第22話 守るための壁
城へ入ると、ノアとリナが入口まで駆けてきた。
「コルジ兄ちゃん、街はどうだった?」
「兵士がいっぱいだった?」
「うん。街の中では、もう防壁を作り始めてたよ」
僕が答えると、2人は少し安心したように顔を見合わせた。エマさんも奥から出てきて、僕たちの様子を確かめる。
「では、この辺りにも兵士が来るのでしょうか」
「たぶん……これからだと思います」
そう答えたものの、自分でも声に力がないのが分かった。
大通りには木材も、土を詰めた袋もあった。けれど、貧民街へ向かう道には何も運ばれていなかった。
「主よ」
ルキアさんが腕を組み、城の外へ目を向ける。
「待っているだけでは分からぬ。どこを、どのように守ろうとしているのか見ておこう」
「わたくしも賛成でございます」
カレンさんはすでに収納袋を肩へ掛け直していた。
「防壁と兵の配置を確認すれば、貧民街がどのように守られる予定なのか分かるかもしれません」
僕はエマさんへ向き直った。
「僕たち、少しだけ見てきます。ノアとリナと一緒に、城にいてください」
「分かりました。どうか気をつけて」
「コルジ兄ちゃん、早く帰ってきてね」
「うん」
僕たちは3人で、貧民街の外れへ向かった。
◇ ◇ ◇
フォルトゥナの外壁へ近づくにつれ、兵士の姿が増えていった。
外壁の上には弓を持った兵士が並び、足元には矢束の入った木箱が置かれている。地上でも槍を持った兵士たちが行き交い、傷んだ石壁を調べていた。
「ここには兵士がいるんですね」
胸の奥にあった不安が、少しだけ軽くなった。
「これなら、貧民街の外側も守ってもらえそうです」
ルキアさんは返事をせず、外壁から視線を動かした。
カレンさんも、積まれた木材や兵士の人数を順番に見ている。
「……妙でございます」
「何がですか?」
「こちら側へ配置されている兵は、見張りと迎撃の人数が中心でございます。壁の補修も行われておりますが、先ほど大通りで見たほど資材が運び込まれておりません」
言われてから周囲を見る。
外壁の近くには木箱や矢束はある。けれど、大通りで何台も見かけた木材の荷車や、土を詰めた袋の山は見当たらなかった。
「でも、外壁があるなら大丈夫なんじゃ……」
「外壁だけで止めきれると考えているのであれば、市街地の中へあれほど防壁を作る必要はあるまい」
ルキアさんは貧民街の奥へ続く道へ視線を向けた。
「別の場所も見よう」
◇ ◇ ◇
貧民街から市街地へ続く広い道まで戻ると、昨日より木柵が増えていた。
太い杭が道の両側へ打ち込まれ、その間へ横木が何本も渡されている。脇には土を詰めた袋が積まれ、兵士たちは通れる幅をさらに狭めるよう作業していた。
僕は立ち止まった。
「……こっちは、魔境と反対ですよね?」
「うむ」
「だったら、どうしてここに壁を作ってるんですか?」
魔物が来るのは南東のバルバーナ魔境からだ。
それなのに、防壁は貧民街と市街地の間へ作られている。
カレンさんは木柵へ近づき、杭の向きと兵士たちの立つ位置を確認した。尖った杭の先は貧民街側へ向き、兵士たちが身を隠す土を詰めた袋は市街地側に積まれている。
「この防壁は、魔境側から直接押し寄せる魔物を受ける位置ではございません」
「では、何のために?」
「貧民街を抜けたものを、市街地へ入れないための配置に見えます」
背中が冷たくなった。
「でも……貧民街の中にも、あとで壁を作るんじゃないですか?」
僕は近くにいた兵士へ歩み寄った。
「あの、すみません」
「ん?」
木材を運んでいた若い兵士が手を止める。
「この壁は、何のために作ってるんですか?」
「防衛線だよ。魔物が来た時、ここより先へ通さないためのな」
「でも、魔境は向こうですよね?」
僕が外壁の方角を指すと、兵士は少し困ったように眉を寄せた。
「俺たちも詳しいことまでは知らない。上から、この道を塞げって命令されてるだけだ」
「貧民街の中にも、防壁を作るんですか?」
「その予定は聞いてないな」
「兵士は?」
「配置表にない場所のことは、俺には分からん」
兵士は言いにくそうに視線を逸らし、それから木材を抱え直した。
「悪いが、作業中なんだ。危ないから離れてくれ」
「……はい。ありがとうございました」
僕は2人のところへ戻った。
大通り側では兵士が何人も働いている。
ここから少し歩けば、僕たちの城がある。
その間には、木柵も土を詰めた袋もなかった。
◇ ◇ ◇
「ご主人様」
城へ戻ろうとしたところで、カレンさんが足を止めた。
視線の先を追うと、数人の兵士が荷車から小さな壺を下ろしている。両手で抱えられるほどの大きさで、口には布と紐が幾重にも巻かれていた。
「何を運んでいるんでしょう」
「油にしては、随分と厳重でございますね」
壺は市街地側ではなく、貧民街に近い外壁へ向かって運ばれていく。
僕たちは邪魔にならないよう道の端を歩きながら、その様子を見た。
兵士たちは外壁の内側へ一定の間隔を空けて壺を置いている。どの壺にも同じ印が付けられ、蓋は固く閉じられていた。
「あれも防衛に使うんでしょうか」
「分からぬ」
ルキアさんの声が低くなる。
その時、少し離れた場所で荷車から壺を下ろした拍子に、巻かれていた紐が1本緩んだ。
蓋がわずかに浮き、風に乗って甘ったるい匂いが流れてきた。
「うっ……」
花の香りに似ているのに、鼻の奥へいつまでもまとわりつく。僕が顔をしかめた瞬間、ルキアさんの腕が胸の前へ伸びた。
「主、下がれ」
カレンさんも僕の横へ移り、袖で鼻元を覆う。
「香料の類ではなさそうでございます」
「おい! 何をしている!」
別の兵士が駆け寄ってきた。
「《誘引香》の封を緩めるな! 使用命令が出るまで開けるな!」
「す、すみません!」
慌てて蓋が閉じられ、布と紐が巻き直される。
僕は聞こえた言葉を繰り返した。
「誘引……香?」
「何かを引き寄せるための香であろう」
ルキアさんは壺から目を離さなかった。
カレンさんは外壁の上を見上げた。
「これだけ厳重に封をして内側へ置いているのであれば、使用時に壁上へ運び、外側へ撒くつもりなのかもしれません」
「何を、引き寄せるんでしょう」
聞いた直後、自分でも答えに気づいた。
今、この街へ向かっているもの。
バルバーナ魔境から押し出されているもの。
「魔物……?」
ルキアさんの表情から、いつもの穏やかさが消えた。
「おそらくな」
カレンさんは外壁、市街地との間に作られた防壁、そして並べられた壺へ順番に視線を向ける。
「貧民街側の外壁には最低限の兵。こちらには防壁らしい防壁がなく、市街地へ続く道には強固な木柵が作られております。そのうえ、魔物を引き寄せると思われる物まで、この付近へ置かれている」
ルキアさんの手が、ゆっくりと握られた。
「……この配置。ここへ魔物を集めるつもりではないのか」
「ここって……」
「貧民街だ」
喉が詰まった。
「でも、ここにも人が住んでます」
自分でも、当たり前のことを言っていると思った。
路地にはノアやリナと同じくらいの子供がいる。身体を悪くした人も、働けなくなった人もいる。住んでいる家がボロボロでも、みんなここで暮らしている。
「そんなの、分かってるはずですよね?」
「分かっていて行っているのであれば、なお悪い」
ルキアさんの声には怒りが混じっていた。
白銀の鎧は出ていない。それでも、周囲の空気が張りつめたように感じる。
「ルキア様」
カレンさんが静かに呼びかけた。
「配置から見れば、その可能性は高いでしょう。ただし、わたくしたちはまだ命令の内容そのものを確認しておりません」
「分かっている」
「ギルドへ参りましょう。領主軍の防衛計画について、ギルドにも情報が届いているかもしれません」
僕は壺の並ぶ外壁を見た。
ここで怒っていても、何も分からない。
「……はい。ちゃんと聞きましょう」
◇ ◇ ◇
ギルドへ向かう前に、僕は一度だけ城の方角を振り返った。
崩れかけた家々の間を、子供たちが走っている。井戸のそばでは桶を抱えた女の人が水を汲み、路地の端では老人が古い椅子へ座っていた。
いつもと同じ貧民街だった。
外壁の向こうから、魔物が来る。
その魔物を引き寄せるための壺が、僕たちの暮らす貧民街に並べられていた。
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