第12話 コルジ兄ちゃんの城
冒険者ギルドを出たあと、僕たちは市場へ向かった。
大鼠の駆除で得た報酬と追加分を合わせれば、カレンさんの毛布だけでなく、寝床へ敷くものも買えそうだった。何軒か店を回り、僕たちは厚手の毛布と、藁を詰めた敷物を選んだ。
「ご主人様。毛布だけで十分でございます」
「床に直接寝たら、身体が痛くなります」
「わたくしは、その程度で支障をきたしません」
「支障がなくても、痛いものは痛いでしょう?」
カレンさんは返事に困ったように、敷物へ視線を落とした。
「主が買うと決めたのだ。ありがたく受け取るがよい」
「……かしこまりました」
僕たちは毛布と敷物のほかに、安い木の器を2つ買った。今ある3つと合わせれば、誰かが遊びに来ても一緒に食卓を囲める。
さらに、今まで使っていた小型の鍋では人数が増えた時に足りないため、安い中古の深鍋も1つ選んだ。買った品を収納袋へ入れ、貧民街へ戻る。
路地へ入ってしばらく歩いたところで、前方から小さな足音が近づいてきた。
「……コルジ兄ちゃん?」
聞き覚えのある声に足を止める。
そこにいたのは、以前パンを分けた兄妹のノアとリナだった。2人は僕の顔と服を何度も見比べ、兄のノアが目を大きく見開く。
「本当にコルジ兄ちゃんだ!」
「ずっと見なかったから、死んじゃったのかと思った……」
「ごめん。少しだけ、いろいろあったんだ」
妹のリナが僕の袖へ触れた。
「服、きれいになってる」
「ルキアさんに買ってもらったんだ」
僕が隣を示すと、2人は白銀の髪を持つルキアさんと、メイド服姿のカレンさんを見上げた。
「コルジ兄ちゃん、お金持ちになったの?」
「なってないよ。今も同じ空き家に住んでるから」
「城だ」
「お屋敷でございます」
「空き家です……」
ルキアさんとカレンさんは、そろって納得していない顔をした。
ノアが何かを言おうとした時、お腹が大きな音を立てた。ノアは慌ててお腹を押さえ、リナも俯いた。
「今日は、何か食べた?」
「昨日、少しだけ」
「今日は?」
「……まだ」
「お母さんは?」
「まだ熱が下がらない。今日もずっと寝てる」
ノアとリナは、路地の奥にある古い物置小屋で、病気がちな母親と3人で暮らしている。母親は熱が続いているため、ここ数日は仕事へ出られていなかった。
2人の頬は、前に会った時よりも少し痩せている。
僕は収納袋へ手を伸ばしかける。すると、カレンさんが先に口を開いた。
「5人分の夕食と、お母上へお持ちいただく分を用意しても、明日の朝食は残せます」
「本当ですか?」
「はい。ただし、ご主人様にも同じ量を召し上がっていただきます」
「まだ何も言っていません」
「お顔を見れば分かります」
ルキアさんも腕を組んで頷いた。
「私も同じことを言おうとしていたところだ」
2人には、すっかり考えを読まれていた。
「よかったら、僕たちの家で一緒に食べない?」
「城だ」
「お屋敷でございます」
「……僕たちの城で」
僕が言い直すと、兄妹は顔を見合わせた。
「行ってもいいの?」
「うん。おいで」
◇ ◇ ◇
僕たちの城へ着くと、ノアとリナは入口で足を止めた。
「ここ、前よりきれいになってる」
以前は床へ砂や木屑が積もり、入口の周りにも割れた器や錆びた釘が落ちていた。今は危ない物が片づけられ、壁際には道具が揃えて置かれている。
「カレンさんが片づけてくれたんだ」
「ご主人様とルキア様にも、お手伝いいただきました」
「私は大きな板を運んだぞ」
「はい。大変助かりました」
ルキアさんが胸を張り、カレンさんはいつもの調子で頷いた。
カレンさんは収納袋から、今日買った深鍋と食材を取り出した。穀物、野菜、干し肉を入れ、保存水と塩を加えて火へかける。
僕は新しく買った木の器を洗い、ルキアさんは薪を割った。ノアとリナも手伝いたがったため、火元から離れた壁際へ器を並べてもらう。
深鍋から湯気が立ち始めると、2人は何度もそちらを見た。肉と野菜の匂いが広がるたび、喉が小さく動いている。
「お待たせいたしました」
カレンさんは出来上がったスープを小型の鍋へ1人分取り分け、布をかぶせて壁際へ置いた。それから、5つの器へ同じ量のスープをよそった。
「いただきます」
僕が手を合わせると、2人も真似をした。
ノアがすぐに器へ口をつけようとしたので、僕は慌てて止める。
「ゆっくり食べた方がいいよ。急ぐと喉につまるから」
「でも、なくならない?」
「なくならないよ。みんなの分があるから」
ノアはまだ不安そうだったが、息を吹きかけてから一口ずつ食べ始めた。リナも、柔らかくなった穀物を小さな匙ですくって口へ運ぶ。
「おいしい」
「お肉も入ってる……」
2人の声を聞いてから、僕も自分の器を見た。
誰かへ食べ物を渡せば、自分の分はなくなると思っていた。けれど今夜は、5人で同じ鍋を囲んでも、僕の器にも温かなスープが入っている。
口へ運ぶと、野菜の甘みと干し肉の塩気が広がった。
「ご主人様。お味はいかがでしょうか?」
「とてもおいしいです」
カレンさんが満足そうに目を細める。
食事の途中、ノアがルキアさんをじっと見つめた。
「銀髪のお姉ちゃんは、コルジ兄ちゃんのお母さん?」
「違う。私は主の騎士だ」
「じゃあ、家族?」
ルキアさんは一度だけ瞬きをし、僕へ視線を向けた。
「そうだな。家族と呼ぶことに、私は異論はない」
「わたくしも、ご一緒してよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
答えると、カレンさんの匙がわずかに止まった。すぐにいつもの穏やかな表情へ戻ったものの、口元には小さな笑みが残っていた。
「それでは、わたくしもご家族の一員として、ご主人様へお仕えいたします」
「そこは、普通に一緒に暮らすでいいと思います……」
「両立いたしますので、ご安心くださいませ」
リナが小さく笑い、ルキアさんまで肩を揺らした。
◇ ◇ ◇
5人の器が空になる頃には、ノアとリナの顔へ少しだけ元気が戻っていた。
「コルジ兄ちゃん」
「どうしたの?」
「僕たちも、何か手伝っていい?」
「手伝うって?」
「ずっと食べ物をもらうだけは嫌だから」
その言葉を聞き、僕は何もしなくていいと言いかけた。
けれど、僕もルキアさんやカレンさんに、守られているだけは嫌だと伝えたばかりだった。2人も、きっと同じなのだ。
「じゃあ、危なくないことを一緒にやろう」
「何をすればいい?」
「路地に落ちている危ない物を見つけたら、僕たちに教えて。それから、使えそうな木材が落ちている場所を知っていたら、案内してほしいな」
「分かった!」
「私も探す」
2人は嬉しそうに頷いた。
外が暗くなる前に、僕たちは兄妹を路地の途中まで送った。ノアは母親のために取り分けたスープの入った小型鍋を、両手で大切そうに抱えている。
「鍋は、また今度返すね」
「急がなくていいよ。お母さんに、ゆっくり食べてもらって」
「うん」
別れ際、リナが僕たちの城を振り返る。
「コルジ兄ちゃん。また来てもいい?」
「うん。お腹が空いて、どうしようもない時は来て」
「食事がなくても、遊びに来てよいのだぞ」
「ルキアさん?」
「主の城なのだ。客人の1人や2人、受け入れられなくてどうする」
「お茶の用意も必要でございますね」
「カレンさんまで……」
ノアとリナは笑いながら手を振り、細い路地の向こうへ帰っていった。
崩れた空き家だった僕たちの城に、また来たいと言ってくれる人ができた。
―――
【今回の貢献ポイント】
・空腹の子供たちへ食事を分け与えた:+5
獲得ポイント:5
所持ポイント:59/100
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