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第24話 ここにも守るべき人がいる

 第二防衛線を越えると、街の喧騒が急に遠くなった。


 木材を運ぶ荷車も、土を詰めた袋を積む兵士もいない。いつものように路地を歩く人たちがいて、外壁の近くでは子供たちまで遊んでいた。


「……何も知らされてねえのか」


 オリバーさんが周囲を見回した。


「たぶん、詳しいことまでは」


 僕は足を速めた。


「まず城へ戻ります。みんなに知らせないと」


「案内しろ。俺たちも手伝う」


 僕たちは7人で、城へ向かった。


◇  ◇  ◇


「コルジ兄ちゃん!」


 城へ入ると、ノアとリナが駆け寄ってきた。エマさんも奥から出てきたが、僕たちの後ろにいるオリバーさんたちを見て足を止める。


「この方たちは……?」


「オリバーさんたちです。僕たちと一緒に、貧民街を守ってくれることになりました」


「守るって……やっぱり、何かあったんですか?」


 僕はギルドで聞いたことを順番に話した。


 スタンピードがこちらへ向かっていること。貧民街は主要防衛区域に含まれておらず、市街地との間に第二防衛線が作られていること。そして、外壁の近くでは《誘引香》を使って魔物を集める計画になっていること。


「そんな……」


 エマさんはノアとリナを自分のそばへ寄せた。


「街の中へ逃げることはできないんですか?」


「第二防衛線の内側へ、貧民街の人たちを通す許可は出ていないそうです」


 答えながら、僕は城の外を見た。


「でも、ここでできることはあります。外壁の近くにいる人だけでも、もっと奥へ移ってもらいましょう」


「ご主人様のおっしゃるとおりでございます」


 カレンさんはすぐに頷いた。


「魔物が集められる場所から距離を取るだけでも危険は減らせます。比較的壁の残っている家を確認し、子供や病人から移っていただきましょう」


「俺たちは外壁側を回る」


 オリバーさんが仲間たちへ顎を向けた。


「人手は多い方が早い。危ない場所に残ってる奴がいたら、こっちへ寄せるぞ」


「僕も行きます」


「無論、私もだ」


 ルキアさんが城の外へ向き直る。


「主の民を守るのであれば、一刻も惜しい」


「僕の民じゃないですよ……」


「今は訂正している場合じゃねえぞ」


 オリバーさんに笑われ、僕は口を閉じた。


◇  ◇  ◇


 僕たちは外壁沿いの路地を順番に回り、手分けして住民へ声をかけた。


「スタンピードが来ます! 外壁の近くから離れてください!」


 最初は信じてもらえなかった。


「兵士がいるんだろ? なら平気じゃねえのか」


「街の奴らが何とかするさ」


 そう言う人もいた。


 僕は外壁の近くに置かれた《誘引香》と、市街地との間に作られた防壁のことを話した。すると、笑っていた人の顔から少しずつ余裕が消えていく。


「本当に、こっちへ魔物を寄せるのか?」


「ギルドで確認しました。お願いします。今だけでも外壁から離れてください」


 僕が頭を下げると、男の人は黙って家の中へ戻った。しばらくして、小さな荷物を抱えた家族を連れて出てくる。


 別の路地では、足の悪いおばあさんが家の前で困っていた。


「この足じゃ、そんなに歩けないよ」


「俺が背負う」


 オリバーさんの仲間のうち、盾を背負った男の人がしゃがみ込んだ。


「掴まってくれ。置いていったりしねえから」


 おばあさんを背負い、外壁から離れた家まで運んでいく。槍を持った男の人と弓を背負った女の人も、子供たちや荷物を抱えた人たちを誘導していた。


 ノアとリナも、城の近くでほかの子供たちへ声をかけている。


「こっちだよ! 外壁から離れて!」


「コルジ兄ちゃんたちが教えてくれたから、大丈夫!」


 エマさんは城に残り、移ってきた人たちへ水を渡していた。体調の悪い人が来れば座れる場所を空け、カレンさんが安全を確認した家へ振り分けていく。


 全員を1か所へ集めることはできなかった。それでも、外壁沿いの路地から人の姿は少しずつ減っていった。


 外壁付近の人たちへ声をかけ終える頃には、陽はもう昼を過ぎていた。


 最後に、外壁のすぐ近くで暮らしていた親子が荷物を抱えて離れていく。その背中を見送った時、視界の端で淡い光が瞬いた。


【スタンピードに備え、外壁付近の住民を危険な場所から避難させました:+15】


 文字はすぐに消えた。


「ご主人様?」


「大丈夫です。みんな、移ってくれましたね」


「はい。少なくとも、わたくしたちが確認した範囲に取り残された方はいらっしゃいません」


 カレンさんは外壁の方角へ視線を向ける。


「次は、こちらへ来る魔物を止める必要がございます」


◇  ◇  ◇


 僕たちは城へ戻り、エマさんたちへ外へ出ないよう伝えた。


「コルジ兄ちゃんも、ここにいればいいのに」


 リナが僕の袖を掴む。


「ごめん。でも、外で止めないと、ここまで魔物が来ちゃうから」


「絶対に帰ってきてね」


「うん。約束する」


 リナの手を握ってから立ち上がる。


 オリバーさんたちは入口で待っていた。ルキアさんとカレンさんも、すでに外へ出る準備を終えている。


「行きましょう」


 僕たちは外壁へ向かった。


◇  ◇  ◇


 貧民街側の外壁へ近づくと、槍を持った兵士が何人も走っていた。


 昨日見た時より兵の数が増えている。外壁の上には弓兵が並び、地上では壊れかけた石壁の前へ木材を運んでいた。


「兵士が……」


「最低限って数じゃねえな」


 オリバーさんが目を細めた。


 外壁の下では、傷のついた鎧を着た男が兵士たちへ指示を出していた。


 短い灰茶色の髪に、日に焼けた顔。背には大きな盾を負い、腰には片手剣を下げている。


「そこの板は壁際へ回せ! 弓兵は矢束を上へ運べ! 《誘引香》にはまだ触るな!」


 男がこちらへ気づいた。


「冒険者か? ここは戦場になる。用がないなら住民のいる場所まで下がれ」


「貧民街を守りに来ました」


 僕が答えると、男の視線が僕の腰の短剣と冒険者証へ移った。


「子供まで連れてきたのか?」


「こいつも冒険者だ」


 オリバーさんが前へ出る。


「俺はオリバー。こっちは俺の仲間だ。そっちの3人は《星の城》ってパーティだ」


「グライバーだ。この区画の守備を任されている」


 グライバーさんは僕たちを順番に見た。


「事情は分かっているのか? ここは主要防衛区域の外だ。外壁を破られた場合、部隊は第二防衛線まで後退する」


「知っています」


 僕が答えると、グライバーさんの眉が少し上がった。


「《誘引香》で、ここに魔物を集めることも?」


「はい」


「それでも来たのか」


「ここに僕たちの城があります。ほかにも、たくさんの人が暮らしています」


 グライバーさんは黙って、貧民街の家々へ目を向けた。


「兵士の人たちは、どうしてここにいるんですか?」


「ここが持ち場だからだ」


「でも、昨日よりずっと人数が増えてます」


 グライバーさんは背後の兵士たちを見る。


「この区画は最低限の兵で時間を稼ぎ、突破されたら後退する予定だった。俺がここへの配置を願い出た。許可が出たあと、こいつらも志願してついてきた」


「計画を知っていて?」


「ああ。全部知っている」


 グライバーさんは僕へ視線を戻した。


「だから残った。ここにも守るべき人がいる」


 その言葉を聞き、ルキアさんが一歩前へ出た。


「よい答えだ」


「何だ?」


「兵として命令を知り、そのうえで己が守るべきものを見失わぬ。貴殿の正義、しかと聞いた」


 グライバーさんは少しだけ困った顔をした。


「……よく分からんが、褒められたと思っておこう」


 オリバーさんが吹き出した。


◇  ◇  ◇


 外壁の内側には、《誘引香》の壺が並んでいた。


「グライバーさん。あれを使わなければ、魔物はここへ来ないんじゃないですか?」


「そう単純じゃない」


 グライバーさんは外壁の上を指した。


「スタンピードの群れは、どのみちこの周辺まで来る。南東から来る群れは地形上、この区画へ流れ込みやすい。外側に開けた土地もあり、弓兵が射線を取れる場所でもある。誘引香を使わず広がらせれば、どこへ押し寄せるか読めなくなる。貧民街の奥へ回り込まれる方が厄介だ」


「じゃあ……」


「集める場所が分かっているなら、そこで止める」


 グライバーさんは拳で石壁を軽く叩いた。


「領主軍の計画じゃ、ここで数を減らして、駄目なら第二防衛線へ下がる。俺たちは、できる限りここで止める。それだけだ」


「僕たちも手伝います」


「お前は後ろへ下がれ」


「僕も冒険者です」


「冒険者でも子供は子供だ」


 言い返そうとしたところで、ルキアさんが僕の隣へ立った。


「主を侮るな。戦場において、我が主は私の指示に従う」


「心配するところが違う気がするんだが」


「ご安心くださいませ」


 カレンさんも続く。


「ご主人様の護衛は、わたくしとルキア様が最優先で行います。無断で前へ出すことはございません」


「本人より周りの方が過保護じゃねえか」


 グライバーさんは額へ手を当てたあと、僕を見る。


「勝手に前へ出るな。俺たちの指示にも従え。それが条件だ」


「はい!」


「返事だけはいいな」


◇  ◇  ◇


 防衛の役割はすぐに決まった。


 グライバーさんたちの弓兵は外壁の上から攻撃し、槍兵は門や崩れた壁際を守る。オリバーさんたちは外壁を抜けてきた魔物を迎え撃つことになった。


 ルキアさんは大型の魔物が現れた時に備えて前へ立ち、カレンさんは壁際を動きながら突破した魔物を仕留める。僕は2人の近くで待機し、負傷者の手伝いや、指示された時だけ戦うことになった。


「主よ」


「はい」


「決して私から離れるな」


「分かっています」


 僕は短剣の柄を握った。


「僕も、できることをやります。ここで暮らしてる人たちを守りたいです」


 その時、ルキアさんの腰元で小さな光が瞬いた。


 星粒のような白い輝きが、剣の鞘の隙間から一つだけこぼれる。ルキアさんが驚いたように視線を落とした時には、もう光は消えていた。


「ルキアさん?」


「……いや。何でもない」


 彼女は剣へ手を添えたまま、外壁の向こうを見た。


 地面が、かすかに震えた。


「来るぞ!」


 外壁の上から声が上がる。


 最初は低い音だった。それが少しずつ大きくなり、何十、何百もの足音が重なって地面を揺らしていく。


 僕のいる場所から群れの全体は見えない。それでも、崩れた石壁の隙間の向こうに、茶色い土煙が広がっていくのが見えた。


「先頭、角兎! ゴブリン、牙猪もいる!」


 見張りの兵士が叫ぶ。


「その後ろにも多数! 正面へ向かってくる!」


 グライバーさんが大きく手を上げる。


「《誘引香》を使え! 弓兵、構え!」


 兵士たちが壺を外壁の上へ運び、蓋を開けた。甘ったるい匂いが風に乗り、壁の外へ流れていく。


 崩れた石壁の隙間から見える土煙が、少しずつこちらへ寄ってくる。普段なら争うはずの魔物たちが、同じ方向へ押し寄せているらしい。


 グライバーさんの腕が振り下ろされた。


「放て!」


 外壁の上から、一斉に矢が飛んだ。


―――

【今回の貢献ポイント】

・スタンピードに備え、外壁付近の住民を危険な場所から避難させた:+15


 獲得ポイント:15

 所持ポイント:29/100

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