第23話 依頼じゃなくても
冒険者ギルドへ入ると、中は昨日までとは比べものにならないほど慌ただしかった。
受付台には防衛へ参加する冒険者が列を作り、職員たちは登録票と配置を書いた紙を何度も見比べている。壁際には矢や薬、縄を詰めた木箱が積まれ、奥の部屋からも人が出入りしていた。
僕はいつもの受付の女性を見つけ、列が途切れたところで声をかけた。
「あの、聞きたいことがあります」
「コルジさん。どうしました?」
「貧民街の外壁の近くに、《誘引香》っていう壺が置かれていました」
受付の女性の手が止まった。
「誘引香……?」
「市街地との間には、貧民街側へ杭を向けた防壁も作られています。貧民街の中には、防壁を作る予定がないって兵士の人が言ってました」
カレンさんが一歩前へ出る。
「領主軍から、防衛配置の詳細は届いておりますでしょうか」
「確認してきます。少し待っていてください」
受付の女性は手元の書類を抱え、奥の部屋へ急いだ。
◇ ◇ ◇
待っている間にも、冒険者たちが次々とギルドへ入ってきた。
剣や槍を持った人たちが職員から配置を聞き、仲間と一緒に外へ出ていく。誰もがスタンピードへ備えて動いていた。
「主よ」
「はい」
「何を聞かされようと、まずは事実を確かめるのだ」
ルキアさんの声は静かだった。けれど、右手は強く握られている。
「分かっています」
しばらくして、受付の女性が戻ってきた。
手には何枚かの紙を持っている。さっきまでよりも顔色が悪かった。
「……確認しました」
「貧民街も、守ってもらえるんですよね?」
受付の女性はすぐには答えなかった。
「今回、領主軍が定めた主要防衛区域に、貧民街は含まれていません」
胸の奥が沈んだ。
「じゃあ、あの防壁は……」
「市街地へ通じる道を封鎖する第二防衛線です」
受付の女性は紙へ目を落とした。
「バルバーナ魔境から来る魔物を南東側へ集め、外壁とその周辺で数を減らす計画になっています。《誘引香》も、そのために使用されます」
「貧民街の近くへ、魔物を集めるんですか?」
「……はい」
ルキアさんの碧い瞳が細くなる。
「外壁で止められなかった場合は?」
「守備隊は第二防衛線まで後退します。そこから先へ魔物を通さないことが、領主軍から示された方針です」
「その第二防衛線の外に、貧民街があるのだな」
「はい」
僕は昨日見た木柵を思い出した。
尖った杭は、僕たちの暮らす方へ向いていた。
「そこに住んでる人たちは、どうなるんですか?」
「……避難についての指示は、出ていません」
「住んでいる人たちを、市街地へ避難させることはできないんですか?」
受付の女性は唇を噛んだ。
「第二防衛線より内側へ、貧民街の住民を集団で通す許可も出ていません。領主軍の許可がない以上、ギルドの判断だけで避難させることはできないんです」
「そんな……」
ノアとリナの顔が浮かんだ。エマさんだけじゃない。路地で遊んでいた子供たちも、井戸で水を汲んでいた人も、古い椅子へ座っていたおじいさんもいる。
みんな、あの防壁の外側にいる。
◇ ◇ ◇
「冒険者のみんなに、助けてもらえませんか?」
僕が尋ねると、受付の女性は苦しそうに眉を寄せた。
「戦える冒険者の多くは、すでに領主軍からの防衛要請を受けています。引き受けた配置を、ギルドの判断だけで変えることはできません」
「まだ決まってない人もいるんですよね?」
「います。ただ、貧民街の防衛は現在の要請には含まれていません。別の救援依頼として人を募ることはできますが……」
受付の女性が言葉を切った。
「依頼を出すには、お金が必要なんですか?」
「はい。今回はスタンピードへの救援です。危険に見合う報酬がなければ、ギルドから参加を求めることはできません」
僕は腰の革袋へ手を伸ばした。
「僕が依頼を出します」
「ご主人様」
カレンさんが僕を見る。
「持ってるお金を、全部使ってください。これで少しでも誰か来てくれるなら」
革袋を受付台へ置く。これまで依頼を受けて、少しずつ貯めた銅貨だった。
受付の女性は袋の中を確かめたあと、静かに首を横へ振った。
「……足りません」
「1人でも駄目ですか?」
「今からスタンピードの進路へ向かってもらう依頼です。この額では、1つのパーティへ提示する報酬にも届きません」
「そう、ですか……」
革袋へ手を戻した。
屋根を直した時も、エマさんの治療に使った時も、お金はまた稼げばいいと思えた。
今回は、全部差し出しても足りなかった。
「ごめんなさい」
小さな声が聞こえた。
顔を上げると、受付の女性が俯いていた。
「え?」
「私には、貧民街の住民を第二防衛線の内側へ避難させる権限も、防衛に参加する冒険者へ配置を捨てて向かうよう命じる権限もありません」
受付の女性は困ったように眉を寄せた。
「力になれず、申し訳ありません」
「謝らないでください」
僕が言うと、受付の女性は顔を上げた。
「教えてくれて、ありがとうございます」
「でも……」
「僕たちは、城へ帰ります」
「貧民街へ戻るんですか?」
「はい」
「コルジさん。スタンピードが来るんですよ。貧民街へ戻る必要はないと思います」
「だから、帰ります」
僕はルキアさんとカレンさんを見た。
「僕の帰る場所は、あそこです」
「無論、私も戻る」
ルキアさんは迷わなかった。
「主の城を守らずして、何が騎士か」
「わたくしにも、別の行き先などございません」
カレンさんも胸元へ手を添えた。
「《星の城》は、3人で戻ります」
その時だった。
「おいおい。3人だけで行くつもりか?」
後ろから、聞き覚えのある声がした。
◇ ◇ ◇
振り返ると、短く刈った茶色い髪と、頬に傷のある男の人が立っていた。
広い肩に大きな剣を担ぎ、その後ろには3人の冒険者がいる。
「オリバーさん!?」
「久しぶりだな、コルジ」
オリバーさんは僕を上から下まで眺め、口元を上げた。
「ちゃんと冒険者になったみてえだな。あの風呂で会った時より、ずいぶんマシな顔してるじゃねえか」
「オリバーさんのおかげです。あの時、冒険者のことを教えてもらったから」
「俺は話しただけだ。ここまで来たのはお前だろ」
オリバーさんは受付台の上に置かれた革袋へ目を向けた。
「話は聞こえてた。貧民街を守りに行くんだって?」
「はい。でも、僕たち3人しか……」
「なら、俺たちも行く」
「え?」
受付の女性が驚いて身を乗り出した。
「オリバーさん。あなたたちも防衛参加の要請を受けていますよね?」
「まだ配置は引き受けてねえ。どこへ行くか決める前に、面倒な話が聞こえてきただけだ」
「ですが、貧民街の救援はギルドからの依頼ではありません。報酬も出せません」
「分かってる」
オリバーさんは肩の剣を担ぎ直した。
「依頼がなきゃ助けに行っちゃいけねえって決まりはねえだろ?」
受付の女性は何も言えなかった。
「俺も別の街のスラム育ちだ。金がねえ、家がねえってだけで、死んでも仕方ねえなんて言われるのは気に入らねえ」
オリバーさんは後ろの仲間たちを見る。
「俺は行く。お前らはどうする?」
「今さら聞くのかよ」
槍を持った男の人が肩をすくめた。
「リーダーが突っ込むなら、止めるより一緒に行った方が早い」
弓を背負った女の人も頷く。
「魔物を倒すことには変わりないしね」
最後の1人も盾を背負い直した。
「4人で行って、4人で戻る。それでいいだろ」
オリバーさんが笑った。
「だそうだ」
「ありがとうございます!」
「礼は終わってからにしろ。まずは生き残るぞ」
受付の女性は目元を拭い、僕たちを見た。
「……ギルドとして、皆さんの行動を依頼扱いにはできません。それでも行かれるんですね?」
「ああ」
「でしたら……必ず戻ってきてください」
僕も大きく頷いた。
◇ ◇ ◇
僕たち3人と、オリバーさんたち4人でギルドを出た。
貧民街へ続く道へ向かうと、市街地との間に作られた防壁はさらに閉じられていた。通れる場所は荷車1台ほどの幅しか残っておらず、その前を兵士たちが固めている。
「待て!」
槍を持った兵士が手を上げた。
「そっちは封鎖区域だ。どこへ行く?」
「貧民街へ戻ります」
僕が答えると、兵士は目を見開いた。
「今から向こうへ入るのか? スタンピードが始まれば、この防壁は閉じる。戦闘中に戻ってきても通せないぞ」
「分かりました」
「分かった上で行くのか?」
木柵の向こうへ目を向ける。
その先には、僕たちの城がある。
エマさんとノアとリナが待っている。
「それでも行きます。僕の城は、この先にあるから」
兵士はしばらく僕を見つめ、それから道を空けた。
「……死ぬなよ」
「はい」
僕たちは木柵の間を抜け、貧民街へ続く道を進んだ。
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