「そうですね、それが藍子様ですものね」
茉莉は、藍子の思いを汲み取って励ますように言った。
そして放課後。
「紫陽院礼花さんにお会いになるそうですわね、藍子さん」
帰り支度をしている藍子に澪子が話しかけてきた。
「やっぱりきたわね……まあ、いいわ、一緒に行きましょう、澪子さん」
2年生の教室は2階だ。
「私、2階に来るの初めてよ……」
「私もです、緊張しますわね……」
藍子達4人は、邪魔にならないように、廊下を縦1列に並んで歩いた。
2年生たちが次々と教室から出てくる。
「こ、この教室です、藍子様……」
茉莉の声も緊張で震えている。
藍子は入り口に立つと、大きく息を吸い込んだ。
「紫陽院礼花様はいらっしゃいますか!」
緊張はしつつも、藍子の声はいつも通り大きかった。
すると、
「はい、どちら様?」
と、落ち着いた声が聞こえた。
答えたのは、藍子より長身の、色白で庇髪の女生徒だった。
「私、1年の星河藍子と申します! この度は紫陽院礼花様に、ご挨拶をと思い参りました!」
「それは、ご丁寧に。それで、何のご挨拶かしら?」
そう言うと、紫陽院礼花は藍子が立っている入り口に歩いてきた。
「この度の生徒会設立のご提案、私は感服仕りました! つきましては私、生徒会長に立候補させて頂きたく、紫陽院礼花様にご挨拶をと思い参上した次第にございます!」
藍子は、直立不動で宣誓しているかのように言った。
「あら、それは嬉しいわね、ありがとう。それにしても随分と固いのね。もう少し肩の力を抜いてくださいな」
礼花はそう言うと、藍子に穏やかに微笑みかけた。
その優しい笑みが藍子の緊張を一気にほぐしたようだ。
藍子は顔を上気させて、嬉しくて仕方がないという表情になった。
「は、はい! ありがとうございます! 紫陽院礼花様って本当に素敵ですね!」
と、いつもの調子に戻って答えた。
「藍子様、そんな言い方は失礼です!」
「そうですわよ! とても貴いお方なのですから!」
横にいた茉莉と澪子がたしなめた。道子は完全に固まってしまって何も言えなくなっている。
「あら、素敵な方を素敵と言うのは失礼かしら?」
もう、完全にいつもの藍子である。
「うふふ、皆さん、そんなに気を使わないでくださいな。学年が違うというだけで、私もあなた達と同じ帝都女学校の生徒なのよ」
「ああ、聖女とはまさに、礼花様のためにある言葉ですね!」
両手を握り合わせて、夢見る乙女のようになる藍子。
「あら、あなたから、その言葉を聞くなんて」
そう言って礼花は、面白そうに藍子を見た。
「生徒会の設立に賛同してくれたのは嬉しいわ、星河藍子さん。でも……」
と、礼花は一呼吸置いて、不敵な笑みを浮かべて言った。
「生徒会長に立候補する以上、あなたと私は戦う敵同士よ、分かっている?」
「はい、勿論です!」
礼花の言葉を真正面から受けて、藍子は物怖じせずに答えた。
そんな藍子に笑みを返すと、礼花は澪子を見た。
「あなたは、上弦家の方だったかしら?」
「は、はい、わ、私、上弦澪子と申しますわ!」
澪子は顔を真っ赤にして直立不動で答えた。
「うふふ、よろしくね。そうしたら皆さんで帰りましょう。星河家も上弦家も途中までは道も一緒だから」
礼花の言葉に、藍子たち下級生は歓喜の声を上げた。
そして、他の2年生も加わって藍子達は、礼花を中心にして賑やかに帰路についた。
◇ ◇ ◇
生徒会長選挙は大いに盛り上がった。
紫陽院礼花を始め、藍子や澪子達立候補者や、その周囲の者達の活動の成果だ。
「生徒会長には星河藍子をお願いします!」
「生徒会書記には上弦澪子に清き一票を!」
と、茉莉や道子も声を張り上げて投票を訴えた。
その横には、書道部部長の吉名彗子が書いた名入りの襷を斜にかけた、藍子と澪子がにこやかに立っている。
藍子と澪子は、南久世花子から借りた染め物を再現して仕立てた、新しい着物を着ている。
そして二人の頭は、花子が曾祖母から受け継いだ高級紬から作ったリボンで飾られていた。
松井田澄子は、紫陽院礼花が書いた生徒会設立趣意書を、生徒たちの前で朗々と読み上げた。
新聞部の尾之崎葉子は生徒会長選挙結果を予想した号外作り、それを波戸裡霧絵が新聞配達よろしく配って回った。
新聞には、藍子と桂木春子が共同で考えた受験勉強法も、コラムとして書き加えられていた。
こうして、またたく間に生徒会長選挙という一大行事が進んでいった。
そして、その結果は――――
「私、負けてしまったわ、茉莉」
「これは仕方ありませんよ、藍子様……」
選挙の結果、大方の予想通り紫陽院礼花が生徒会長に選出された。
「でもね、不思議と悔しくないのよ。紫陽院礼花様と競うことができたというだけで、高貴な私の心は満たされているの!」
藍子は晴れ晴れとした顔で言った。
「随分と潔いのですね、藍子さん」
「勿論よ、澪子さん! 潔さは高貴さの証しでもあるのだから!」
澪子の言葉にも明るく答える藍子。
「そういえば、生徒会書記当選おめでとう、澪子さん!」
「ど、どうもありがとう、ですわ」
予想していなかったのか、藍子の祝福の言葉に戸惑う澪子。
「実はあなたに言伝がありますの、藍子さん」
「言伝?」
「ええ。今日の放課後、新しくできた生徒会室に来てほしいと、生徒会長の紫陽院様が……」
「行くわ!」
最後まで聞かずに、藍子は澪子にぐいっと近付いて答えた。
◇ ◇ ◇
「わざわざ来てもらって、ごめんなさいね、藍子さん」
「とんでもありません、紫陽院生徒会長!」
藍子は嬉しくて仕方ないといった様子だ。
「実はね、あなたに生徒会長補佐をやってもらいたいの」
「え? せ、生徒会長補佐、ですか!」
「ええ、会長の私と書記と会計だけでは、色々と手が回らないと思うの、だからね……て、どうしたの、藍子さん?」
礼花は、藍子の様子に驚いてしまっている。
なんと、藍子が涙をポロポロと流しているのだ。
「そんなに、嫌なら無理には……」
「いいえ、嫌なんてことは、全くありません!」
「え……?」
「嬉しくて嬉しくて……嬉しくて!」
そう言うと、藍子は満面の笑みで泣き始めた。
礼花はそんな藍子の肩を抱きながら、優しく言葉をかけた。
「よかったわ、どうもありがとう。よろしくお願いね、藍子さん」
「はい、礼花様……!」
――――――――
『紫陽院礼花の日記』
かねてから私が思い描いていた生徒会が設立され、私が初代生徒会長に選出された。
となれば、頭の中は今後の生徒会の活動のことでいっぱいになるはずだ。
なのに、今私の頭の中を占めているのは、一人の下級生だ。
星河藍子さん、それがその下級生の名だ。
彼女のことは噂で聞いていた。
中々に破天荒なところがあるらしいが、明るく活発で周囲の者から大いに好かれているそうだ。
中には、彼女を「聖女のようだ」と言う者もいると聞く。
そんな星河藍子さんが、生徒会の設立に賛同してくれ、なおかつ生徒会長にも立候補してくれたのだ。
そして彼女は私のことを「聖女」と呼んでくれた。それを聞いて私は可笑しくて笑いそうになってしまった。
「あなたがそれを言うの」と。
結果として選挙では、彼女は落選してしまった。
だが私は、彼女に生徒会長補佐になってくれるよう依頼した。
立ち上げたばかりの生徒会の活動を、私と共に経験してもらいたいと思ったからだ。
それに、彼女の周りには素晴らしい才能の持ち主が溢れているのだ。選挙活動中、私はそれを痛感した。
今思っても、私が勝てたのが不思議なくらいだ。
間違いなく来年は、彼女が生徒会長になるだろう。
その時、無自覚な聖女は、名実ともに聖女になるのだ。
そして、私は確信している。星河藍子さんとの出会いは、私の人生の大きな宝となると。




