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第26話 第二波

 見張りの声が響くと、休みかけていた兵士たちが一斉に動き出した。


「弓兵、残りの矢を数えろ! 槍は使えるものを集めろ!」


 グライバーさんも息を整える暇なく指示を飛ばす。壁際では折れた槍が回収され、割れた盾が脇へ寄せられていた。


「矢、半分を切っています!」


「予備の槍も多くありません!」


「使えるだけでいい! 崩れた場所へ集中させろ!」


 第一波を止めた時と同じ場所なのに、今は立っている兵士の数が少ない。負傷して後ろへ下がった人たちの分まで、残った人たちが壁沿いへ広がっていた。


 僕も短剣の柄を握り直す。


「主よ」


「はい」


「今度は先ほど以上に私から離れるな」


 ルキアさんの声にも、いつもの余裕は少なかった。隣ではカレンさんが腰と袖の短剣を確かめた。


「ご主人様。負傷者が出た場合も、まずわたくしたちの位置をご確認くださいませ」


「分かりました」


 その時、外壁の上から見張りの声が飛んだ。


「第二波、接近! 角兎、ゴブリン、牙猪! ほかにも多数!」


 少し間を置き、声がさらに大きくなる。


「大型が1体! いや……でかすぎる!」


 僕のいる場所から群れの全体は見えない。それでも崩れた石壁の隙間の向こうで、土煙の上へ一つだけ大きな影が突き出しているのが見えた。


「何だ、あれは……」


 オリバーさんが目を細める。


 外壁の上にいた兵士が、影を見ながら叫んだ。


「タイタン・サイクロプスだ!」


 周囲の兵士たちの動きが一瞬だけ止まった。


「見るのはあとだ! 弓兵、構えろ!」


 グライバーさんの声で、全員が持ち場へ戻る。


「撃て!」


 矢が一斉に壁の向こうへ飛んだ。


◇  ◇  ◇


 第一波と同じように、矢を受けた魔物が次々と倒れていく。けれど、足音は弱まらなかった。


 見張りの報告では、倒れた魔物を後ろから来た群れが踏み越え、そのままこちらへ向かっているらしい。2度目の一斉射が飛んでも、土煙はほとんど勢いを失わず近づいてきた。


「さっきより止まらねえぞ!」


 オリバーさんが大剣を構える。


「数が違う。壁へ着く前に削り切れん!」


 グライバーさんが外壁を見上げた。


「弓兵、無駄撃ちするな! 正面の牙猪を優先しろ!」


 その時、土煙の上へ出ていた大きな影が止まった。見張りの兵士が身を乗り出す。


「タイタン・サイクロプス、停止!」


 崩れた壁の隙間から、巨人が頭を上げるのが見えた。僕がこれまで見たどの魔物よりも大きく、周りを走る牙猪でさえ、その脚元では小さく見える。


 巨人の胸が大きく膨らんだ。


「主、伏せろ!」


 ルキアさんが僕の前へ回り込み、身体ごと覆う。


 次の瞬間だった。


「ォオオオオオオオオオッ!!」


 声が、壁を越えて叩きつけてきた。

 

 ただの叫び声ではない。目に見えない壁をぶつけられたような衝撃が、身体ごと押し返してくる。


 耳の奥が痛み、地面の砂が一斉に後ろへ流れる。外壁の上では弓兵たちが姿勢を崩し、積まれていた矢束が石床へ散った。


「ぐっ……!」


 僕はルキアさんの背中へ手をつき、どうにか踏みとどまった。


 グライバーさんは大盾を地面へ立て、その陰へ近くの兵士を入れている。オリバーさんたちも盾役の男の人を中心に身を低くし、カレンさんは片膝をついたまま僕たちの横で耐えていた。


 咆哮が途切れる。


 耳鳴りの残る中、石の砕ける音が続いた。第一波でヒビの入っていた外壁から細かな石が落ち、崩れかけた場所がさらに広がっている。


「弓兵、立てる奴から戻れ! 群れが来るぞ!」


 グライバーさんの声に、弓兵たちが散らばった矢を拾い始めた。その間に魔物たちは距離を詰めていた。


◇  ◇  ◇


 最初に外壁へ届いた牙猪が、傷んだ石壁へ頭からぶつかった。続けて2体、3体と突っ込み、石の塊が内側へ落ちる。


「槍兵、前!」


 長槍が一斉に突き出される。


 それでも第一波より開いた場所が大きく、すべては止められなかった。牙猪の横をすり抜けたゴブリンが壁を越え、角兎まで兵士の足元へ飛び込んでくる。


「オリバー! 右を頼む!」


「任された!」


 オリバーさんたち4人が右側の崩落箇所へ走った。盾で牙猪を止め、槍で横から突き、弓が抜けようとするゴブリンを射抜く。


 左側ではルキアさんが剣を振るう。牙猪の首が落ち、その向こうから次の2体が壁を越えてくる。


 ルキアさんは1体の牙を逸らして斬り伏せたあと、続く1体へ身体を向けた。


 カレンさんも止まらない。短剣を投げ、抜けてきたゴブリンを倒し、角兎が僕のいる側へ跳べば別の刃で軌道を変える。


 それでも倒した場所へ次の魔物が入り込み、壁際から魔物の姿が消えることはなかった。


「これ……終わるんですか」


「終わらせる」


 ルキアさんは短く答え、迫った牙猪を斬る。


 僕は前へ出ず、周囲を見た。負傷者がいれば知らせ、落ちた矢を拾って壁へ向かう兵士へ渡し、水を求める人には後方から運ばれてきた水筒を回す。


「坊主、矢をこっちへ!」


「はい!」


 拾った矢束を兵士へ渡すと、その人はそのまま外壁の階段を駆け上がっていった。


 その直後、地面がまた大きく揺れた。


「来るぞ!」


 グライバーさんが叫ぶ。


 タイタン・サイクロプスが、ついに外壁の前まで来ていた。崩れた隙間から見える脚だけでも人の胴より太く、その手には削った巨木のような棍棒が握られている。


「ルキア様」


「あれは私が斬る」


 ルキアさんが巨人の元へ向かおうとすると、カレンさんが声をかけた。


「ルキア様が離れれば、こちらを抜ける魔物が増えます」


 僕たちの前では、すでに別の牙猪が石壁を越えようとしている。ルキアさんの足が止まった。


「……厄介だな」


 その間にも、タイタン・サイクロプスは棍棒を持ち上げていた。


「全員、壁から離れろ!」


 グライバーさんの声が響く。


 棍棒が振り下ろされた。


 耳を塞ぎたくなるほどの音がして、外壁が内側へ弾けた。石と木材が飛び、兵士たちが身を伏せる。


 グライバーさんは大盾を掲げ、近くにいた兵士2人をその陰へ押し込んだ。


「ぐっ!」


 飛んできた石が盾へぶつかり、大きなヒビが走る。土煙が広がった。


 視界が戻った時、さっきまで石壁のあった場所には、人が何人も並んで通れそうな穴が開いていた。


◇  ◇  ◇


「塞げ! ここを抜かれたら奥まで行くぞ!」


 オリバーさんが真っ先に穴へ走った。


 グライバーさんもヒビの入った盾を構え直し、残った槍兵を集める。兵士と冒険者が並んだ直後、その正面へゴブリンと牙猪が一斉に流れ込んできた。


「押し返せ!」


 槍が突き出され、オリバーさんの大剣が振られる。ルキアさんも穴へ入り込んだ牙猪を斬り、カレンさんは横から抜けようとする小型の魔物を止めた。


 それでも、さっきまでとは違う。壁がないため魔物を細い隙間へ絞ることができず、横へ広がりながら押し込んでくる。


「右、抜けるぞ!」


「カレン!」


「お任せくださいませ!」


 カレンさんが走り、ゴブリンの前へ滑り込む。


 別の場所では槍兵が牙猪に押され、盾を持った兵士が加わってようやく止めていた。


 グライバーさんが周囲を見回す。


「このままもう一度崩されたら持たん!」


「第二防衛線まで下がるか?」


 近くの兵士が尋ねた。


「まだだ! ここを捨てれば、後ろは家しかない!」


 グライバーさんの声に、僕は背後を見た。


 この先には貧民街の家が続いている。もっと奥には僕たちの城があり、そこには戦えない人たちが残っていた。


 外壁の向こうで、タイタン・サイクロプスがまた動く。


「コルジ!」


 グライバーさんが僕を見る。


「お前は下がれ。貧民街の奥まで行け!」


「でも……」


「ここから先は子供が残る場所じゃない!」


 すぐには返事ができなかった。怖い。


 さっきの咆哮だけでも身体が動かなくなりそうだった。あの棍棒がもう一度振り下ろされれば、今度は何人が立っていられるのか分からない。


 それでも、背中を向けた先にあるものを考えた。


「……僕は、ここにいます」


「どうしてだ」


「ここを通られたら、僕の城まで行っちゃうからです」


 グライバーさんが眉を寄せる。


「僕は前には出ません。言われたことも守ります。でも、ここを守るためにできることがあるなら、残りたいです」


「ったく」


 オリバーさんが大剣を構えたまま笑った。


「帰る場所を守るって言ってる奴に、帰れって言っても聞かねえぞ。スラム育ちは、妙なところで意地っ張りだからな」


「お前まで煽るな!」


「俺も似たようなもんだから分かるんだよ」


 グライバーさんは大きく息を吐き、僕を指さした。


「絶対に俺たちより前へ出るな!」


「はい!」


「主」


 ルキアさんが僕を見る。


「はい。僕も、ここを守ります」


 その瞬間だった。


 ルキアさんの腰元で、白い光が瞬いた。


 1つ。


 続いて、もう1つ。


 星粒のような輝きが剣の鞘からこぼれ、今度は消えずにルキアさんの周りへ漂う。


「……またか」


 ルキアさんが剣へ手を添えると、鞘が微かに震えているように見えた。


 外壁の向こうでは、タイタン・サイクロプスが再び棍棒を頭上へ持ち上げる。


「全員、衝撃に備えろ!」


 グライバーさんの声が響いた。


 白い星粒は増えていく。ルキアさんは一度僕を見たあと、腰の剣へ視線を落とした。


「……そうか」


 彼女は漂う星粒を見つめ、微かに笑った。


「お前も、主を見ていたのだな」


―――

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