第10話 アサシンメイドも冒険者になる
翌朝、目を覚ますと、入口のそばにカレンさんが立っていた。
昨夜と同じ場所で、背筋を伸ばしたまま外を見張っている。僕が身体を起こすと、その気配に気づいたカレンさんが静かに振り返った。
「おはようございます、ご主人様。よくお休みになれましたか?」
「はい。でも、カレンさんは寝ていないんですか?」
「一晩程度であれば、支障はございません」
カレンさんは何でもないことのように答えた。
「それでも、休まないと駄目です」
「ご主人様の警護を空けるわけにはまいりません」
「私もいるぞ」
隣の毛布から起き上がったルキアさんが、胸元へ手を当てた。
「主の眠りは私が守れる。カレンが休んでいる間に危険が迫ったとしても、何一つ問題はない」
「ですが、ルキア様もご主人様のお側を離れられないのでは?」
「離れる必要はない。カレンがここで眠ればよいだけだ」
「入口で眠るのですか?」
「毛布をもう1枚買うまでは、それしかないな」
2人が真剣な顔で話しているので、僕は壁際に畳まれた毛布を見た。
「今日はカレンさんの毛布も買いましょう。それから、今夜はちゃんと眠ってください」
「ご命令でございますか?」
「はい。僕だけ眠って、カレンさんがずっと起きているのは嫌です」
カレンさんは一瞬だけ目を伏せ、それから胸元へ手を添えた。
「承知いたしました。今夜は、休息を取らせていただきます」
「うむ。主の命令には従わねばならないからな」
ルキアさんが満足そうに頷く。
2人がいてくれることを、僕は何の疑いもなく心強く思った。
◇ ◇ ◇
昨夜の残りのスープを温め、白パンと一緒に食べたあと、僕たちは冒険者ギルドへ向かった。
カレンさんの毛布や寝床を用意するには、お金が必要になる。僕とルキアさんだけで依頼を受けるより、カレンさんも冒険者になれば、3人で一緒に働けるはずだった。
「カレンさんも、冒険者になってくれますか?」
「ご主人様のお側で働けるのであれば、異存はございません」
「では決まりだな。これで主を守る者が、正式にもう1人増える」
「守ってもらうだけじゃなくて、僕も働きますからね」
「もちろんでございます。ご主人様には、安全な範囲で存分に働いていただきます」
「安全な範囲が、すごく狭そうです……」
僕が言うと、カレンさんは穏やかに微笑んだ。
冒険者ギルドへ入ると、前回と同じ受付の女性が僕たちに気づいた。ルキアさんの隣に立つカレンさんへ目を向け、少しだけ目を丸くする。
「おはようございます。本日は、そちらの方の冒険者登録でしょうか?」
「はい。カレンさんも、僕たちの仲間になったんです」
「わたくしは、ご主人様に仕えるメイドでございます」
「騎士の次は、メイド……」
受付の女性は僕、ルキアさん、カレンさんの順に視線を移した。
「随分と幅広い方々をお連れなのですね」
「僕が連れてきたわけではなくて、《ガチャ》から……」
「主」
ルキアさんに呼ばれ、僕は慌てて口を閉じた。ガチャについては、むやみに話さない方がよいと決めていたことを思い出す。
「……少し事情があるんです」
「承知しました。詳しくは伺いません」
受付の女性は前回と同じように何かを納得し、登録用紙を取り出した。
「お名前をお願いします」
「カレンと申します」
「家名はお持ちですか?」
「ございません」
「現在の滞在先は?」
「ご主人様の城でございます」
受付の女性の手が止まった。
「以前伺った、貧民街の空き家ですね」
「はい。昨日、屋根の応急修理も終わりました」
「少しずつ城らしくなっています」
「……記録には、貧民街と記載しておきますね」
受付の女性は深く追及せず、質問を続けた。カレンさんは読み書きができるため、受け取った羽根ペンで自分の名前や必要事項を滑らかに記入していく。
「得意なことや、経験のある仕事はございますか?」
「潜入、索敵、追跡、罠の発見と解除。あとは、標的の暗殺を少々」
「カレンさん!」
「事実を記す欄かと存じましたので」
カレンさんは不思議そうに首を傾げた。
受付の女性は羽根ペンを止めたまま、カレンさんの穏やかな笑顔を見つめている。
「……要人の護衛や、密偵として働いていた経験がおありなのですね」
「解釈はお任せいたします」
「念のため申し上げますが、冒険者ギルドでは、認可された討伐依頼や正当防衛を除き、人を殺すことを禁じています」
「承知しております。ご主人様からも、誰も殺してはならないと命じられておりますので」
「それを聞いて安心しました」
受付の女性は登録用紙へ、潜入、索敵、罠解除とだけ書き加えた。
「それでは、こちらの石へ手を触れてください。魔力の波長を記録します」
カレンさんが透明な石へ指先を置く。
石の中へ淡い紫色の光が灯ったかと思うと、光は細い糸のように収束し、中心へ真っすぐ伸びた。派手な輝きではないのに、目を離しにくい不思議な光だった。
「ずいぶんと鋭い魔力反応ですね」
「気配を消し、相手の死角へ入り込むことには慣れております」
「カレンさん、受付の人を困らせないでください……」
「申し訳ございません、ご主人様」
カレンさんは素直に頭を下げた。
少し待つと、カレンと刻まれた金属製の冒険者証が完成した。僕たちと同じ、最下位の鉛等級を示す色をしている。
「戦闘経験にかかわらず、登録したばかりの方は鉛等級からとなります。依頼を達成し、実績を積むことで昇格できます」
「承知いたしました」
カレンさんは冒険者証を両手で受け取り、表面に刻まれた自分の名前を見つめた。
「これで、カレンさんも僕たちと同じ冒険者ですね」
「ご主人様と、同じ……」
カレンさんはその言葉を確かめるように繰り返したあと、冒険者証を胸元へ大切そうにしまった。
「はい。ご主人様のお側で、必ずお役に立ってみせます」
◇ ◇ ◇
登録を終えた僕たちは、3人で依頼掲示板の前に立った。
薬草の採取、荷物運び、街路の清掃。昨日と同じ依頼もあれば、新しく貼られたものもある。
「ご主人様。人間を対象とした討伐依頼は、こちらにはないのでしょうか?」
「掲示板には、ないみたいですね」
「では、魔物を相手にするものがよいだろう」
ルキアさんが討伐依頼の並ぶ場所へ手を伸ばす。
「待ってください。今日はカレンさんの初めての依頼ですし、危険の少ないものにしましょう」
「ご主人様のご命令であれば、掃除でも荷運びでも務めます」
「暗殺者としての腕を確かめる機会でもある。弱い魔物ならば、カレンに任せても問題はあるまい」
「ルキアさんまで……」
2人の間で迷っていると、掲示板の端にある依頼が目に入った。
―――
街外れの穀物倉庫に住みついた大鼠の駆除
確認されている数:5体以上
―――
「これなら、街の近くですよね」
「大鼠であれば、主に危険が及ぶ前に私が対処できる」
「わたくしも、狭い建物の中で動くことには慣れております」
倉庫の食料を荒らす大鼠を放置すれば、街の人たちが困る。危険な魔物を相手にするよりは、僕にも手伝えることがありそうだった。
「では、この依頼にしましょう」
依頼書を受付へ持っていくと、先ほどの女性が内容を確認した。
「穀物倉庫の大鼠ですね。少なくとも5体が確認されていますが、巣の中にはさらにいる可能性があります。噛まれると病気になることもありますので、素手では触れないでください」
「承知した。主へ近づけるつもりはない」
「カレンさんも、無理はしないでくださいね」
「ご心配には及びません」
カレンさんは穏やかに微笑み、腰に下げた細身の短剣へ指を添えた。
「大鼠であれば、鳴き声を上げる暇もなく始末いたします」
「できれば、怖くない言い方をしてください……」
「承知いたしました。苦しむ間もなく終わらせます」
「もっと怖くなりました」
受付の女性が僕からそっと目を逸らした。
こうして僕たちは、3人で受ける最初の依頼へ向かうことになった。
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