第25話 第一波
グライバーさんの号令と同時に、外壁の上から何十本もの矢が飛んだ。矢は壁の向こうへ消え、直後に魔物の鳴き声が重なり、崩れた石壁の隙間から見える土煙の中でいくつもの影が倒れていく。
「次、番えろ! 前を詰まらせろ!」
弓兵たちは迷わず次の矢をつがえた。2度目、3度目の一斉射が続いても、地面を揺らす足音は小さくならない。
「止まりません……」
「数が多いからな」
僕の前に立つルキアさんは、外壁の向こうへ視線を向けた。開かれた《誘引香》の甘い匂いが風に乗って流れ続け、見張りの兵士から「左右へ広がっていた群れが正面へ寄っている」と声が上がる。
「狙いどおりだ! 散らすな、そのまま正面で削れ!」
弓兵たちがグライバーさんの指示に応じる。僕には壁の外すべては見えないものの、崩れた部分から覗く土煙がこちらへ絞られていくのは分かった。
「来るぞ! 壁際へ到達する!」
声が落ちた直後、石壁が大きく震えた。何か重いものが外側からぶつかったらしく、続けて2度、3度と衝撃が響き、足元の小石が跳ねる。
「牙猪だ! 槍兵、崩れた箇所へ寄れ!」
地上にいた兵士たちが長槍を構え、壁の欠けた場所へ集まった。僕がそちらへ顔を向けると、石の隙間から角兎が飛び込み、突き出された槍に貫かれて地面へ落ちる。その横では、壁を乗り越えたゴブリンが兵士へ棍棒を振り上げていた。
「ここからが俺たちの仕事だ!」
オリバーさんが大剣を抜き、3人の仲間と一緒に走り出した。
◇ ◇ ◇
崩れた壁の前へ牙猪が1体飛び込むと、盾を背負った男の人が前へ出た。大きな盾を地面へ据えた直後、牙猪の頭が正面からぶつかり、靴底が土を削る。
「ぐっ……!」
男の人は倒れず、盾を押し返すように踏ん張った。
「今だ!」
槍を持った男の人が盾の横から踏み込み、牙猪の喉へ穂先を突き入れた。暴れようとした首へオリバーさんの大剣が振り下ろされると、その背後から近づいていたゴブリンへ、弓を背負った女の人の矢が刺さる。
「次、右から2体!」
「見えてる!」
4人は互いの動きを確かめながら、壁を抜けた魔物を1体ずつ止めていく。誰かが前へ出れば別の誰かが空いた場所を埋め、正面を抜けようとする魔物を通さなかった。
別の崩れた箇所から、ひときわ大きな牙猪が姿を現した。
「ルキアさん!」
「任せよ」
ルキアさんの黒い騎士服を淡い光が包み、白銀の鎧が全身へ重なる。腰に現れた剣を抜いた直後に牙猪が地面を蹴ると、ルキアさんは突き出された牙を剣の腹で逸らし、横へ流れた首元へ白銀の刃を走らせた。
牙猪は数歩進んだところで脚を折り、そのまま地面へ倒れる。ルキアさんは息を整える間もなく、次に壁を越えてきた魔物へ向かった。
壁際ではカレンさんも動いていた。ゴブリンが石壁を乗り越えた瞬間に細身の短剣が肩口へ突き立ち、別の1体が着地する前には、袖から放たれた刃が喉元へ刺さる。
「ご主人様の近くへは通しません」
カレンさんは腰から別の短剣を抜いた。僕は2人の少し後ろで短剣の柄を握り、魔物だけでなく周囲の兵士にも目を向ける。
「コルジ! 左! 負傷兵を守れ!」
「はい!」
振り向くと、壁際にいた兵士が腕から血を流して膝をついていた。落とした槍へ手を伸ばす兵士へ、棍棒を持ったゴブリンが走ってくる。
ルキアさんは牙猪の前にいて、カレンさんも別の崩落箇所へ向かっている。
僕が一番近い。
「僕がやります!」
短剣を抜いて兵士とゴブリンの間へ入ると、背後からルキアさんの声が飛んだ。
「主!」
「前だけ見ます!」
ゴブリンが棍棒を振り上げる。僕は初めて戦った時に教えられたことを思い出し、武器ではなく肩と腰を見る。
右肩が持ち上がり、腰が少しひねられた。
棍棒が振り下ろされるより先に左へ動くと、木の塊がすぐ横の地面を叩いた。前に戦った時より近かったが、足は止まらない。
ゴブリンが棍棒を引き戻そうとする。その脇へ踏み込み、短剣を握った両手を前へ押し出すと、刃が脇腹へ入った。
「ギャッ!」
ゴブリンが身体を振り、僕の肩へ腕を伸ばした。怖くなって一歩下がりかけた時、足元に倒れた兵士が見える。このまま退けば、次に狙われるのはあの人だ。
短剣を抜いてもう一度踏み込み、今度は腹へ深く刺した。棍棒が手から落ち、ゴブリンの身体も崩れたため、巻き込まれないよう横へ退いて距離を取る。
「よくやった、主!」
「コルジ、そこで止まれ! 追うな!」
「はい!」
グライバーさんの指示に従い、僕は短剣を構えたまま兵士のそばへ下がった。
◇ ◇ ◇
「腕を見せてください」
「俺はいい。それより前を……」
「前はみんなが守っています」
兵士の腕からは血が流れていた。傷口を直接触らないよう、僕は出発前にカレンさんから渡され、腰袋へ入れていた清潔な布を取り出す。
カレンさんから教えてもらったとおり、兵士へ布を渡す。
「これ、傷口へ押し当ててください」
「すまん」
兵士が自分で傷口を押さえたので、僕は落ちていた槍を拾って邪魔にならない壁際へ置いた。
「歩けますか?」
「ああ。腕だけだ」
「なら後ろへ! 交代要員と替われ! 無理して槍を持つな!」
「了解!」
グライバーさんの声に応じ、兵士は僕へ短く頭を下げて後方へ走っていく。その間にも外壁の上から矢が飛び、壁際では槍が突き出され、突破した魔物をオリバーさんたちが受け止めていた。
ルキアさんの前には、また2体の牙猪がいる。
「まとめて来るがよい」
1体目の牙を身を沈めてかわし、すれ違いざまに脚を斬る。倒れた巨体を飛び越えてきた2体目へ剣を返し、その首筋を深く断った。
魔物が現れるたびにルキアさんたちが止めてくれる。それでも壁の向こうから聞こえる足音は途切れず、グライバーさんの声にも少しずつ息が混じり始めた。
「矢を節約しろ! 近い奴から確実に落とせ!」
僕もまだ1体しか戦っていないのに息が苦しかった。周りを見続け、指示を聞き、負傷した人がいないか探しているだけでも身体へ力が入る。
その時、崩れた壁が大きく揺れた。石が崩れ、土煙の中から牙猪が3体続けて入り込み、槍兵の列が先頭の1体に押されて乱れる。
「盾、前!」
グライバーさん自身が大盾を構え、先頭の牙猪を受け止めた。鈍い音が響いて身体が半歩下がったところへ、オリバーさんが横から踏み込む。
「今だ、オリバー!」
「言われなくても!」
大剣が牙猪の首へ叩き込まれ、先頭の死体へ後ろの1体が乗り上げた。盾役の男の人が横から身体をぶつけて進路をずらし、槍を持った仲間がその腹へ穂先を入れる。
残る1体はルキアさんの前へ飛び出した。白銀の剣が一度だけ閃き、牙猪はグライバーさんへ届く前に地面へ崩れる。
「助かった!」
「礼は不要だ。まだ来るぞ!」
「気が合うじゃねえか、お前ら!」
オリバーさんが笑って大剣を構え直し、グライバーさんも盾を上げた。兵士と冒険者が同じ崩れた壁を塞ぎ、次の魔物を迎え撃つ。
僕はその少し後ろで短剣を握り直した。
ここにいるみんなで、貧民街へ続く道を塞いでいた。
◇ ◇ ◇
どれくらい戦っていたのか、分からなくなっていた。やがて外壁の上から「正面の数が減っている」「後続が途切れる」と声が上がり、飛んでくる矢の数も少なくなっていく。
壁を叩いていた衝撃の間隔が開き、最後に崩れた場所から飛び込んできたゴブリンをカレンさんの短剣が止めた。そのあと、新しい影は現れなかった。
「……第一波、止まったぞ!」
兵士たちの間から息を吐く音が広がった。座り込みかけた人もいたが、グライバーさんはすぐに盾を持ち直す。
「まだ終わってない! 負傷者を下げろ! 壁を直せる奴は崩れた箇所へ! 弓兵は残りの矢を確認!」
僕も周囲を見回すと、傷を負った兵士が何人もいた。折れた槍が壁際へ転がり、割れた盾を抱えた兵士もいる。自力で歩けない1人は、仲間2人に肩を貸されて後方へ運ばれていった。
胸の奥に詰まっていた息を吐いた時、視界の端へ淡い文字が浮かんだ。
【貧民街の防衛に参加し、第一波を退けました:+20】
文字が消えると、ルキアさんが僕の前へ戻ってきた。怪我はないと答えても、腕や肩まで確かめてからようやく息を吐く。
「約束どおり、指示にも従っていたな」
グライバーさんが盾を地面へ置いた。
「途中で魔物の前には出ましたけど……」
「あれは俺が負傷兵を守れと言った結果だ。倒した後はきちんと止まった。文句はねえよ」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだ。1人減らずに済んだ」
グライバーさんは僕が手当てした兵士の方角を見た。少し離れた場所では、オリバーさんたち4人も互いの無事を確かめている。
「どうにかなったな」
オリバーさんは大剣についた血を払い、壁の向こうへ目を向けた。
「で、これが第一波ってことは……まだ来るんだよな?」
「ああ」
グライバーさんが外壁の上を見上げたところで、見張りの兵士が身を乗り出した。
「グライバー隊長!」
「どうした!」
「南東に新しい土煙! 先ほどより広いです!」
休みかけていた兵士たちの顔が上がり、僕の足元にもまた小さな震えが伝わってきた。
「数は!」
「まだ確認できません! ただ……大型の影があります!」
グライバーさんが盾を持ち上げる。
「全員、持ち場へ戻れ!」
さっきより低く、重い音が近づいてくる。第一波は終わったが、スタンピードはまだ終わっていなかった。
―――
【今回の貢献ポイント】
・ゴブリンを1体討伐した:+1
・貧民街の防衛に参加し、第一波を退けた:+20
・負傷した兵士を手当てした:+5
獲得ポイント:26
所持ポイント:55/100
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