第9話 アサシンメイドの初仕事
「……暗殺?」
僕が聞き返すと、カレンさんは片膝をついたまま、穏やかな笑みを崩さなかった。
「はい。標的のお名前をお聞かせいただければ、夜明けまでには始末いたします」
「駄目です! 誰も殺さないでください!」
「承知いたしました」
カレンさんは迷うことなく頭を下げた。
「それでは、ご主人様へ危害を加える者だけを、生きたまま行動不能にいたします」
「危害を加えようとした時だけにしてください。何もしていない人を、先に襲ったりしないでくださいね」
「ご命令、確かに承りました」
すぐに受け入れてくれたことへ安心しかけたものの、カレンさんの表情はあまりにも落ち着いている。暗殺を禁じられることも、彼女にとっては数ある命令の一つにすぎないらしい。
「主の命令だ。必ず従うのだぞ、カレン」
「もちろんでございます、ルキア様」
「私の名を知っているのか?」
「召喚された際に、ご主人様がわたくしの主であることと、《ガチャ》についての知識が流れ込んでまいりました。ルキア様が先に召喚された騎士であることも、理解しております」
「うむ。私は主の騎士だ」
「わたくしはご主人様のメイドでございますので、役割は異なりますね」
「その点は明確にしておこう」
ルキアさんは納得したように頷いた。
「カレンも、主と離れていても居場所が分かるのか?」
「おおよその方角と距離、それにご主人様の状態を感じ取れます。危険が迫れば、すぐに気づくかと」
「私と同じだな」
正確な場所や考えていることまで分かるわけではないらしい。それでも、僕の身に何かあれば2人とも気づいてくれると知り、胸の奥が少し温かくなった。
カレンさんは立ち上がると、改めて空き家の中を見回した。
半分崩れた屋根、扉のない入口、砂と木屑の積もった床。壁際には毛布が1枚置かれ、ガチャから出た品々が空いた場所へ並んでいる。
「ご主人様。こちらが、現在のお屋敷でございますか?」
「城だ」
僕より先にルキアさんが答えた。
「ルキアさんが、僕たちの城にしてくれたんです」
「承知いたしました」
カレンさんは屋根の穴を見上げ、傾いた壁へ目を向ける。それでも笑ったり、困った顔をしたりはしなかった。
「それでは、まず城内を清め、物資を整理いたします。日が暮れる前に、雨風を防ぐための処置も済ませましょう」
「いきなり全部やるんですか?」
「暗殺に比べれば、難しい仕事ではございません」
「比較するものが物騒です……」
カレンさんは僕の言葉へ小さく微笑み、袖をまくった。
「ルキア様は、これまで城内のお掃除を?」
「主の護衛を最優先としていた」
「つまり、なさっていないのですね」
「……うむ」
「では、力仕事をお願いいたします」
カレンさんは淡々と言い切ると、床に並んだ品々の前へ膝をついた。
◇ ◇ ◇
最初に取りかかったのは、ガチャから出た品の整理だった。
カレンさんは収納袋の口を開き、白パン、干し肉、穀物、保存水を順番に入れていく。続いて石鹸や布、金槌、鉄釘も収納した。
欲しい物を思い浮かべて手を入れれば、その品が自然と手元へ来るらしい。それでもカレンさんは、何を入れたか忘れぬよう、一つずつ確かめていた。
「短剣と冒険者証は、収納袋へ入れない方がよろしいでしょう。緊急時に、すぐ手へ取れる場所へお持ちくださいませ」
「分かりました」
「銅貨は手持ちの分と、収納袋へ保管する分に分けておきます。すべてを同じ場所へ置けば、紛失した際に困りますので」
「そんなことまで考えるんですね」
「ご主人様の財産を守ることも、メイドの務めでございます」
僕には、品物を床へ並べるくらいしか思いつかなかった。カレンさんの手にかかると、散らばっていた物が次々と使いやすく整えられていく。
その間に、ルキアさんは床へ落ちていた大きな板や石を外へ運んだ。僕も木片を拾おうとすると、カレンさんがすぐに手を伸ばして止める。
「ご主人様は、どうぞお休みくださいませ」
「僕の城でもあるから、僕も手伝います」
「ですが、今日は初めて魔物と戦われたばかりです」
「無理はしません。それに、2人だけに働かせたくないんです」
カレンさんは僕の顔をじっと見つめたあと、静かに手を引いた。
「……承知いたしました。では、尖っていない木片だけをお願いいたします。釘や割れた器には触れないでくださいませ」
「はい」
「主の意思を尊重するのだな」
「ご主人様が望まれるのであれば。ただし、危険なことはお任せできません」
「良い判断だ」
ルキアさんは満足そうに頷き、壁際へ立てかけられていた大きな板を片手で持ち上げた。
3人で床の砂や木屑を外へ出し、腐って崩れかけた板を片づけた。カレンさんは入口の周囲も調べ、土に埋もれていた割れた陶器や錆びた釘を拾い集めていく。
「ここは子供も通ります。裸足で踏めば、怪我をしてしまいますね」
「僕も手伝います」
「では、こちらの小石をお願いいたします」
入口前の路地まで片づけると、歩ける場所が少し広くなった。
屋根は、残っていた板をルキアさんが支え、カレンさんが金槌と鉄釘で固定した。穴をすべて塞ぐには木材が足りなかったため、丈夫な布を内側へ斜めに張り、入り込んだ雨水が寝床ではなく壁際へ流れるようにした。
「これで、急な雨が降っても寝床は守れます」
「すごいです、カレンさん」
「本格的な修理は、木材を用意してからでございます」
「十分だ。今日のところは、これで主が濡れずに済む」
ルキアさんが胸を張ると、カレンさんは屋根と彼女を交互に見た。
「ルキア様は板を支えていただけですが」
「重要な役目であろう?」
「はい。大変助かりました」
カレンさんが素直に認めると、ルキアさんは満足そうに頷いた。
◇ ◇ ◇
片づけが終わる頃には、空き家の中へ夕暮れの光が差し込んでいた。
カレンさんは小型の鍋へ保存水を注ぎ、穀物と細かく刻んだ干し肉、市場で買った野菜を入れた。火打ち石で火を起こし、塩を少し加えて煮込んでいく。
やがて鍋から湯気が立ち、肉と野菜の匂いが部屋いっぱいに広がった。
「いい匂い……」
「もう少しで出来上がります。ご主人様は、そちらへお座りくださいませ」
カレンさんは木の器を3つ用意し、穀物の入った温かなスープをよそった。器の中には柔らかく煮えた野菜と干し肉が浮かび、今まで食べてきた水に浸したパンとは、まるで違って見える。
「これ、僕たちが食べてもいいんですか?」
「もちろんでございます。明日の分も残してありますので、今夜は遠慮なくお召し上がりくださいませ」
差し出された器を受け取ると、両手へ温かさが伝わった。
「いただきます」
息を吹きかけ、少しずつ口へ運ぶ。
柔らかく煮えた穀物が舌の上でほどけ、野菜の甘みと干し肉の塩気が広がった。温かな汁が喉を通り、お腹の奥へ落ちていく。
「おいしい……」
「お口に合いましたか?」
「はい。こんなにおいしいもの、初めて食べました」
カレンさんは目を細め、僕の隣で控えていた。
「カレンさんは食べないんですか?」
「わたくしは、ご主人様のお食事が終わってからいただきます」
「一緒に食べたいです」
カレンさんの表情が、ほんのわずかに止まった。
「ご主人様と、同じ席でございますか?」
「はい。カレンさんも僕たちの仲間でしょう?」
僕が空いている場所を示すと、カレンさんはすぐには動かなかった。
「主の命令だ。座るがよい、カレン」
ルキアさんが自分の隣を軽く叩いた。
「……かしこまりました」
カレンさんは静かに腰を下ろし、自分の器を手に取った。
3人で食べる温かなスープは、1人で拾ったパンをかじっていた頃とは違う味がした。誰かが隣にいて、同じ鍋から同じものを食べている。それだけで、空き家の中まで前より温かくなった気がする。
◇ ◇ ◇
食事を終え、片づけまで済んだところで、僕は壁際の毛布を見た。
「寝る場所、どうしましょう……」
「ご主人様は毛布をお使いください。わたくしは入口で警戒いたします」
「私が主とともに眠る。カレンは見張りを頼む」
「当然のように決めないでください」
「これまでも、そうしていたのだが」
「それでもです」
僕が困っていると、カレンさんが小さく笑った。
「今夜は、わたくしが入口をお守りいたします。明日、もう1枚の毛布と、寝床に敷くものを用意しましょう」
「お金、足りますか?」
「足りなければ、働けばよいのです」
カレンさんは僕へ向き直り、胸元へ手を添えた。
「ご主人様には、わたくしどもがおります。どうか、お一人で抱え込まないでくださいませ」
ルキアさんも隣で頷いた。
屋根にはまだ大きな穴が残り、壁も傾いたままだ。それでも床から砂や木屑が消え、片づけられた道具が壁際へ並び、温かな食事の匂いが残っている。
僕たちの城に、少しずつ暮らしが増えていた。
―――
【今回の貢献ポイント】
・城の周囲を清掃し、危険な瓦礫を取り除いた:+5
獲得ポイント:5
所持ポイント:39/100
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