第30話 まだ名前のない集まり
翌朝、城の外へ出ると、すでに何人もの人が集まっていた。昨夜を天幕で過ごした人だけではなく、外壁近くの家へ様子を見に戻った人たちも来ている。
「コルジ、うちの屋根も見てもらえないか?」
「こっちは壁が傾いてるんだ。中へ入っていいのか分からなくてな」
「えっと……」
僕は並んだ人たちを見回した。昨日までなら、こんなにたくさんの人から一度に頼られることなんてなかった。
「僕たちだけで、全部直すのは無理だと思います」
「全部やってくれって話じゃねえよ」
屋根のことを聞いてきた男の人が、自分の家の方を指さした。ほかの人たちも、その言葉を待っていたように頷く。
「どこから手をつけりゃいいか、一緒に考えてくれ。直すなら俺もやる」
「俺も動けるぞ」
「板を運ぶくらいなら任せて」
周りから次々に声が上がる。僕が返事に迷っていると、隣にいたカレンさんが紙と炭筆を取り出した。
「では、順番に伺います。お住まいの場所と、分かる範囲で壊れている箇所をお教えくださいませ」
「カレンさん、まとめるんですか?」
「はい。人手も材料も限られておりますので、先に状況を整理いたしましょう」
カレンさんは話を聞きながら、紙へ短い文字を書き込んでいく。昨夜の物資配りと同じで、誰が何を必要としているのかが少しずつ見えるようになった。
「主」
ルキアさんが壊れた家の並ぶ方へ視線を向けた。屋根が沈んでいる家もあれば、壁が傾いたまま残っている家もある。
「まず、人が入ってよい家と危険な家を分けよう。修理以前に、崩れた家へ入って怪我をしては意味がない」
「お願いします。僕も一緒に行きます」
「主はここで話を聞け。家を見るだけなら私の方が早い」
「でも……」
「適材適所でございます、ご主人様」
カレンさんに言われ、僕は頷いた。ルキアさんは満足そうに胸を張ると、住民の1人に家の場所を案内してもらいながら路地の奥へ向かった。危険な家の中は、ルキアさんだけで確認することになった。
ノアとリナも手伝いたそうに僕を見ている。危ない場所へ行かなくても、2人にできることはある。
「2人は、ここで待ってる人に水を配ってくれる?」
「分かった!」
「任せて!」
2人は桶のそばへ走っていった。危ない家へ近づけるより、その方が安心だ。
◇ ◇ ◇
「おう。朝からやってるな」
聞き慣れた声に振り返ると、オリバーさんたち4人が路地を歩いてきた。盾を持つ男の人も、槍の男の人も、弓の女の人も一緒だ。
「オリバーさん。呼びに行こうと思ってたんです」
「昨日、手が要るなら声かけろって言ったからな。待つより来た方が早いだろ」
「でも、今日も依頼じゃないですよ?」
「昨日からずっとそうだろ」
オリバーさんは笑い、積まれている壊れた板へ目を向けた。仲間の3人も、すぐに動けるよう周囲を見回している。
「で、何からやる?」
「まだ全部は分かってないです。ルキアさんが危ない家を見てくれてます」
「なら俺たちは、使えそうな木材を集めるか。修理できる家が分かっても、材料がなきゃ始まらねえ」
オリバーさんが仲間たちへ声をかけると、4人は住民と一緒に散らばった。僕も以前手に入れた大工道具を城から持ち出し、カレンさんのところへ戻る。
しばらくすると、ルキアさんが戻ってきた。後ろには案内していた男の人がついている。
「明らかに危険な家がいくつかある。梁が落ちている家や、壁が大きく傾いている家だ。そこには入らぬ方がよい」
「直せそうな家は?」
「外から見た限りでは何軒かある。修理に詳しい者にも見てもらうべきだな」
カレンさんが紙を見せる。いくつも並んだ内容は僕だけでは整理しきれなかったけれど、横に付けられた印と、カレンさんの説明なら分かる。
「子供や、身体の悪い人がいる家からにしませんか? 今夜も天幕で寝るより、家に戻れた方がいいと思います」
「異論はない」
「では、そちらから人を回しましょう」
ルキアさんが危険な家を除いたあと、大工仕事に慣れた住民にも残った家を見てもらった。その中から、今日中に直せそうな家を選んで作業を始めた。
カレンさんが声をかけると、待っていた人たちが動き始めた。オリバーさんたちが運んできた板を受け取り、屋根へ上がれる人、下から材料を渡す人、壊れた物を片づける人に分かれていく。
僕も金槌を持って壁板を直そうとしたところで、家の人に止められた。差し出した釘を受け取る前に、その人が首を横へ振る。
「坊主。釘はこっちで打つ。お前は次の家を見てやれ」
「でも、僕も手伝えます」
「知ってるよ。昨日、外壁で戦ってたのも聞いた」
男の人は笑って、僕から金槌を受け取った。近くでは、別の人たちも板や縄を手に次の指示を待っている。
「だからこそ、今はみんなが動けるようにしてくれ。そっちの方が助かる」
「……分かりました」
少し変な感じがした。僕は何か特別なことをしているつもりはないのに、みんなが僕へ聞きに来る。
それでも、次に何をするべきかは少しずつ見えるようになっていた。朝に集まった時より、周りの動きも分かるようになっている。
「カレンさん。次は、屋根に穴が開いてる家へ板を回せますか?」
「可能でございます。ただ、長い板があと2枚必要です」
「オリバーさんたちが集めてる場所を見てきます」
「お願いいたします」
僕は頷き、必要な板が集められている場所へ向かった。朝よりも、次にやることがはっきりしていた。
◇ ◇ ◇
昼が近づく頃、外壁の方から兵士が1人やってきた。肩には短い木材を何本も担ぎ、反対の手には縄の束を持っている。
「コルジはいるか?」
「僕です」
「グライバー隊長からだ。外壁用には短すぎる板と、規格が合わなくて余った縄がある。家の修理なら使えるだろうってな」
「もらっていいんですか?」
「余った物を持ってきただけだ。礼なら隊長に言ってくれ」
兵士は木材を下ろし、すぐに外壁へ戻っていった。短い板でも、壁の穴を塞いだり、小さな屋根を直したりするには十分使える。
「これなら、もう1軒いけそうですね」
「はい。先ほど不足していた家へ回せます」
カレンさんが紙へ印を追加する。修理できそうな家の欄が、少しずつ埋まっていく。
城の周りには、朝よりも多くの人が動いていた。エマさんは作業している人たちへ食事を用意し、ノアとリナは水を運ぶ。ルキアさんは危険な家の確認を終えると、今度は重い梁や板を運び始めた。
オリバーさんたちも、住民と一緒に屋根へ板を上げている。誰かに無理やり命じられたわけでもないのに、必要な場所へ人が集まっていた。
「コルジ! こっちの家、終わったぞ!」
「じゃあ次は、角を曲がったところの家をお願いします!」
「分かった!」
返事が飛び、また人が動く。気づけば僕も、朝ほど迷わず声を出していた。
◇ ◇ ◇
ひと区切りついたところで、僕は城の前へ戻った。朝に修理を始めた家のうち、いくつかは今夜から人が戻れそうだと、修理に詳しい人たちも確認してくれている。
「なあ、コルジ」
水を飲んでいたオリバーさんが、僕の隣へ来た。作業の手を休めながら、城の前へ目を向ける。
「前に風呂で話したこと、覚えてるか?」
「お風呂で?」
「クランの話だよ」
「あ……」
覚えている。初めてオリバーさんと会った日、僕にも冒険者ができるのかと聞いた時に教えてもらった言葉だ。
「複数の冒険者が集まる組織で……戦う人だけじゃなくて、荷物を運ぶ人とか、ご飯を作る人がいるところもあるって」
「そう、それだ」
オリバーさんは城の周りを見回した。その視線の先では、朝から続いていた復旧作業がまだ動いている。
板を運ぶ人がいる。食事を作るエマさんがいて、水を配るノアとリナがいる。カレンさんは紙を片手に人と物を動かし、ルキアさんは修理の手が足りない場所を手伝っていた。
「今のお前の周り、だいぶそれっぽくなってると思わねえか?」
「でも、僕たちは3人のパーティです」
「冒険者としてはな」
オリバーさんは顎で城の前を示した。そこには、僕たち3人だけではない人たちが集まっている。
「俺が言ってるのは、あっちもこっちも全部だ。冒険者だけじゃなく、飯を作る奴も、物を運ぶ奴もいる」
「これが……クラン?」
「まだ違う。正式に名乗るなら、冒険者ギルドへ登録しなきゃならねえ」
オリバーさんはそう言って、少し笑った。無理に答えを出させるつもりはないらしい。
「ただ、形だけなら近くなってきたって話だ」
「クラン……」
僕はもう一度、城の前を見た。初めてその言葉を聞いた時は、僕には縁のないものだと思っていた。
今はまだ名前も決まりもない集まりだけれど、あの時に聞いたものより、ずっと近くに感じられた。
―――
【今回の貢献ポイント】
・住民と協力し、貧民街の復旧を進めた:+15
獲得ポイント:15
所持ポイント:90/100
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