第28話 守った場所へ
カレンさんと一緒に負傷者の手当てを始めてから、しばらく経った。外壁では、まだ慌ただしく戦後の処理が続いていた。
「《誘引香》は全部封をしろ! 今ここへ余計な魔物を呼ぶ必要はない!」
「了解!」
兵士たちが外壁の上に残された壺へ向かい、開いていた蓋を閉じていく。甘い匂いは少しずつ薄れ、代わりに血と土埃の臭いが辺りへ戻ってきた。
「ご主人様、こちらを」
カレンさんに呼ばれ、僕は負傷者が集められている場所へ向かった。腕を押さえている人、足を引きずっている人、仲間の肩を借りて座り込む人もいる。
僕にできる治療は多くない。清潔な布を渡し、水を運び、動ける人には治療のできる兵士のところへ行ってもらう。
「坊主、さっきは助かった」
第一波で腕を怪我していた兵士が、布を巻いたまま声をかけてきた。顔には疲れが残っているものの、自分の足で立てている。
「まだ痛みますか?」
「まあな。でも、腕は動く。お前が止めてくれなきゃ、もっとひどいことになってた」
「僕だけじゃありません。みんなが守ってくれたからです」
兵士は少しだけ笑い、それから僕の後ろへ目を向けた。その視線を追うと、ルキアさんが少し離れた場所でグライバーさんとオリバーさんに囲まれている。
「……それにしても、あの騎士さんは何者なんだ?」
周囲の兵士たちも、作業の合間に何度もそちらを見ていた。さっきの光を見たあとでは、気になるのも当然だと思う。
◇ ◇ ◇
「聖剣だ」
僕たちが近づいた時、ルキアさんはちょうどそう答えたところだった。本人はいつもどおりの顔をしている。
「名前を聞いてるんじゃねえよ」
オリバーさんが大剣を地面へ立て、呆れた顔をする。視線はルキアさんと、光が通り抜けた外壁の向こうを行き来していた。
「あれだけいた魔物を、巨人ごと消したんだぞ?」
「主が守れと命じた。私は応えただけだ」
「会話が成立してねえ……」
オリバーさんは額へ手を当て、大きなため息を吐いた。その横で、グライバーさんは崩れた外壁の向こうへ目を向ける。
光が通った跡には魔物の死体も魔石も残っていない。削られた地面だけが、外壁の先へ長く続いていた。
「とにかく、あの一撃で助かったのは事実だ。礼を言う」
「礼なら主へ言うがよい。この剣が力を貸したのは、主の願いがあったからだ」
「またそうなるのか……」
グライバーさんが僕を見る。真面目な顔を向けられ、僕は何と答えればいいのか分からなかった。
「コルジ。お前、本当に何者なんだ?」
「貧民街に住んでる冒険者です」
「それは知ってる」
やっぱり答えになっていなかったらしい。グライバーさんが何か言おうとしたところで、外壁の上から声が飛んだ。
「グライバー隊長!」
「どうした!」
「南東、後続は見えません! 街道側の見張りからも、新たな群れの報告なし!」
「分かった! 警戒は続けろ!」
グライバーさんは返事をしてから、大きく息を吐いた。それでも盾から手は離さず、外壁の向こうへ視線を戻す。
「ひとまず、ここへ向かってくる群れは止まったと見てよさそうだな」
「スタンピードは終わったんですか?」
「まだ決めつけられん。領主軍から正式な終息の報せが来るまでは、この場を離れるつもりはない」
周囲では兵士たちが壊れた槍や盾を集め、外壁の穴へ使えそうな木材を運んでいる。オリバーさんも大剣を背負い直し、3人の仲間へ声をかけた。
「俺たちも手伝うぞ」
「でも、オリバーさんたちは依頼じゃないですよね?」
「ここまで来て、壁が穴だらけのまま帰れるかよ」
盾を持った男の人が笑い、槍と弓の2人も頷いた。誰も帰るための準備を始めようとはしない。
「それに、ここが破られたら困るのは俺たちだけじゃねえ」
オリバーさんはそう言って、グライバーさんへ顎を向けた。グライバーさんも迷わず頷く。
「こいつらも同じだろ?」
「ああ。俺は兵士になった時から、人を守るために剣を握ってる。金持ちだろうが、貧民街の住人だろうが、魔物に襲われれば同じように死ぬ」
グライバーさんはヒビの入った盾へ手を置き、崩れた外壁を見上げた。ここへ残ると決めた時と同じ目をしている。
「守れる場所にいて、守る力があるなら使う。それだけだ」
ルキアさんが静かに頷いた。口元には、ほんの少しだけ満足そうな笑みが浮かんでいる。
「良い正義だ」
「お前に言われると、妙に重いな」
「褒めているのだぞ」
「分かってるよ」
グライバーさんも少しだけ笑った。すぐに兵士たちの方へ顔を戻し、外壁の応急処置を続けるよう声を張る。
◇ ◇ ◇
外壁の穴へ木材が組まれ、負傷者も後方へ運ばれていった。まだ警戒は続いているものの、僕たちは一度城へ戻ることにした。
オリバーさんたちは残って兵士を手伝い、グライバーさんも外壁から離れない。僕たちが立ち去ろうとすると、グライバーさんが手を止めた。
「コルジ」
「はい」
「今日は助かった。お前たちが来てくれなきゃ、ここは持たなかった」
「僕は、そんなに……」
「またそれか」
グライバーさんは僕の頭へ大きな手を置き、軽く押した。手のひらは硬く、土と血で汚れている。
「少しは自分がやったことを覚えとけ。少なくとも俺たちは忘れねえ」
「……はい」
「それでいい。帰ってやれ。待ってる奴がいるんだろ」
僕はもう一度頷いた。ルキアさんとカレンさんと一緒に外壁を離れ、貧民街の奥へ向かう。
◇ ◇ ◇
城が見える路地へ入った途端、小さな影が2つ飛び出してきた。ノアとリナだと気づいた時には、もうこちらへ駆け出している。
「コルジ兄ちゃん!」
「おかえり!」
2人はそのまま僕へ走ってきて、左右から身体へ抱きついた。勢いに負けて後ろへ倒れそうになり、カレンさんがすぐに背中を支えてくれる。
「わっ!」
「遅いよ! すごい音したんだよ!」
「光も見えた!」
「ご、ごめん。ちょっと大変だったんだ」
ルキアさんが僕たちを見て、安心したように息を吐いた。外壁にいた時より、肩から力が抜けている。
「主よ。やはり帰還を待つ者がいるのは良いものだな」
城の入口ではエマさんも待っていた。顔色は以前よりずっと良くなっているが、その周囲には見慣れない人たちが何人もいる。
「コルジさん、おかえりなさい」
「ただいまです。みんなは……?」
「外壁の近くから避難してきた人たちよ。戻っていいのか分からなくて、まだここにいてもらっているの」
城の周囲や隣の家には、子供を抱いた人や年配の人が座っていた。水を分け合っている人もいれば、壊れた家のことを心配している人もいる。
戦いが止まっても、すぐに元の暮らしへ戻れるわけではない。僕たちが守った場所には、まだ助けを必要としている人たちが残っていた。
「ご主人様」
カレンさんは周囲を見回し、すぐに必要なものを数え始めた。
「まずは水と食料の残りを確認いたしましょう。今夜こちらで休む方がいるのであれば、寝床も必要でございます」
「私も手伝おう。壊れた家の確認が必要ならば、危険な場所は私が見る」
「はい」
守りたかった城へ帰ってきたのに、やることはまだたくさん残っている。それでも、不思議と嫌ではなかった。
◇ ◇ ◇
エマさんとカレンさんが食料を確認し、ルキアさんが避難してきた人たちへ声をかけている。その様子を見ているうちに、僕は《ガチャ》のことを思い出して画面を開いた。
―――
所持貢献ポイント:165
【10連ガチャを実行できます】
―――
「……165」
100を大きく超えている。第二波を止めたことや、あの大きな魔物を倒したことが貢献として認められたらしい。
「ご主人様?」
カレンさんが僕の顔を見て、手を止めた。僕が画面を指さしても、もちろんカレンさんには見えない。
「また、ガチャを引けるみたいです」
「それは朗報でございます」
ルキアさんもこちらへ振り返り、碧い瞳を輝かせた。避難してきた人たちの確認を終えたのか、すぐに僕のそばへ戻ってくる。
「新たな同志かもしれぬな」
「食べ物かもしれませんよ」
「どちらでもよい。今の我らには必要であろう」
僕はもう一度、城の周りを見た。避難してきた人たちがいて、水も食べ物も寝る場所も必要だ。壊れた家を直す道具だって足りない。
「今度は……みんなに必要なものが出てくれたらいいな」
画面には【ガチャを引く】の文字が浮かんでいる。けれど、僕はまだ手を伸ばさなかった。
まずは、ここにいる人たちが今夜を越えるために何が必要なのか。それを確かめてからでも遅くない。
―――
【今回の貢献ポイント】
獲得ポイント:0
所持ポイント:165/100




