第14話 白鈴草の咲く場所
南東門を出た僕たちは、街道から外れて小川の方角へ進んだ。
以前ゴブリンと戦った草地を越えると、やがて水の流れる音が聞こえてくる。僕は足元の草を見ながら歩いていたが、ルキアさんが隣から声をかけた。
「主よ。薬草だけを見てはならぬ。周囲の音にも気を配るのだ」
「はい」
「ご主人様は白鈴草をお探しくださいませ。背後は、わたくしが確認いたします」
カレンさんは足跡や折れた枝を確かめながら、僕たちの後ろを歩いている。ルキアさんは前方の気配を探り、僕は治療師から教わった白鈴草の形を思い出した。
◇ ◇ ◇
小川へ着いて間もなく、僕は岩の陰に咲く白い花を見つけた。
「カレンさん。これじゃないですか?」
細い茎の先に、小さな白い花がいくつもついている。けれど、カレンさんは膝をついて葉を確認すると、静かに首を横へ振った。
「よく似ておりますが、別の草でございます。白鈴草の葉は、茎を挟むように左右へ生えております」
「花だけじゃなくて、葉も見ないと駄目なんですね」
「はい。間違った薬草を持ち帰れば、治療師の手間を増やしてしまいます」
僕は白い花へ触れないように立ち上がった。
それから小川沿いを少し進んだところで、日陰になった岩の根元に、見本と同じ形の花を見つける。茎の両側には細長い葉が並び、白い花は小さな鈴のように下を向いていた。
「今度こそ、白鈴草です」
「間違いございません」
カレンさんは根元の土を指さした。
「根の周囲から少しずつ土を除いてくださいませ。急いで引き抜けば、途中で切れてしまいます」
「分かりました」
湿った土を指で崩し、細い根の周りを少しずつ掘る。途中で何度も茎が揺れたが、無理に引っ張らず、根の先まで見えるように土を除いた。
最後に根元を支えて持ち上げると、白鈴草は切れることなく土から抜けた。
「採れました」
「見事でございます、ご主人様」
カレンさんに褒められ、僕は白鈴草を両手で持ち上げた。魔物を倒した時とは違う、小さな達成感が胸へ広がる。
根へ湿った土を残したまま布で包み、収納袋へ入れた。
◇ ◇ ◇
その後も小川沿いを探したが、見つかった白鈴草は4株だけだった。
切られた茎や掘り返された土は何度も見つかる。治療師が話していたとおり、街に近い場所はすでに採り尽くされているようだった。
「このまま見つからなかったら、エマさんの薬が……」
「焦れば、見えるものも見えなくなります」
カレンさんは小川の流れへ目を向け、周囲を静かに見回した。
「足跡と水の流れを、もう一度確かめましょう」
僕も深く息を吸い、足元だけでなく小川の中へ目を向けた。
水面を、小さな白いものが流れてくる。
「カレンさん。あれは……」
しゃがんで指先ですくい上げると、鈴のように丸まった白い花びらだった。
「白鈴草の花びらでございます」
「上流に咲いているのかもしれません」
「可能性は高いでしょう」
僕たちは花びらが流れてきた方角へ向かった。
小川の上流は岩が多く、道らしい道もない。ルキアさんが大きな石を避ける場所を選び、僕とカレンさんがその後を進んだ。
しばらくすると、水辺の岩陰へ白い花がまとまって咲いているのが見えた。
「あった……」
必要な数を十分に満たせるほどの白鈴草が、日陰の湿った土へ根を張っている。
近づこうとした瞬間、低い羽音が岩の裏から響いた。
「主、止まれ」
ルキアさんの腕が僕の前へ伸びる。
岩陰から、拳ほどの大きさをした蜂の魔物が次々と飛び出した。黒と黄色の腹部が膨らみ、その先には針のように尖った毒針が伸びている。
「毒を持つ蜂型の魔物でございます」
カレンさんの両手に、いつの間にか細身の短剣が握られていた。
「巣へ近づいた者を襲う魔物です。刺されれば、身体の小さな方ほど危険でございます」
「ならば、私がすべて斬る」
ルキアさんが剣へ手をかける。
「待ってください。ここで大きく剣を振ったら、白鈴草まで傷つきませんか?」
ルキアさんは群生地と毒針蜂を見比べ、剣から手を離した。
「確かに、花まで巻き込む恐れがあるな」
「風上から巣へ煙を送り、毒針蜂を群生地の外へ誘い出します。出てきた個体は、花から離れた石地で仕留めましょう」
カレンさんは風の向きを確かめ、岩の手前を指した。
「ご主人様は枯れ枝をお集めくださいませ。わたくしが火と煙を調整いたします」
「私は蜂を近づけさせぬ」
僕は群生地から離れた石地へ乾いた枝を集めた。カレンさんが周囲の枯れ草を取り除き、石で火床を囲んでから、僕が火打ち石で火を起こす。
火が安定すると、カレンさんは安全な種類の湿った草を選び、その上へ重ねた。
白い煙がゆっくりと流れ、毒針蜂の巣へ近づいていった。
羽音が一段大きくなる。
煙を嫌った毒針蜂が巣から離れ、僕たちの方へ向きを変えた。
「主へ近づく虫は、私が通さぬ」
ルキアさんが鞘を振り、先頭の1体を横から打ち落とした。
続く2体が左右へ分かれ、僕を狙って飛んでくる。
カレンさんの腕が動いた。
右手から放たれた短剣が1体の頭部を貫き、魔物を岩壁へ縫い止める。左手の短剣は、もう1体の羽の付け根を正確に斬り裂いた。
地面へ落ちた毒針蜂が腹部を反らし、針を突き出す。
カレンさんは一歩で間合いへ入り、腰から抜いた別の短剣を胸部へ差し込んだ。刃を引き抜くと同時に身体を沈め、背後から迫った1体の下へ滑り込む。
メイド服の裾が翻り、短剣が下から毒針蜂を斬り上げた。
「4体目でございます」
「まだ1体いるぞ」
ルキアさんが鞘で最後の毒針蜂の針を逸らした。
その横を抜けた毒針蜂が、カレンさんの顔へ迫る。
カレンさんは首をわずかに傾けて毒針を避け、すれ違いざまに短剣を振った。銀色の線が腹部を走り、毒針蜂は勢いを失って地面へ落ちる。
「これで、すべてでございます」
カレンさんは倒れた魔物を確かめ、短剣についた体液を古い布で拭った。
「すごいです、カレンさん」
「ご主人様へ近づけるわけにはまいりませんので」
「花も傷ついていない。見事だ、カレン」
「お褒めにあずかり、光栄でございます」
カレンさんは岩壁へ刺さった短剣を引き抜き、ほかの短剣と一緒に小川の水で洗った。刃についた水気を古い布で拭い、それぞれ元の鞘へ戻していく。
僕は収納袋から小型の鍋を取り出し、小川の水を汲んだ。火床へ何度か水をかけ、カレンさんと一緒に灰を崩していく。
煙も熱も残っていないことを確かめてから、僕たちは白鈴草の群生地へ戻った。
◇ ◇ ◇
僕とカレンさんは白鈴草の採取を始めた。
カレンさんが根元の土を緩め、僕が茎と根を支えて持ち上げる。根が石へ絡んだ株は、急いで引き抜かず、周りの土を掘り直した。
「8株目です」
「あと2株ですね」
必要な10株を集めても、群生地にはまだ白鈴草が残っていた。
「残りも採取いたしますか?」
カレンさんに尋ねられ、僕は首を横へ振った。
「全部なくなったら、次に薬が必要な人が困ります。必要な分だけにしましょう」
「承知いたしました」
僕たちは採取した穴へ土を戻し、残した白鈴草を踏まないよう群生地から離れた。
倒した毒針蜂の胸からは、小さな魔石が見つかった。カレンさんが5体分を回収し、布へ包んで収納袋へ入れる。
◇ ◇ ◇
フォルトゥナへ戻ると、僕たちは冒険者ギルドへ白鈴草を届けた。
受付の女性は10株を1つずつ調べ、根が切れていないことを確かめる。
「どれも良い状態です。これなら、すぐに薬へ使えます」
「上流に群生地がありました。でも、近くに蜂型の魔物の巣もあります」
「黒と黄色の身体で、腹部に長い針がある魔物ですか?」
「はい。拳くらいの大きさでした」
「それなら毒針蜂ですね。刺されれば毒が回る危険な魔物です」
「5体は倒しましたが、巣の中に卵や幼虫が残っているかもしれません。それから、白鈴草は必要な10株だけ採って、残りはそのままにしてあります」
受付の女性は場所を詳しく聞き取り、記録用の紙へ書き込んだ。
「今後は採取する冒険者へ、必要以上に持ち帰らないよう注意を出します。自生地の報告まで、ありがとうございました」
依頼達成の印が押され、白鈴草はすぐに治療院へ届けられることになった。
◇ ◇ ◇
僕たちも治療院へ向かうと、治療師は受け取った白鈴草のうち、今日の薬に使う分を洗い、乾燥させた薬草と一緒に煮出した。残りは明日以降の薬に使うため、根の土を落として乾燥棚へ並べていく。
出来上がった薬をエマさんへ少しずつ飲ませる。すぐに熱が下がることはなかったが、しばらくすると荒かった呼吸が少しずつ落ち着いていった。
「薬は効き始めている。今夜はこのまま休ませればいい」
「お母さん、治る?」
「ああ。薬を続け、食事を取っていればな」
ノアとリナは母親の手を握ったまま、ようやく笑った。
エマさんも薄く目を開き、僕たちへ顔を向ける。
「本当に、ありがとうございます。元気になったら、私にも何か手伝わせてください」
「じゃあ、その時にお願いします」
何も返さなくていいとは言わなかった。
ノアとリナも、食べ物をもらうだけは嫌だと言っていた。エマさんもきっと、同じ気持ちなのだと思う。
治療院を出る時、リナが何度も僕たちへ手を振っていた。
白い花は、きちんと薬になった。
―――
【今回の貢献ポイント】
・冒険者ギルドの依頼「白鈴草10株の採取」を達成した:+10
・毒針蜂5体を討伐した:+5
・白鈴草を採り尽くさず、自生地を保全した:+5
獲得ポイント:20
所持ポイント:89/100
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