第5話 主の眠る夜に
窓のない暗い部屋を、壁際の油灯がわずかに照らしていた。
頬から顎へ大きな傷の走る男が、目の前に膝をついている男を見下ろしている。その周囲には、同じように汚れた服を着た荒くれ者たちが並んでいた。
「女1人連れ帰れず、のこのこ戻ってきやがったとはどういうことだ!」
傷面の男が拳を振り抜いた。
殴られた男は床を転がり、壁へ背中から叩きつけられる。口元から血を流しながらも、顔を上げることすらできなかった。
「この場所で舐められたまま、終わらせるわけにはいかねえだろ」
傷面の男は部屋にいる者たちを見回し、腰に下げた戦斧の柄を握った。
「使える奴を集めろ。今夜、女とガキを潰す」
◇ ◇ ◇
静かな寝息を立てる主の頭を、私はそっと撫でた。
同じ毛布の中で、主は私の胸元へ身を寄せている。起こさぬよう腕を抜こうとすると、主の指が黒い騎士服の裾をつかんだ。
その小さな手を傷つけぬよう、指を1本ずつ、そっと裾から外していく。
「少しだけ、ここで待っていてくれ」
眠る主へ囁き、私は毛布をかけ直した。
「音の精霊よ。朝日が差すまで、我が主の眠りを守れ」
呼びかけに応じ、部屋の空気がかすかに震える。目には見えない薄い膜が寝床を包み、外から入り込む音を閉ざした。
これならば、外の騒ぎが主の眠りを妨げることはない。
主へ危険が迫っていることが、召喚によって結ばれた繋がりを通して伝わってくる。城の外には、すでに複数の気配が集まっていた。
黒い騎士服の上を淡い光が走り、白銀の鎧が全身を覆う。腰へ現れた剣を確かめ、腰へ現れた剣を確かめ、私は静かに城を出た。
双月の光が、貧民街の崩れた屋根と狭い路地を青白く照らしている。
城の前には、10人を超える男たちが待ち構えていた。その中央では、顔に大きな傷のある男が戦斧を肩へ担いでいる。
「2度と近づかぬよう告げたはずだが、1日も経たずにやってくるとはな」
「てめぇが、例の女か。うちのもんが世話になったみてえだな」
傷面の男が唾を吐き、黄色く汚れた歯を見せた。
「ここじゃ、舐められたら終わりなんだよ。こいつは俺がやる! お前らはガキを捕まえてこい!」
男たちが武器を抜き、城を囲むように左右へ広がっていく。
主が目を覚ませば、この者たちの命さえ救おうとするだろう。その優しさを、私は何よりも尊いと思っている。
だからこそ、その優しさにつけ込み、再び主へ手を伸ばす悪を残すわけにはいかない。
「やはり、悪は断たねばならないな。主よ。私は私の正義を執行する」
「何をぶつぶつ言ってやがる! 死にさらせぇ!」
傷面の男が戦斧を頭上へ掲げ、地面を蹴った。
私は腰の剣を抜き、白銀の刃を横へ払う。
白銀の軌跡が、戦斧を握った男の両腕を肘から先ごと断ち切った。
「な、あ……っ!?」
傷面の男が両肘から血を噴き、膝をつく。
その横を抜け、3人の男たちが城へ駆け出した。先頭の男の首を刎ね、続く男の胸を剣で貫く。最後の1人が入口へ手を伸ばすより早く、その顔をつかんで地面へ叩きつけた。
鈍い音が響き、男の身体から力が抜ける。
「ば、化け物だ!」
「囲め! 数で押せ!」
背後から棍棒が振り下ろされる。
半歩だけ身をずらし、すれ違いざまに男の首を落とした。飛びかかってきた2人へ剣を二度返す。白銀の軌跡が交差し、両者の身体がほぼ同時に崩れ落ちた。
短剣を構えた男が逃げようと背を向けた。
私はその背へ追いつき、肩口から斜めに斬り下ろす。悲鳴は短く途切れ、男は路地へ倒れ込んだ。
残る者たちも、城へ近づくことはできなかった。
剣を振るうたびに1人が倒れ、広がる血だまりが双月の光を鈍く映していく。やがて立っている者は、両肘から先を失った傷面の男と、腰を抜かして震える男だけになった。
「ま、待て……。話せば分かる……」
「貴様と語る言葉はない」
私は剣を一閃させた。
傷面の男の首が地面へ落ち、その身体も遅れて横倒しになる。
静かになった路地を見回すと、腰を抜かした男が両手で口を押さえていた。喉の奥から漏れる声を、必死にこらえているらしい。
その近くには、鞘に収まった短剣が落ちていた。
私は短剣を拾って鞘から抜き、双月の光へ刃をかざす。造りは粗いが、大きな刃こぼれはなく、今の主の手にも収まりそうだった。
「今後のことを考えれば、主の最初の武器としては都合がいいな」
「た、助けて……」
震える声へ、私は視線を向けた。
「勘違いするな。貴様を残したのは、後始末をさせるためだ」
「え……」
「仲間を呼べ。死体も血痕も、夜明けまでに1つ残らず片付けろ。朝、主がこの光景を見れば驚いてしまうからな」
「は、はい……!」
男は何度も頷いた。
「もし朝までに片付いていなければ……」
私は剣先を男の足元へ向け、微笑んだ。
「は、はいぃぃ! すぐに片付けます!」
「よろしい」
私は倒れた男の服で短剣の血を拭い、鞘へ収めた。
◇ ◇ ◇
城へ戻る前に、血に濡れた鎧と剣を淡い光の中へ収めた。
音の結界を抜けて部屋へ入ると、主は何も知らずに眠っている。拾った短剣を壁際へ置き、私は再び毛布の中へ身体を滑り込ませた。
主は眠ったまま私の胸元へ寄り、黒い騎士服の裾を小さく握る。
「安心して眠れ、我が主」
その髪を撫でると、主の表情がわずかに緩んだ。
「悪は、もう来ない」
―――
【今回の貢献ポイント】
・止まらぬ悪を断罪した:+50
獲得ポイント:50
所持ポイント:70/100
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