第11話 アサシンメイドの初陣
依頼書に記された穀物倉庫は、フォルトゥナの外縁部にあった。
高い木の塀に囲まれた敷地には、荷車と空の麻袋が並んでいる。僕たちが門をくぐると、倉庫の前で腕を組んでいた中年の男の人が、こちらへ歩いてきた。
「あんたたちが、ギルドから来た冒険者か?」
「はい。大鼠の駆除依頼を受けました」
男の人はルキアさんとカレンさんを見たあと、最後に僕へ視線を止めた。
「その子も、中へ入るのか?」
「僕も冒険者です」
「主へ何か問題でもあるのか?」
「いや、子供が入るには少し危ないと思っただけだ。俺はこの倉庫を任されているバルトだ」
敵意があるわけではないと分かり、ルキアさんもそれ以上は何も言わなかった。
バルトさんによると、最初に穀物袋が食い破られたのは数日前らしい。それから毎晩被害が続き、糞や汚れがついた穀物まで処分することになったという。
「少なくとも5体は見た。奥の壁際へ逃げ込んだが、職員が近づいたら足を噛まれかけてな」
「大鼠は魔物ではないのですか?」
「ああ。ただの害獣だが、普通の鼠よりずっと大きい。噛まれれば病気になることもあるから、素手では触るなよ」
「分かりました」
バルトさんが重い扉を開けると、湿った穀物と獣の臭いが流れてきた。窓の少ない倉庫内には、大きな麻袋が人の背丈ほどまで積み上げられている。
「俺は外で待っている。終わったら呼んでくれ」
「お任せくださいませ」
カレンさんが一礼し、倉庫の中へ足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
薄暗い倉庫の中で、カレンさんはすぐに腰を落とした。
食い破られた麻袋の縁、床に散った穀物、壁際へ続く小さな足跡を順番に調べていく。積み荷の陰から黒い毛を拾い上げると、指先で長さを確かめた。
「確認されている5体より多いようでございます」
「分かるんですか?」
「足跡の大きさがいくつか異なります。重なり方から見ても、少なくとも9体はいるかと。奥には巣もございます」
ルキアさんが目を閉じ、倉庫の奥へ意識を向けた。
「私にも複数の気配は分かる。しかし、正確な数までは拾えぬな」
「正面からの戦いでは、わたくしはルキア様に及びません。隠れた獲物は、わたくしにお任せくださいませ」
「うむ。存分に腕を振るうがよい」
カレンさんは立ち上がり、今度は僕へ向き直った。
「ご主人様は、倉庫の外でお待ちくださいませ」
「僕にも、できることはありませんか?」
「大鼠には病を持つ個体もおります。お側へ近づけるわけにはまいりません」
「何もしないで待っているだけは嫌です」
カレンさんはすぐには答えず、入口と積み上がった麻袋を見比べた。
「では、入口で灯りをお持ちくださいませ。外へ逃げる個体がいれば、声でお知らせください。決して追わず、素手でも触れないとお約束いただけますか?」
「はい。約束します」
「私が主の隣にいる。何が現れようと、傷一つ負わせぬ」
「それでは、お願いいたします」
僕はバルトさんから借りたランタンを持ち、入口の脇へ立った。ルキアさんがすぐ隣に立つのを確認すると、カレンさんは積み荷の奥へ歩いていく。
数歩進んだところで、足音が消えた。
◇ ◇ ◇
穀物袋の陰で、何かが動いた。
猫よりも大きな黒い鼠が鼻先を覗かせ、床へ散った穀物へ近づいてくる。その背後には、いつの間にかカレンさんが立っていた。
「まず1体」
細身の短剣が首元をかすめ、大鼠は鳴き声を上げることもなく床へ倒れた。
別の袋の上から、2体が同時に飛びかかる。
カレンさんは半歩だけ身体を引き、先に迫った1体の下をくぐった。短剣が閃くと、その大鼠は着地する前に力を失い、続く1体も首筋を押さえられたまま床へ叩き落とされる。
「3体目です」
「速すぎて、ほとんど見えません……」
「気配を消すことに長けているようだな」
ルキアさんが満足そうに頷いた。
積み上がった袋の間から、大鼠が次々と姿を現す。カレンさんは狭い通路を縫うように進み、逃げようとした個体の前へ先回りしていた。
短剣が一度動くたび、1体が床へ転がる。
僕には、カレンさんのメイド服の裾がわずかに揺れたことと、銀色の刃が瞬いたことしか分からなかった。気づいた時には、確認されていた5体を超える大鼠が、動かなくなっている。
「9体目でございます」
「本当に、言ったとおりの数でしたね」
「いいえ。まだ奥におります」
カレンさんが視線を向けた先で、穀物袋の山が大きく揺れた。
袋が崩れ、その隙間から一回り大きな大鼠が姿を現す。後ろには、さらに小さな2体が続いていた。
親鼠らしい大鼠はカレンさんを避け、入口へ向かって走り出した。
「こっちに来ます!」
僕が声を上げると、ルキアさんが前へ出ようとした。
その直前、カレンさんの袖口から細身の短剣が放たれた。刃は大鼠の前脚の間へ突き立ち、驚いた大鼠が進路を変える。
その先には、腰から別の短剣を抜いたカレンさんが立っていた。
「ご主人様へ近づくことは許しません」
カレンさんの手が大鼠の頭を押さえ、短剣が喉元へ入った。
残った2体も逃げ切れなかった。カレンさんの短剣が続けて閃き、ほとんど同時に床へ転がる。
倉庫の中が静かになった。
「合計12体でございます」
「確認されていた数の倍以上ですね……」
「巣の位置も確認してまいります」
カレンさんは短剣の血を古い布で拭い、倉庫の奥へ向かった。
◇ ◇ ◇
大鼠の巣は、奥の壁際にあった。
崩れた木板の下へ穀物の殻や布切れが集められ、その先には外へ続く穴が開いている。人の頭が入るほどの大きさがあり、周囲の木材には新しい歯形が残っていた。
「この穴を塞がないと、また入ってくるんじゃないですか?」
「ご主人様のおっしゃるとおりです」
「依頼は駆除だけだが、再び入り込まれては意味がないな」
ルキアさんが崩れた木板を取り除き、カレンさんが穴の大きさを確かめる。倉庫の隅には、壊れた木箱から外された板が何枚か積まれていた。
僕は収納袋から金槌と鉄釘を取り出した。
「これを使えませんか?」
「十分でございます。ご主人様は、必要な本数の釘を渡してくださいませ」
ルキアさんが厚い板を穴へ押し当て、カレンさんが金槌で固定していく。僕は収納袋から鉄釘を必要な本数だけ取り出し、カレンさんへ1本ずつ手渡した。
最後に板の周囲へ石を積むと、外から入り込める隙間はほとんどなくなった。
「これなら、すぐに破られることはないでしょう」
「本格的な修理は、倉庫の人に伝えましょう」
「はい。よくお気づきになりました、ご主人様」
カレンさんに褒められ、僕は少しだけ胸を張った。
◇ ◇ ◇
長い板を使って大鼠の死体を1か所へ寄せ、古い麻袋をかぶせた。それから、倉庫の外で待っていたバルトさんを呼んだ。
バルトさんは倉庫へ入るなり、集められた大鼠の数を見て足を止める。
「12体もいたのか……。5体どころじゃなかったじゃねえか」
「奥に巣がありました。外へ続く穴も、板で塞いであります」
「そこまでやってくれたのか?」
「このままだと、また入ってくると思ったので」
バルトさんは修理した壁際を確かめたあと、僕の前へ戻ってきた。
「助かったよ、小さな冒険者さん。あんたが穴に気づいてくれなけりゃ、また同じことになっていた」
「僕だけじゃありません。ルキアさんとカレンさんがいてくれたからです」
「それでも、再発を防ぐよう考えたのは主だ」
「ご主人様のご判断がなければ、わたくしは駆除だけで終えていたかもしれません」
2人に言われ、僕は少し恥ずかしくなって俯いた。
バルトさんは依頼の確認書へ署名し、大鼠の死体は職員たちと処分すると約束してくれた。
「報酬には少し上乗せしておく。倉庫の食料を守ってくれた礼だ」
「ありがとうございます」
僕たちは確認書を受け取り、冒険者ギルドへ戻った。
◇ ◇ ◇
受付の女性へ確認書を渡すと、内容を読んだ彼女は小さく目を見開いた。
「大鼠12体の駆除に、侵入経路の封鎖まで行ったのですね」
「穴を残したままだと、また被害が出ると思ったんです」
「適切な判断です。確認書に、追加報酬の記載もあります」
受付の女性は依頼書へ完了の印を押し、銅貨の入った革袋を差し出した。
その瞬間、視界の端へ淡い文字が浮かぶ。増えた数字を確かめてから、僕は革袋を受け取った。
「カレンさんの最初の依頼、無事に終わりましたね」
「はい。ご主人様と同じ仕事を果たせたことを、嬉しく思います」
カレンさんは胸元の冒険者証へ、そっと指を触れた。
「これで、カレンさんの毛布を買えます」
「わたくしのために、報酬をお使いになるのですか?」
「そのために受けた依頼ですから」
カレンさんは何かを言いかけ、口を閉じた。それから、いつもの穏やかな笑みよりも少しだけ柔らかく微笑む。
「……かしこまりました。大切に使わせていただきます」
―――
【今回の貢献ポイント】
・冒険者ギルドの依頼「大鼠の駆除」を達成した:+10
・倉庫への侵入経路を塞ぎ、被害の再発を防いだ:+5
獲得ポイント:15
所持ポイント:54/100
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