第6話 僕も冒険者になりたい
屋根の穴から差し込む朝日で、僕は目を覚ました。
すぐそばには、黒い騎士服をまとったルキアさんが横になっている。僕が身体を起こすと、閉じていた碧い瞳がゆっくりと開いた。
「おはよう、我が主。よく眠れたか?」
「はい。昨日よりも、身体が軽いです」
「それは何よりだ」
ルキアさんは僕の頬へ触れ、熱がないことを確かめるように額へ手を当てた。問題がないと分かると、ようやく安心したように息を吐く。
僕は毛布を畳みながら、ふと思い出して《ガチャ》の画面を開いた。
―――
所持貢献ポイント:70
―――
「あれ?」
「どうした、主よ」
「ポイントが増えています。昨日は20だったのに、70になってる……」
眠っている間に何か表示されたのかもしれない。けれど、目を閉じていた僕には、何が評価されたのか分からなかった。
ルキアさんはわずかに目を細めたあと、何事もなかったように頷いた。
「私の行動も、主の貢献として扱われたのだろう。昨夜、城の周囲の安全を確かめておいたからな」
「ルキアさんが?」
「ああ。主の眠りを妨げるものがないか、見回っただけだ」
「ありがとうございます」
僕がお礼を言うと、ルキアさんは胸元へ手を当て、満足そうに微笑んだ。
「主の安眠を守ることは、騎士として当然の務めだ」
朝食は、水を含ませた固いパンだった。
残りは多くない。服とお風呂に使ったぶん、銅貨の袋も前より軽くなっている。屋根を直すための木材や道具も、まだ何一つ揃っていなかった。
「食べ物、また探さないといけませんね」
「《ガチャ》からも得られるのではないか?」
「出ることはあります。でも、次に引くにはあと30ポイント必要ですし、何が出るかも分かりません」
最初はパンや水が出てくれた。けれど、次も同じものが出るとは限らない。
「ガチャだけを当てにするのは、やめた方がいいと思います」
「堅実な判断だ。では、我ら自身の働きで糧を得よう」
「でも、ずっとルキアさんだけに任せるのは嫌です」
思わず口にすると、ルキアさんがパンを持ったまま動きを止めた。
「主が気に病む必要はない。あなたがここにいてくれるだけで、私には十分だ」
「僕には十分じゃないんです」
ルキアさんに助けてもらってから、僕は食べ物をもらい、服を買ってもらい、お風呂にも連れていってもらった。何も返せないまま守られているだけでは、胸の奥が落ち着かなかった。
「僕も、ルキアさんの役に立ちたいです。それに、屋根を直して、食べ物を買えるようになって……いつか、僕みたいにお腹を空かせている子にも分けてあげたい」
ルキアさんは何も言わず、まっすぐに僕を見つめている。
僕は昨日、大浴場でオリバーさんから聞いた話を思い出した。
「冒険者なら、魔物を倒したり、依頼を受けたりして、お金を稼げるんですよね」
「ああ。その働きに応じて報酬を得る者たちだ」
「ルキアさんもいるし……僕も冒険者になりたいです」
口にしてから、急に不安になった。僕は魔物を見たこともなければ、武器を持ったことさえない。
「やっぱり、僕には無理でしょうか?」
「無理なものか」
ルキアさんは迷うことなく答えた。
「戦い方は、実戦の中で覚えるのが最も早い。主が危険な攻撃を受ける前に、私がすべて防ごう」
「実戦で覚えるんですか?」
「基本の構えは出発前に教える。実際の距離と動きは、弱い魔物を相手に覚えればよい」
安全なのか危険なのか、少し分からなくなった。それでも、ルキアさんが隣にいてくれるなら、僕にも一歩くらい踏み出せる気がした。
「僕、頑張ります」
「よく言った。それでこそ我が主だ」
ルキアさんは嬉しそうに頷くと、壁際へ手を伸ばした。
そこには、見覚えのない短剣が置かれていた。焦げ茶色の鞘は古びているものの、柄には新しい布が巻かれ、僕の手でも握りやすそうに整えられている。
「これ、どうしたんですか?」
「昨夜、城の近くで拾った。主が扱えるよう、柄を巻き直しておいたのだ」
「武器が落ちていたんですか?」
「貧民街では、珍しくないのだろう?」
「短剣は、あまり落ちていないと思います……」
僕が首を傾げると、ルキアさんは短剣を鞘ごと差し出した。
「細かいことはよい。主の最初の武器だ」
両手で受け取ると、見た目よりもずっと重かった。腰へ下げるだけでも、歩き方が変わってしまいそうだ。
「勝手に抜いてはならない。扱い方は私が教える」
「はい」
返事をすると、ルキアさんは僕の頭を満足そうに撫でた。
「それから、私も冒険者として登録しよう。主と同じ依頼を受け、常に隣で戦うためにな」
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドへ向かう前に、ルキアさんから短剣の持ち方を教わった。
鞘から抜く時は周囲を確かめること。刃先を自分や味方へ向けないこと。構える時は腰を落とし、短剣だけでなく相手の身体全体を見ること。
どれも簡単そうに聞こえたのに、実際にやってみるとうまくいかない。短剣の重さに腕を引かれ、足元までふらついてしまった。
「今はそれでよい。実戦では、私の指示どおりに動くんだ」
「はい!」
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドは、大浴場から少し離れた表通りにあった。
石造りの大きな建物で、開け放たれた扉から武器を持った人たちが出入りしている。中へ入ると、壁一面を占める掲示板に依頼書が貼られ、その前では何人もの冒険者が仕事を選んでいた。
僕は短剣の鞘を押さえながら、ルキアさんの隣を歩く。
「大丈夫ですか、ルキアさん」
「なぜ私を心配する?」
「受付の人を怖がらせないかなって……」
「私は何もしていないのだが」
「何もしなくても、少し怖い時があります」
「む……」
受付台の奥にいた女性が、僕たちへ気づいた。
最初に向けられた視線は、ルキアさんの白銀の髪と黒い騎士服へ止まる。次に僕の服と短剣を確認すると、女性はすぐに姿勢を正した。
「冒険者登録をご希望でしょうか?」
「ああ。私と主、2人分の登録を頼む」
「お2人とも、でございますか?」
「はい。僕も冒険者になりたいです」
受付の女性は一瞬だけ目を見開いたあと、僕とルキアさんを交互に見た。
「失礼ですが、お2人のご関係を伺ってもよろしいでしょうか?」
「私は主に仕える騎士だ」
「ルキアさんは、僕の大切な仲間です」
「主に仕える騎士様……。承知いたしました」
女性の表情が引き締まり、何かを納得したように小さく頷いた。
「では、お名前をお願いします」
「コルジです」
「家名は伏せる形でよろしいでしょうか?」
「家名はありません」
受付の女性は僕を見たあと、ルキアさんへ視線を移した。
「かしこまりました。事情がおありのようですので、こちらから詮索することはございません」
「事情?」
「どうぞお気になさらず。ルキア様のお名前もお願いします」
「ルキア・カルティウスだ」
「カルティウス様。やはり、由緒ある御家に仕える騎士様でいらっしゃるのですね」
「違う。私はかつて王だった」
「王……」
受付の女性は一度だけ瞬きをし、周囲に聞き耳を立てる者がいないか確かめた。
「身分を伏せて活動されたいということですね。承知いたしました」
「何一つ承知されていない気がするのだが」
「僕もそう思います」
受付の女性は柔らかく微笑み、2枚の登録用紙を取り出した。
「冒険者ギルドでは、出身や身分を問いません。登録後は、すべての方を同じ規則で扱いますのでご安心ください」
僕は胸を撫で下ろしたものの、用紙に並んでいる文字を見て手が止まった。
「あの……僕、字が書けません」
受付の女性は一瞬だけ目を見開き、すぐにルキアさんへ視線を向けた。
「……なるほど。身分を隠すため、読み書きもできないということにされるのですね」
「本当に書けないんです」
「承知しております。口頭で伺い、こちらで代筆いたします」
「絶対に信じてもらえてない……」
受付の女性は嫌な顔をせず、僕の名前や住んでいる場所を順番に確認していった。
「現在の滞在先はどちらでしょう?」
「貧民街にある、屋根の半分が壊れた空き家です」
「……貧民街の空き家?」
「はい。ルキアさんが、僕たちの城にしてくれました」
女性の視線が、もう一度ルキアさんへ向かう。
「身分を隠すための仮の拠点、ということでしょうか」
「普通に暮らしているのだが」
「承知しました。記録には貧民街とだけ記しておきます」
やっぱり、何かを誤解されている気がする。
必要事項の確認が終わると、受付の女性は小さな透明の石を2つ差し出した。
「こちらへ手を触れてください。魔力の波長を記録し、冒険者証を作成します」
僕が先に石へ触れると、内側へ淡い光が灯った。続いてルキアさんが触れた石は、眩しいほど白く輝き、受付の女性が慌てて目を細める。
「ずいぶんと強い反応ですね……」
「国を統一する程度には戦ってきたからな」
「やはり、詳しく伺わない方がよさそうですね」
「なぜ信じてもらえないのだ」
少し待つと、僕とルキアさんの名前が刻まれた小さな金属板が渡された。どちらも冒険者としては最下位の等級らしい。
「戦闘能力にかかわらず、登録したばかりの方は同じ等級から始まります。依頼を達成し、実績を重ねることで昇格できます」
「当然だ。主とともに、一つずつ実績を積もう」
「はい!」
登録を終えた僕たちは、依頼が貼られた掲示板へ向かった。
薬草採取、荷物運び、街の清掃。僕にもできそうな仕事が並んでいる。その隣には、街道近くに現れる角兎を3体討伐する依頼があった。
「これなら、薬草を集める仕事がよさそうです」
「いや、こちらだな」
ルキアさんが迷わず取ったのは、角兎の討伐依頼だった。
「まずは弱い魔物を相手に、実戦を経験してもらおう」
「本当に、今日から戦うんですか?」
「そのために冒険者となったのだろう?」
ルキアさんは当然のように告げ、討伐依頼の紙を受付台へ置いた。
受付の女性は依頼書を確認し、受理の印を押す。
「角兎は下位の魔物ですが、正面から角を受ければ大怪我をします。決して油断しないでください」
「承知した。主には傷一つ負わせぬ」
「それでは実戦にならないのでは……」
「危険を知ることと、傷を負うことは別だ」
ルキアさんは依頼書を受け取り、僕へ振り返った。
「主の初陣だ。私が必ず守るゆえ、存分に学ぶとよい」
僕は腰の短剣へ手を添え、ゆっくりと頷いた。
―――
【今回の貢献ポイント】
獲得ポイント:0
所持ポイント:70/100
評価やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになりますのでよろしくお願いいたします!




