第7話 僕の初めての魔物退治
僕が暮らす街、フォルトゥナの南東門を出ると、街道の両側に畑と草原が広がっていた。
遠くには濃い緑の森が連なり、その奥にバルバーナ魔境があるらしい。石と土で固められた道を荷馬車が行き交い、僕は邪魔にならないよう、ルキアさんと一緒に端を歩いた。
「主よ。先ほどから地面ばかり見ているが、何か探し物か?」
「食べられるものが落ちていないかなって……」
答えてから、もう貧民街の中ではないことに気づいた。街道には荷車からこぼれた藁や小石しかない。それでも、食べ物が落ちていないか探す癖は、すぐには抜けそうになかった。
「これからは、拾わずとも食べられるようにしよう」
「はい。そのためにも、依頼を頑張らないと」
腰に下げた短剣が、歩くたびに太腿へ当たる。空き家を出る前に、短剣の抜き方と構え、簡単な足運びは教わった。鞘の重さを感じるたび、これから本当に魔物と戦うのだと思い知らされた。
「主よ。私が止まれと言えば止まれ。伏せろと言えば、理由を考える前に伏せるのだ」
「分かりました」
「危険な攻撃は私が防ぐ。主は恐れず、私の指示どおりに動けばよい」
ルキアさんの声に迷いはない。その隣を歩いていると、不安で固くなっていた胸が少しだけ軽くなった。
角兎が現れるという場所まで、まだ少し距離がある。街道を外れて魔境方面へ続く細い道へ入ったところで、ルキアさんが足を止めた。
「主、私の後ろへ」
「え?」
言われるまま背後へ回ると、前方の茂みが大きく揺れた。
枝を折りながら、3体の小柄な魔物が姿を現す。緑色の肌に尖った耳、潰れた鼻。棍棒や錆びた短剣を握った姿は、僕でも名前だけは知っているゴブリンだった。
「ゴブリン……」
3体は黄色い目を細め、濁った声を上げながら近づいてくる。
ルキアさんの黒い騎士服を淡い光が覆った。次の瞬間には白銀の鎧が全身を包み、腰に剣が現れている。
「角兎ではないな」
「どうしましょう?」
「まずは私が相手をしよう。この世界の魔物が、どの程度のものか確かめたい」
ルキアさんは剣を抜き、僕を守るように前へ立った。
先頭のゴブリンが棍棒を振り上げて駆けてくる。ルキアさんは剣を構えず、半歩だけ横へ動いて攻撃を避けた。棍棒が地面を叩くと、土と小石が跳ねる。
「動きは遅い。力も、人間より多少上という程度か」
別のゴブリンが背後から短剣を突き出した。
ルキアさんは振り返ることなく身体をずらし、短剣を空振りさせる。続けて飛びかかった3体目の手首をつかみ、そのまま地面へ投げ落とした。
「連携も粗い。主の初戦としては、悪くない相手だな」
「今のを見て、そう思えるんですか……?」
「無論だ」
ルキアさんが剣を振った。
最初のゴブリンの棍棒が両断され、返す刃が胸元を斬り抜く。続く1体の短剣を弾き、胴を横薙ぎにした。地面から起き上がろうとした最後の1体も、踏み込んだルキアさんの一撃で倒れる。
3体が動かなくなるまで、ほとんど時間はかからなかった。
「すごい……」
「この程度なら、主の初戦の相手にしても問題はないだろう」
「初戦の相手って、嫌な予感がするんですけど……」
「次が現れれば分かる」
ルキアさんはゴブリンの胸へ手をかざし、魔力が集まっている場所を確かめた。
胸元へ剣先を入れ、肉の奥から小さな黒い石を取り出す。汚れを布で拭うと、鈍い光を帯びた石が現れた。
「魔力を宿している。これが魔石か」
「ギルドへ持っていけば、買い取ってもらえるそうです」
「ならば、忘れず回収しよう。主が初めて得る冒険者としての収入になる」
「倒したのは、全部ルキアさんですけど……」
「私の働きは主の働きでもある。我らは、同じ目的のために動いているのだからな」
ルキアさんは残る2体からも同じように魔石を取り出し、3つまとめて布で包み、僕へ渡した。
受け取った石は小さいのに、手の中で確かな重さがあった。これを売れば、パンや屋根を直す材料を買えるかもしれない。
僕たちは再び歩き始め、先ほどのゴブリンが出てきた茂みを越えて、角兎を探すため草地へ向かった。その途中、低い唸り声が前方から聞こえた。
今度は、棍棒を持ったゴブリンが1体だけ立っていた。
ゴブリンはこちらへ気づくと、歯を剥き出しにして棍棒を振り上げる。
「よし、主。1体ならばよいだろう」
「何がですか?」
「戦ってみるのだ」
「今からですか!?」
ルキアさんは僕の肩へ手を置き、ゴブリンから視線を外さずに答えた。
「私がすぐ後ろにいる。主が対処できぬ攻撃だけは防ごう」
「ほとんど全部になりそうです……」
「初めからうまく戦える者はいない。まずは短剣を抜け」
僕は震えそうになる指で柄を握り、教わったとおり周囲を確かめてから短剣を抜いた。
ゴブリンが地面を蹴る。
「構えろ。武器だけを見るな、肩と腰を見ろ!」
「はい!」
僕は腰を落とし、短剣を身体の前へ構えた。
ゴブリンの肩が持ち上がる。棍棒が振り下ろされると気づき、慌てて右へ跳んだ。木の塊がすぐ横の地面を叩き、泥が頬へ飛ぶ。
短剣を振ったが、刃先はゴブリンの腹へ届かない。
「踏み込みが浅い!」
ゴブリンが棍棒を横へ振る。
避けようと足を動かしたものの、地面の窪みに踵を取られた。身体が傾き、棍棒が頭へ迫る。
硬い音が鳴った。
ルキアさんの鞘が、僕の頭上で棍棒を受け止めていた。
「今のは私が防いだ。次は自分で避けろ」
「はい!」
ゴブリンが棍棒を引き戻す。
僕は転びかけた身体を立て直し、後ろへ下がった。息が苦しく、短剣を握る腕も重い。それでも、ゴブリンは待ってくれない。
再び棍棒が振り上げられる。
肩と腰を見る。
ゴブリンの身体がわずかに右へ傾いた。
僕は左へ踏み出した。棍棒が空を切り、ゴブリンの身体が前へ流れる。その脇へ回り込み、今度は足を止めずに短剣を振った。
刃がゴブリンの太腿を浅く裂く。
「ギャアッ!」
血を流したゴブリンが振り返り、怒りに任せて棍棒を振り回した。
僕は後ろへ跳び、最初の一撃を避ける。次の一撃は短剣で受けようとせず、身体を低くしてくぐった。棍棒が頭の上を通り過ぎる。
「そのまま踏み込め!」
ルキアさんの声に背中を押され、僕は地面を蹴った。
両手で短剣を握り、がら空きになったゴブリンの腹へ突き立てる。刃が肉へ沈み、奥で何か硬いものに当たった。
ゴブリンの手が僕へ伸びる。
怖くなかったわけではない。けれど、貧民街では、ためらった者から奪われる。倒れた者が二度と起き上がらないことも、僕は何度も見てきた。
このゴブリンは、僕を殺そうとしている。
僕は柄を握り直し、さらに体重をかけた。
短剣が深く入り、ゴブリンの身体から力が抜けていく。伸びていた腕が垂れ、やがて膝から地面へ崩れ落ちた。
僕は短剣から手を離さず、しばらく動けなかった。
「終わったぞ、主」
ルキアさんの声を聞き、ようやく息を吐いた。
胸は激しく鳴り、全身から汗が流れている。初めて自分の手で命を奪った。
貧民街では、死は遠い出来事ではない。目の前のゴブリンが死んだことも、僕が生き残ったことも、目を逸らさずに受け止められた。
それでも、短剣を握る手の震えは、なかなか止まらなかった。
「気分はどうだ?」
「息が苦しいです。でも、大丈夫です」
「よくやった」
ルキアさんは僕の前へ膝をつき、血のついていない手で頭を撫でた。
「主は恐怖に負けず、自ら勝利をつかんだ。見事な初陣であった」
「途中で、ルキアさんに助けてもらいました」
「それでも最後に倒したのは主だ。胸を張るがよい」
僕が短剣を抜くと、ルキアさんはゴブリンの胸元から魔石を回収し、先ほどの3つと一緒に布へ包んだ。
その時、視界の端へ淡い文字が浮かぶ。
「ルキアさん」
「どうした、主よ」
「また、ガチャを引けるみたいです」
ルキアさんは碧い瞳を輝かせ、僕の肩へ両手を置いた。
「新たな仲間が現れるかもしれないということだな」
「はい。でも、何が出るかは分かりません」
「何が現れようと、主が呼び出した者ならば、私が歓迎しよう」
僕は視界に浮かぶ【ガチャを引く】の文字を見つめた。
最初の10連で、ルキアさんが来てくれた。
次の10連では、何が出てくるのだろう。
―――
【今回の貢献ポイント】
・初めて魔物を倒した:+50
・ゴブリンを4体倒した:+4
獲得ポイント:54
所持ポイント:124/100
【10連ガチャを実行できます】
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