↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/25

第9話 アサシンメイドの初仕事

「……暗殺?」


 僕が聞き返すと、カレンさんは片膝をついたまま、穏やかな笑みを崩さなかった。


「はい。標的のお名前をお聞かせいただければ、夜明けまでには始末いたします」


「駄目です! 誰も殺さないでください!」


「承知いたしました」


 カレンさんは迷うことなく頭を下げた。


「それでは、ご主人様へ危害を加える者だけを、生きたまま行動不能にいたします」


「危害を加えようとした時だけにしてください。何もしていない人を、先に襲ったりしないでくださいね」


「ご命令、確かに承りました」


 すぐに受け入れてくれたことへ安心しかけたものの、カレンさんの表情はあまりにも落ち着いている。暗殺を禁じられることも、彼女にとっては数ある命令の一つにすぎないらしい。


「主の命令だ。必ず従うのだぞ、カレン」


「もちろんでございます、ルキア様」


「私の名を知っているのか?」


「召喚された際に、ご主人様がわたくしの主であることと、《ガチャ》についての知識が流れ込んでまいりました。ルキア様が先に召喚された騎士であることも、理解しております」


「うむ。私は主の騎士だ」


「わたくしはご主人様のメイドでございますので、役割は異なりますね」


「その点は明確にしておこう」


 ルキアさんは納得したように頷いた。


「カレンも、主と離れていても居場所が分かるのか?」


「おおよその方角と距離、それにご主人様の状態を感じ取れます。危険が迫れば、すぐに気づくかと」


「私と同じだな」


 正確な場所や考えていることまで分かるわけではないらしい。それでも、僕の身に何かあれば2人とも気づいてくれると知り、胸の奥が少し温かくなった。


 カレンさんは立ち上がると、改めて空き家の中を見回した。


 半分崩れた屋根、扉のない入口、砂と木屑の積もった床。壁際には毛布が1枚置かれ、ガチャから出た品々が空いた場所へ並んでいる。


「ご主人様。こちらが、現在のお屋敷でございますか?」


「城だ」


 僕より先にルキアさんが答えた。


「ルキアさんが、僕たちの城にしてくれたんです」


「承知いたしました」


 カレンさんは屋根の穴を見上げ、傾いた壁へ目を向ける。それでも笑ったり、困った顔をしたりはしなかった。


「それでは、まず城内を清め、物資を整理いたします。日が暮れる前に、雨風を防ぐための処置も済ませましょう」


「いきなり全部やるんですか?」


「暗殺に比べれば、難しい仕事ではございません」


「比較するものが物騒です……」


 カレンさんは僕の言葉へ小さく微笑み、袖をまくった。


「ルキア様は、これまで城内のお掃除を?」


「主の護衛を最優先としていた」


「つまり、なさっていないのですね」


「……うむ」


「では、力仕事をお願いいたします」


 カレンさんは淡々と言い切ると、床に並んだ品々の前へ膝をついた。


◇  ◇  ◇


 最初に取りかかったのは、ガチャから出た品の整理だった。


 カレンさんは収納袋の口を開き、白パン、干し肉、穀物、保存水を順番に入れていく。続いて石鹸や布、金槌、鉄釘も収納した。


 欲しい物を思い浮かべて手を入れれば、その品が自然と手元へ来るらしい。それでもカレンさんは、何を入れたか忘れぬよう、一つずつ確かめていた。


「短剣と冒険者証は、収納袋へ入れない方がよろしいでしょう。緊急時に、すぐ手へ取れる場所へお持ちくださいませ」


「分かりました」


「銅貨は手持ちの分と、収納袋へ保管する分に分けておきます。すべてを同じ場所へ置けば、紛失した際に困りますので」


「そんなことまで考えるんですね」


「ご主人様の財産を守ることも、メイドの務めでございます」


 僕には、品物を床へ並べるくらいしか思いつかなかった。カレンさんの手にかかると、散らばっていた物が次々と使いやすく整えられていく。


 その間に、ルキアさんは床へ落ちていた大きな板や石を外へ運んだ。僕も木片を拾おうとすると、カレンさんがすぐに手を伸ばして止める。


「ご主人様は、どうぞお休みくださいませ」


「僕の城でもあるから、僕も手伝います」


「ですが、今日は初めて魔物と戦われたばかりです」


「無理はしません。それに、2人だけに働かせたくないんです」


 カレンさんは僕の顔をじっと見つめたあと、静かに手を引いた。


「……承知いたしました。では、尖っていない木片だけをお願いいたします。釘や割れた器には触れないでくださいませ」


「はい」


「主の意思を尊重するのだな」


「ご主人様が望まれるのであれば。ただし、危険なことはお任せできません」


「良い判断だ」


 ルキアさんは満足そうに頷き、壁際へ立てかけられていた大きな板を片手で持ち上げた。


 3人で床の砂や木屑を外へ出し、腐って崩れかけた板を片づけた。カレンさんは入口の周囲も調べ、土に埋もれていた割れた陶器や錆びた釘を拾い集めていく。


「ここは子供も通ります。裸足で踏めば、怪我をしてしまいますね」


「僕も手伝います」


「では、こちらの小石をお願いいたします」


 入口前の路地まで片づけると、歩ける場所が少し広くなった。


 屋根は、残っていた板をルキアさんが支え、カレンさんが金槌と鉄釘で固定した。穴をすべて塞ぐには木材が足りなかったため、丈夫な布を内側へ斜めに張り、入り込んだ雨水が寝床ではなく壁際へ流れるようにした。


「これで、急な雨が降っても寝床は守れます」


「すごいです、カレンさん」


「本格的な修理は、木材を用意してからでございます」


「十分だ。今日のところは、これで主が濡れずに済む」


 ルキアさんが胸を張ると、カレンさんは屋根と彼女を交互に見た。


「ルキア様は板を支えていただけですが」


「重要な役目であろう?」


「はい。大変助かりました」


 カレンさんが素直に認めると、ルキアさんは満足そうに頷いた。


◇  ◇  ◇


 片づけが終わる頃には、空き家の中へ夕暮れの光が差し込んでいた。


 カレンさんは小型の鍋へ保存水を注ぎ、穀物と細かく刻んだ干し肉、市場で買った野菜を入れた。火打ち石で火を起こし、塩を少し加えて煮込んでいく。


 やがて鍋から湯気が立ち、肉と野菜の匂いが部屋いっぱいに広がった。


「いい匂い……」


「もう少しで出来上がります。ご主人様は、そちらへお座りくださいませ」


 カレンさんは木の器を3つ用意し、穀物の入った温かなスープをよそった。器の中には柔らかく煮えた野菜と干し肉が浮かび、今まで食べてきた水に浸したパンとは、まるで違って見える。


「これ、僕たちが食べてもいいんですか?」


「もちろんでございます。明日の分も残してありますので、今夜は遠慮なくお召し上がりくださいませ」


 差し出された器を受け取ると、両手へ温かさが伝わった。


「いただきます」


 息を吹きかけ、少しずつ口へ運ぶ。


 柔らかく煮えた穀物が舌の上でほどけ、野菜の甘みと干し肉の塩気が広がった。温かな汁が喉を通り、お腹の奥へ落ちていく。


「おいしい……」


「お口に合いましたか?」


「はい。こんなにおいしいもの、初めて食べました」


 カレンさんは目を細め、僕の隣で控えていた。


「カレンさんは食べないんですか?」


「わたくしは、ご主人様のお食事が終わってからいただきます」


「一緒に食べたいです」


 カレンさんの表情が、ほんのわずかに止まった。


「ご主人様と、同じ席でございますか?」


「はい。カレンさんも僕たちの仲間でしょう?」


 僕が空いている場所を示すと、カレンさんはすぐには動かなかった。


「主の命令だ。座るがよい、カレン」


 ルキアさんが自分の隣を軽く叩いた。


「……かしこまりました」


 カレンさんは静かに腰を下ろし、自分の器を手に取った。


 3人で食べる温かなスープは、1人で拾ったパンをかじっていた頃とは違う味がした。誰かが隣にいて、同じ鍋から同じものを食べている。それだけで、空き家の中まで前より温かくなった気がする。


◇  ◇  ◇


 食事を終え、片づけまで済んだところで、僕は壁際の毛布を見た。


「寝る場所、どうしましょう……」


「ご主人様は毛布をお使いください。わたくしは入口で警戒いたします」


「私が主とともに眠る。カレンは見張りを頼む」


「当然のように決めないでください」


「これまでも、そうしていたのだが」


「それでもです」


 僕が困っていると、カレンさんが小さく笑った。


「今夜は、わたくしが入口をお守りいたします。明日、もう1枚の毛布と、寝床に敷くものを用意しましょう」


「お金、足りますか?」


「足りなければ、働けばよいのです」


 カレンさんは僕へ向き直り、胸元へ手を添えた。


「ご主人様には、わたくしどもがおります。どうか、お一人で抱え込まないでくださいませ」


 ルキアさんも隣で頷いた。


 屋根にはまだ大きな穴が残り、壁も傾いたままだ。それでも床から砂や木屑が消え、片づけられた道具が壁際へ並び、温かな食事の匂いが残っている。


 僕たちの城に、少しずつ暮らしが増えていた。


―――

【今回の貢献ポイント】

・城の周囲を清掃し、危険な瓦礫を取り除いた:+5


 獲得ポイント:5

 所持ポイント:39/100

評価やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになりますのでよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。