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第13話 銅貨は誰がために

 翌朝、朝食を終えた頃に、ノアとリナが小型の鍋を返しに来た。


 鍋はきれいに洗われていたが、2人の表情は昨日よりも暗い。ノアは入口へ入るなり、鍋を抱えたまま僕を見上げた。


「コルジ兄ちゃん。お母さん、スープは少し食べられたよ」


「本当? 熱は下がった?」


「ううん。朝になったら、もっと苦しそうになってた」


 隣にいたリナが、服の裾を強く握った。


「息をするたび、胸が痛いって……」


 僕はルキアさんとカレンさんを見た。2人とも、すでに立ち上がっている。


「僕も、お母さんの様子を見に行く」


「わたくしたちもご一緒いたします」


「病人を放置する理由はない。案内せよ」


 ノアが大きく頷き、僕たちは兄妹の暮らす物置小屋へ向かった。


◇  ◇  ◇


 路地の奥にある物置小屋は、僕たちの城よりも狭かった。


 壁には雨染みが広がり、床へ敷かれた藁の上に、薄い布が重ねられている。その寝床で、痩せた女の人が浅い呼吸を繰り返していた。


「お母さん、コルジ兄ちゃんを連れてきたよ」


「ノア……知らない人を、勝手に……」


 女の人は身体を起こそうとしたが、すぐに咳き込み、胸元を押さえた。


「起きなくて大丈夫です。僕はコルジです。昨日、ノアとリナと一緒にご飯を食べました」


「エマ、です。この子たちが、ご迷惑を……」


「迷惑じゃありません」


 エマさんは何かを言おうとしたものの、再び激しく咳き込んだ。


 カレンさんが寝床のそばへ膝をつき、エマさんの額へ手を当てる。続いて手首へ指を添え、呼吸の様子を確かめた。


「高い熱が続いております。呼吸も浅く、このまま寝かせておくべき状態ではございません」


「治せますか?」


「申し訳ございません。わたくしには、毒や傷の知識はございますが、病を治すことはできません。治療師に診せる必要がございます」


 エマさんが小さく首を横へ振った。


「治療院へ行くお金なんて、ありません。この子たちが食べる分さえ、ろくに用意できないのに……」


「お金なら、僕たちが持っています」


「駄目よ。それは、あなたたちのお金でしょう」


「また稼げます」


 エマさんはなおも断ろうとしたが、ルキアさんが寝床の布ごと身体を抱き上げた。


「な、何を……」


「治療院へ運ぶ」


「下ろしてください。お金も払えないのに、診てもらえるはずが……」


「金のことは、生き延びてから考えればよい」


 ルキアさんはエマさんを軽々と抱えたまま、物置小屋を出る。カレンさんは水の入った器と必要そうな布を収納袋へ入れ、僕はノアとリナの手を取った。


「大丈夫。みんなで行こう」


 兄妹は不安そうに母親を見つめながらも、僕の手を握り返した。


◇  ◇  ◇


 貧民街から最も近い治療院は、表通りから少し外れた場所にあった。


 受付で事情を伝えると、年配の治療師がすぐに奥の寝台を示し、ルキアさんがエマさんを横たえた。治療師は胸元へ衣服越しに耳を当て、喉や瞳の状態を調べたあと、薬草を煮出した液体を少しずつ飲ませていく。


「栄養が足りないところへ身体を冷やし、胸の奥まで炎症を起こしている。このまま放っておけば、命に関わっていた」


「治りますか?」


「薬を飲み、暖かい場所で食事を取って休めば、回復する見込みはある。ただし、数日は続けて薬が必要だ」


 ノアとリナが、寝台のそばで母親の手を握った。


 僕はカレンさんと一緒に、診察と薬に必要な銅貨を確認した。カレンさんは革袋の中身を数え終えると、僕にだけ聞こえる声で告げる。


「診察料と今日の薬代は支払えます。屋根の修理費まで使えば、明日の分も用意できますが、その先までは足りません」


「食べ物は?」


「収納袋に数日分ございます。すぐに困ることはありません」


 僕は革袋を受け取り、中に残った銅貨を見つめた。


 このお金があれば、城の屋根を直すための木材を買える。雨が降るたび、壁際へ水が流れ込む暮らしから抜け出せるかもしれない。


 寝台では、エマさんが苦しそうに息をしていた。ノアとリナは、その手を離そうとしない。


「これも使ってください」


 僕は革袋に残っていた銅貨を、治療師の前へすべて置いた。


「主。それは城を直すための金だぞ」


「屋根は、もう少し待てます」


 ルキアさんへ答えてから、もう一度エマさんを見た。


「でも、エマさんは待てません」


 ルキアさんは一度だけ目を閉じ、それから治療師へ向けて銅貨を押し出した


「主が決めたのだ。治療に使ってくれ」


「不足した分は、また働いて得ればよいのでございます」


 カレンさんも迷わず頷いた。


 エマさんは寝台から僕たちを見つめ、熱で潤んだ目から涙をこぼした。


「どうして、そこまで……」


「ノアとリナが、お母さんを待っています。それに僕も、助けてもらったから今ここにいるんです」


 治療師は銅貨を数えたあと、少し難しい顔をした。


「今日と明日の薬までは用意できる。だが、その先の分を作るには《白鈴草》が足りない」


「白鈴草?」


「熱を下げる薬の材料だ。バルバーナ魔境の手前、水辺の日陰に生えている。街に近い場所は採り尽くされていてな」


 治療師は棚から、乾燥させた白い小花を持ってきた。細い茎の先に、鈴のような形の花がついている。


「冒険者ギルドへ採取依頼を出している。状態の良いものを10株持ってきてくれれば、残りの薬代の代わりに受け取ろう」


「僕たち、冒険者です」


 僕が冒険者証を見せると、治療師は驚いたように目を細めた。


「そうか。なら、葉の形と採り方を覚えていけ。根を傷つけると薬に使えなくなる」


 カレンさんは白鈴草を手に取り、葉の付き方や茎の色まで丁寧に確認した。


「特徴は覚えました。見落とすことはございません」


「薬草を探す間、魔物は私が退けよう」


 ルキアさんも当然のように役目を引き受ける。


 僕はノアとリナへ向き直った。


「2人は、ここでお母さんについていてあげて」


「コルジ兄ちゃんたちは?」


「薬を作るための草を採ってくる」


「僕も行く!」


「駄目だ。母を守る者も必要であろう」


 ルキアさんに言われ、ノアはエマさんの手を見た。


「……分かった。お母さんのそばにいる」


「私もいる」


 リナも小さく頷いた。


◇  ◇  ◇


 治療院を出ると、僕たちはそのまま冒険者ギルドへ向かった。


 受付の女性へ事情を話すと、掲示板へ出されていた《白鈴草》の採取依頼を探し、内容を確認した。


「こちらは治療院から出されている採取依頼ですね。報酬は、エマさんの薬代へ充当する形でよろしいですか?」


「はい。全部、エマさんの薬に使ってください」


 受付の女性は頷き、依頼書へ受理の印を押した。


「必要数は10株です。南東門を出た先の小川沿いで見つかる可能性がありますが、毒虫や魔物も出ます。採取に夢中になりすぎないでください」


「今回は、僕も薬草を探します」


「ご主人様のお側は、わたくしが離れません」


「敵は私に任せよ。主とカレンは白鈴草を集めるがよい」


 受付の女性から依頼書を受け取り、僕たちは南東門へ向かう。


 城の屋根を直すための銅貨は、なくなってしまった。


 それでも、後悔はなかった。屋根は、僕たち3人でまた直せる。エマさんの命は、失えば戻らない。


「行きましょう。薬を採りに」


「ああ」


「承知いたしました、ご主人様」


―――

【今回の貢献ポイント】

・病気の女性を治療院へ運び、治療を受けさせた:+10


 獲得ポイント:10

 所持ポイント:69/100

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