第21話 スタンピード
冒険者ギルドを出ると、街の空気は朝とは変わっていた。
南東門へ向かう兵士が増え、荷車には木材や土を詰めた袋が積まれている。道具屋の前には盾や縄を求める人が並び、魔境方面から戻ってきた冒険者たちは足早にギルドへ入っていった。
「さっきまでと、街の様子が違いますね」
「監視所からの報告が、それだけ重いということであろう」
ルキアさんが南東の空へ視線を向ける。カレンさんも周囲を見回し、運ばれていく物資の行き先を確かめていた。
「街の防備を整え始めているようでございます」
「城へ戻りましょう。エマさんたちにも、今日は外へ出ないよう伝えないと」
僕たちは人の流れを避けながら、貧民街へ急いだ。
◇ ◇ ◇
「お帰りなさい!」
城へ戻ると、ノアとリナがいつものように駆け寄ってきた。
「今日は何を倒したの?」
「角兎?」
「今日はね、依頼を途中でやめて戻ってきたんだ」
2人が同時に首を傾げる。奥から出てきたエマさんは僕たちの顔を見て、笑いかける前に足を止めた。
「何かあったんですか?」
「魔境の様子がおかしいんです。詳しいことはまだ分かりませんけど、今日は外へ出ない方がいいと思います」
エマさんは驚いた顔をしたものの、すぐにノアとリナを自分のそばへ寄せた。
「分かりました。2人とも、今日はここにいましょう」
「うん」
「コルジ兄ちゃんたちも?」
「僕たちも今日はもう出ないよ」
カレンさんは収納袋から食料を取り出し、残りを確認する。
「現在の量であれば、数日は問題ございません。すぐに買い足す必要もないでしょう」
ガチャで増えた食料と保存壺が、こんなに早く役立つとは思わなかった。
その日は城の中で過ごした。外から聞こえてくる荷車の音と、遠くを行き交う兵士たちの声だけが、いつもの一日とは違っていた。
◇ ◇ ◇
翌朝、僕たちは街の様子を確かめるため、冒険者ギルドへ向かった。
入口の前には、すでに大勢の冒険者が集まっている。昨日まで依頼札が並んでいた板はほとんど空で、その前には大きな告知板が置かれていた。
やがて奥からギルドの職員が現れ、集まった冒険者たちへ声を張る。
「バルバーナ魔境において、大規模な魔物の移動が確認されました」
ざわめきが広がった。
「ギルドは、この現象を《スタンピード》と認定します」
「スタンピード……?」
僕が小さく呟くと、そばにいた受付の女性がこちらを向いた。
「魔境の奥から、多数の魔物が一斉に外へ押し出される現象です。普段は互いに争う魔物まで、同じ方向へ逃げることがあります」
「昨日の角兎とゴブリンも……」
「おそらく、その一部です」
牙猪まで街道へ出てきた理由も、これなら説明がつく。
「このまま街まで来るんですか?」
「可能性はあります。そのため、領主軍が南東方面を中心に防衛準備を進めています」
受付の女性は告知板へ視線を移した。
「街道には簡易防壁を設置し、外壁周辺にも兵を増やします。冒険者ギルドも、状況に応じて防衛へ参加することになります。しばらくは魔境へ近づかないでください」
「貧民街の方はどうなるんですか?」
僕が尋ねると、受付の女性は一度だけ言葉を止めた。
「防衛の配置は領主軍が決めています。こちらには、まだすべての情報が届いていません」
「そうですか……」
「新しい情報は告知板へ出します。ギルドへ来た際には必ず確認してください」
そう言ったあと、受付の女性は机の上に積まれた書類へ目を落とした。
◇ ◇ ◇
「そういえば、皆さんはいつも3人で活動されていますよね」
説明が一段落したところで、受付の女性が僕たちの登録票を並べた。
「はい」
「防衛に参加していただく場合、基本的には登録パーティ単位で配置します。皆さんはいつも3人で活動されていますから、今のうちに正式登録しておきませんか?」
「パーティ登録?」
「一緒に活動する冒険者を、ひとまとまりとして登録する制度です。代表者とパーティ名を決めていただければ、依頼や緊急時の確認がしやすくなります」
僕はルキアさんとカレンさんを見た。
「僕たち、ずっと3人で動いてましたけど、名前なんて考えたことなかったですね」
「ならば、今決めればよい」
ルキアさんは迷う様子もなく答えた。
「《星の城》ではどうだ」
「星の城……」
「うむ。我らには似合う名だと思うが?」
カレンさんが小さく微笑む。
「わたくしも賛成でございます」
最初は、ルキアさんが「城」と呼んでいただけのボロ家だった。今はカレンさんがいて、エマさんとノアとリナも一緒に暮らしている。
「……僕も、その名前がいいです」
「では、《星の城》で登録しますね。代表者はコルジさんでよろしいですか?」
「僕でいいんですか?」
「主以外に誰がいる」
「当然でございます」
2人に同時に言われ、僕は頷いた。
受付の女性が登録票へ書き込む。
【パーティ名:《星の城》】
【代表者:コルジ】
「登録しました。これからは《星の城》として扱います」
書かれた名前を見ると、不思議なくらい胸の奥が温かくなった。
「いい名前ですね」
「ありがとうございます」
ルキアさんは満足そうに腕を組み、カレンさんも少しだけ口元を緩めていた。
◇ ◇ ◇
ギルドを出ると、街の防衛準備は昨日より進んでいた。
大通りには木柵が組まれ、土を詰めた袋が積み上げられている。兵士たちは通りの幅を測りながら、荷車から次々と木材を下ろしていた。
「本当に、戦いの準備をしてるんですね」
「うむ。備えとしては当然であろう」
僕たちはそのまま貧民街へ向かった。
大通りを外れるにつれて、兵士の姿が少なくなる。木材を積んだ荷車も、土を詰めた袋も見かけなくなった。
「……こっちには、何もありませんね」
カレンさんが立ち止まり、僕たちが歩いてきた道を振り返る。
「主要な通りでは、複数の場所で防壁を作っておりました。しかし、こちらへ向かう荷車は1台も見ておりません」
「これから来るんでしょうか」
「そうであればよいが」
ルキアさんはそれ以上言わず、城のある方角へ目を向けた。
大通りでは、兵士たちが木柵を組み上げていた。
けれど、貧民街へ続く道には、土を詰めた袋も木材も運ばれてこない。
僕たちの城の前は、いつもと同じだった。
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