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第2話 ここが私と主の城だ

 僕が泣き止むまで、ルキアさんは何も言わずに抱きしめてくれていた。


 やがて僕が顔を上げると、ルキアさんは目元を指で拭い、崩れかけた空き家を見回した。穴の開いた屋根、傾いた壁、砂と木屑の積もった床を順番に確かめていく。


「主よ。この家に持ち主はいるのか?」


「たぶん、いないと思います。ずっと誰も使っていないから」


「ならば、我々が使っても問題はないな」


「この辺では、空いている家は先に住みついた人のものになるけど……」


 僕が答えると、ルキアさんは満足そうに頷いた。腰に手を当て、崩れた空き家の中央で堂々と胸を張る。


「決まりだ。今日より、ここが私と主の城だ」


「えぇ……」


 僕は頭上を見上げた。


 屋根の半分は崩れ、ぽっかりと開いた穴から青空が見えている。


「雨が降ったら、普通に濡れますよ?」


「まずは麻縄と布を使い、雨風を少しでも防げるようにしよう。屋根を直すには、木材と道具が必要だな」


 ルキアさんは僕の前へ膝をつき、まっすぐに目を合わせてくる。


「城の価値は、石壁の高さでは決まらない。主が暮らし、私が守る場所であるならば、ここは立派な城だ」


「そういうものなのかな……」


「そういうものだ」


 王様だった人が断言するのなら、そうなのかもしれない。


 僕たちは、ガチャで手に入れた品を床へ並べた。固いパンが2個半。清水は口の開いた瓶と、まだ使っていない瓶が1本ずつ。ほかには古びた毛布、小型の鍋、火打ち石、清潔な布、麻縄、針と糸がある。下級治癒薬の瓶だけは、中身が空になっていた。


「これだけあれば、雨風を防ぐための応急処置はできる。屋根を直す材料は、あとで調達しよう」


 ルキアさんは品物を確認しながら、迷いなく作業の順番を決めていく。僕は残ったパンを見つめ、昨日の子供たちの顔を思い浮かべた。


「あの、このパンなんですけど……」


「主が食べる分だ」


「まだ何も言っていません」


「言わずとも分かる。昨日の子供たちへ渡したいのだろう?」


 先回りされ、僕は口を閉じた。


「半分だけでも駄目ですか? あの子たち、今日も食べ物を見つけられるか分からないから」


「主も昨日、死にかけたばかりだ」


「でも、僕はもう大丈夫です」


 そう言って立ち上がろうとした途端、膝がふらついた。ルキアさんが素早く僕の腰を支え、毛布の上へ座らせる。


「今の動きのどこが大丈夫なのだ」


「……ごめんなさい」


「謝罪を求めているのではない」


 ルキアさんは固いパンを手に取り、半分に割った。


「これを食べた後なら、残りをどう使うかは主に任せよう」


「本当に?」


「ああ。ただし、今度は水を含ませて柔らかくする」


 ルキアさんは頬を赤くし、気まずそうに僕から顔を逸らした。昨夜のことを思い出し、僕の顔まで熱くなる。


 どちらも何も言えなくなった、その時だった。


 空き家の外から、複数の足音が聞こえてきた。


「おい、本当にここか?」


「ああ。見たこともねえ銀髪の上玉が入っていったって話だ」


 入口を塞ぐように、5人の男が姿を現した。


 誰もが汚れた服を着て、棍棒や錆びた短剣を持っている。先頭の男はルキアさんを見つけると、黄色く汚れた歯を見せて笑った。


「ヒャッハー! ここに上玉がいるってタレコミがあったが、本当にいやがるな!」


 男たちの視線が、ルキアさんの顔から身体へと移っていく。その目つきの意味は、子供の僕にも分かった。


「姉ちゃん、こんなガキと一緒じゃ苦労するだろ。俺たちについてこいよ」


 ルキアさんは立ち上がり、男たちを静かに見渡した。碧い瞳から、先ほどまでの温かさが消えている。


「ルキアさんには、何もしないでください!」


 僕は床へ手をつき、どうにか立ち上がった。震える足を前へ運び、ルキアさんを背にして両腕を広げる。


「この人は、僕を助けてくれた大切な人なんです」


 背後で、ルキアさんが息を呑んだ。


 先頭の男は顔をしかめ、棍棒を肩へ担ぐ。


「うるせぇ! クソガキは引っ込んでろ!」


「帰ってください」


「死にさらせ!」


 男が棍棒を振り上げた。


 身体が動かなかった。避けなければならないと分かっているのに、足に力が入らない。


 棍棒が頭へ落ちてくる直前、白銀の髪が視界を横切った。


 ルキアさんが僕の前に立ち、片手で棍棒を受け止めていた。


「なっ……!」


 男が両手で引いても押しても、棍棒は彼女の手から動かない。


「私の主を傷つけようとしたな」


 ルキアさんの指が棍棒へ食い込み、乾いた音とともに木が砕けた。


「その罪、万死に値する」


「は……?」


 ルキアさんの拳が、男の頬へ突き刺さった。


 男の身体が宙を飛び、後ろにいた2人を巻き込んで空き家の外へ転がっていく。


「な、なんだ、この女……!」


「全員でやれ!」


 残った2人が短剣を抜いた。


 ルキアさんは僕を背後へかばい、腰の剣へ手をかける。鞘から抜き放たれた白銀の刀身が、薄暗い空き家を眩しく照らした。


「力のない者から奪い、欲望のために人を傷つける」


 ルキアさんが剣の切っ先を男たちへ向ける。


「貴様らは悪だな」


 一歩、ルキアさんが踏み出した。


「ならば、ゴミは掃除しよう。正義執行だ」


 白銀の光が横へ走ろうとした瞬間、僕はルキアさんの服をつかんだ。


「ルキアさん!」


 剣が止まる。切っ先は先頭に立っていた男の鼻先で静止し、数本の髪が床へ落ちた。


「悪いことをした人たちだけど、殺さないであげてください!」


「しかし、主を殺そうとした者たちだ」


「僕は生きています。追い返すだけでいいんです!」


 男たちは青ざめた顔で何度も頷いていた。


 ルキアさんは僕と男たちを交互に見ると、眉間へ指を当て、苦しそうに目を閉じた。


「くっ……そのような可愛らしい顔で懇願されては、私に断れるはずがないではないか」


 ルキアさんは剣を鞘へ戻した。


「主がそう望むなら、殺すのはやめよう」


 男たちの顔に安堵が広がる。


「よ、よかった……」


「安心しろ。命までは奪わない」


 ルキアさんは穏やかに微笑んだ。


「二度と弱者へ手を出そうと思わぬ程度には、教え込むがな」


「待て! 話が違うだろ!」


 ルキアさんの姿が消えた。


 次の瞬間、鞘が男の短剣を弾き飛ばし、返す一撃が腹へ入る。男が膝をつくより早く、もう1人も足を払われて床へ転がった。


 外へ吹き飛ばされていた3人が起き上がろうとしたところへ、ルキアさんが静かに歩み寄る。


「まだ続けるか?」


「ひっ……!」


 男たちは首を横へ振り、武器から手を離した。


◇  ◇  ◇


 5人の男たちは、空き家の前で地面に座り込んでいた。


 顔や腹を押さえて呻いているものの、全員が自分で身体を起こせている。ルキアさんは男たち全員から武器を取り上げ、地面へまとめていた。先頭の男が持っていた棍棒は砕け、残りの棍棒と錆びた短剣は、彼らの手が届かない場所に置かれている。


 男たちに戦う気は、もう残っていなかった。


「では、二度とこの城へ近づかないように」


「は、はい……」


「仲間にも伝えろ。この周辺で弱者を傷つければ、次は私が会いに行く」


「分かりました……」


 男たちはよろめきながら立ち上がり、空き家から離れていく。


「待て」


 ルキアさんの声が落ちた瞬間、5人の身体が揃って固まった。


「貴様ら、詫びというものを知らないのか?」


「わ、詫び……?」


「私の主へ恐怖を与え、城へ押し入り、私を連れ去ろうとした。何もせずに帰れると思っているのか?」


 ルキアさんが一歩近づくと、男たちは慌てて懐を探った。


 銅貨の入った袋、干し肉、革製の水筒が次々と地面へ置かれていく。


「こ、これで勘弁してください!」


「有り金は全部置いていきます!」


「全部は駄目です」


 僕が止めると、男たちは必死に首を横へ振った。


「いいから受け取ってくれ! もう二度とここには来ねえ!」


「頼むから、それで許してくれ!」


 ルキアさんは干し肉と水筒を拾い、男たちへ投げ返した。


「食料と水は持っていけ。武器は没収する。そこまで正義に感銘を受けたというのなら、寄付はありがたく受け取ろう」


「は、はい! ありがとうございます!」


「それから、謝罪は相手の目を見て行うものだ」


 男たちは僕へ向き直り、怯えた目でこちらを見ながら深く頭を下げた。


「申し訳ありませんでした!」


「もう二度と悪いことはしません!」


「よろしい。反省の心はあるようだな」


 ルキアさんが頷くと、男たちは転がるように逃げていった。


 その背中が見えなくなってから、ルキアさんは銅貨の袋を僕へ差し出した。


「主よ。当面の資金を得ることができた」


「これ、もらっていいんですか?」


「もちろんだ。彼らも正義の尊さに感動し、我らの城へ資金を提供してくれたのだからな」


 僕は銅貨の袋と、男たちが逃げていった路地を交互に見た。


「えぇ……」


―――

【今回の貢献ポイント】

・仲間と協力し、暴漢を撃退した:+10

・不必要な殺生を止めた:+5


 獲得ポイント:15

 所持ポイント:20/100

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