第17話 隣も我らの領地だ
屋根を直してから数日、僕たちは角兎討伐と薬草採取の依頼を1件ずつ達成した。
危険な魔物はルキアさんとカレンさんが倒し、僕も採取や魔石の回収を手伝った。依頼を終えるたびに銅貨は少しずつ増え、食べ物を買っても、前のように革袋が空になることはなくなった。
城の修繕へ使う分も、わずかではあるが残せるようになっていた。
◇ ◇ ◇
その日は薬草採取の依頼を終え、僕たちは貧民街へ戻ってきた。
細い路地へ入る前から、焦げた木と煙の臭いが漂っている。黒い煙はもう上がっていなかったが、奥から何人もの話し声が聞こえてきた。
「火事があったようだな」
ルキアさんが歩みを速める。
僕たちも後を追った。路地をいくつか曲がったところで、焼け落ちた小屋が見えた。
炭になった柱が傾き、屋根はほとんど残っていない。周囲の地面には消火に使われた水が溜まり、濡れた灰が黒い泥になっていた。
その小屋には、見覚えがあった。
「ここ……エマさんたちの家です」
喉の奥が詰まり、声がうまく出なかった。
僕は焼け跡へ駆け寄った。寝床に使っていた藁も、壁際に置かれていた小さな器も見当たらない。
「ノア! リナ!」
「ご主人様。お待ちくださいませ」
カレンさんが僕の肩をつかんだ。
「焼け跡の中へ入るのは危険でございます。まだ崩れる可能性がございます」
「でも、3人が……」
「コルジ兄ちゃん!」
背後から声が聞こえた。
振り返ると、路地の向こうからノアとリナが走ってくる。その後ろには、まだ少し顔色の悪いエマさんもいた。
「無事だったんだ……」
全身から力が抜け、僕はその場へ膝をつきそうになった。
ノアとリナが左右から抱きついてくる。僕も2人の背中へ腕を回した。
「ごめん。家が燃えちゃった」
「2人が謝ることじゃないよ」
エマさんは焼け落ちた小屋を見つめ、胸元で両手を握っていた。
「治療院へ経過を診てもらいに行っていたんです。戻ってきた時には、もう火が回っていて……」
「近くの小屋から出た火が、風で燃え移ったそうでございます」
周囲を調べていたカレンさんが戻ってきた。
「幸い、火はこの一帯で消し止められました。ですが、こちらの小屋は住める状態ではございません」
エマさんが唇を噛んだ。
「治療のお金も助けていただいたばかりなのに、今度は家まで……」
「僕たちの城へ来てください」
考えるより先に、言葉が出ていた。
「ご主人様?」
「エマさんも、ノアもリナも、僕たちの城で暮らせばいいんです」
ノアが目を輝かせたが、エマさんはすぐに首を横へ振った。
「そんなことはできません。あの家に6人で暮らすのは、いくら何でも狭すぎます」
「それは……」
僕たちの城には、僕とルキアさんが使う寝床と、カレンさんの敷物がある。食事を6人で囲むことはできても、毎晩そこで眠るのは難しい。
それでも、今夜眠る場所まで失わせるわけにはいかなかった。
「今夜は狭くても、僕たちの城で休んでください。明日から、みんなで暮らせる方法を考えましょう」
エマさんは迷った末、ノアとリナへ目を向けた。2人が不安そうに見上げると、静かに頭を下げる。
「……今夜だけ、甘えさせてください」
「はい」
ルキアさんは腕を組み、しばらく考えたあと、僕たちの城がある方角へ顔を向けた。
「主よ。城の隣にある家には、誰か住んでいるのか?」
「隣の家ですか?」
「ああ。屋根と壁は残っているが、人の気配はなかった」
僕は隣の廃屋を思い浮かべた。
何年も放置され、元の住人が戻ったこともない。貧民街では、もう誰の家とも扱われていなかった。
「誰も住んでいないと思います」
「付近はすでに調査しております」
カレンさんが穏やかに答えた。
「隣の建物には、現在どなたも住み着いておりません」
「現在は?」
「以前、住み着こうとした方々がおりました」
「いたんですか?」
「隣家へ住むだけなら止めませんでした。ですが、城から物を盗む相談をしておりましたので、二度と近づかないようお願いしておきました」
「お願い……」
「はい。短剣をお見せしながら、丁寧に」
ノアとリナがカレンさんを見上げたまま固まった。
「危害は加えておりません。ご主人様のご命令は守っております」
「それなら、いいですけど……」
本当に丁寧だったのかは、聞かない方がいい気がした。
「では決まりだ」
ルキアさんが胸を張る。
「隣も我らの領地にしよう!」
「領地……?」
「空いた家は、先に住みついた者が使うのであろう?」
「この辺りでは、そうですけど」
「ならば問題はない。主よ、城へ戻るぞ」
ルキアさんは迷いなく歩き始めた。僕たちもエマさんたちを連れ、焼け跡を離れた。
◇ ◇ ◇
城の隣にある廃屋は、近くで見ると僕たちの家以上に傾いていた。
屋根にはいくつも穴が開き、床には砂と枯れ葉が積もっている。壁の一部は腐っていたが、太い柱はまだ残っていた。
カレンさんは家の内外を歩き、柱や梁を順番に調べた。
「傷みはございますが、すぐに崩れる状態ではありません。腐った板を外し、屋根を補修すれば使用できるでしょう」
「こちらの家と城の間にある壁はどうだ?」
「この範囲は、建物を支える柱にかかっておりません。板を外せば、大人1人が通れるほどの出入口を作れます」
「では、任せろ」
「ルキアさん。何をするんですか?」
ルキアさんは僕の質問へ答えず、黒い騎士服の袖を軽くまくった。
カレンさんが壁板を留めている錆びた釘を外し、腐った部分へ鋸を入れていく。緩んだ板をルキアさんが1枚ずつ引き抜き、隣家の壁際へ重ねた。
最後に太い木枠だけが残った。
「ルキア様。そちらは持ち上げて外せます」
「うむ。最後は私に任せろ」
「2人とも、少し離れていてくださいませ」
カレンさんが僕と兄妹を下がらせる。
ルキアさんは木枠の下へ指をかけると、そのまま軽々と持ち上げた。床へ横たえると低い音が鳴り、僕たちの城と隣の廃屋の間に、1人が通れるほどの出入口が開いた。
ルキアさんは満足そうに、新しくできた出入口を示す。
「ほら、城がつながったぞ」
「えぇ……」
僕には、それ以外の言葉が出てこなかった。
カレンさんはスカートの裾をつまみ、僕へ丁寧に一礼する。
「領地拡大、おめでとうございます。ご主人様」
「本当に領地になったんですか……?」
「主が暮らすと決めたのだ。今日からここも城である」
王様だった人が断言するなら、たぶんそういうものなのだろう。
カレンさんは外した板のうち、傷みの少ない1枚を出入口へ当て、太い縄で柱へ仮留めした。
「隣家の修理が終わるまでは、夜はこちらで塞ぎましょう」
◇ ◇ ◇
僕たちは隣家の片づけを始めた。
カレンさんが腐った板や錆びた釘を見つけ、ルキアさんが大きな瓦礫を外へ運ぶ。僕とノアとリナは、尖っていない木片や枯れ葉を集めた。
エマさんも片づけを手伝おうとしたが、僕は慌てて止めた。
「エマさんは、まだ休んでいた方がいいです」
「重い物は持ちません。それでも、自分たちが暮らす場所なら、私にもできることをさせてください」
その言葉を聞き、僕は少し考えた。
「では、無理だけはしないでください。埃の少ない城側で、運び出した器や布を仕分けてもらえますか?」
「はい。ありがとうございます、コルジさん」
皆で動くと、砂と枯れ葉に埋もれていた床が少しずつ見えてきた。
日が傾く頃には、危険な物を取り除き、6人が座れる場所を作ることができた。屋根の穴も壁の隙間も残っているため、今夜から暮らせる状態ではない。
今夜は藁入りの敷物と丈夫な麻布を城の床へ広げ、2枚の毛布を使って、6人で身を寄せて眠ることにした。明日からは隣家の屋根と壁を直し、エマさんたちが安心して休める場所を作っていく。
エマさんは新しく開いた出入口の向こうを見ながら、静かに笑った。
「本当に、ここで一緒に暮らしてもいいのでしょうか」
「もちろんです」
「僕たちも手伝うよ!」
「屋根も壁も、みんなで直そう」
ノアとリナが声を上げる。
「うむ。我が城は、まだ広くなるぞ」
「隣の家は、もうありませんからね?」
僕が念を押すと、ルキアさんは外へ目を向けた。
「向かいには空き家があるな」
「増やしません!」
リナが吹き出し、ノアも声を上げて笑った。
エマさんまで口元を押さえ、カレンさんもわずかに目を細めている。
焼けた家は元には戻らない。それでも、エマさんたちが帰る場所まで失わずに済んだ。
僕たちの城は、6人で直していく城になった。
―――
【今回の貢献ポイント】
・冒険者ギルドの依頼「角兎の討伐」を達成した:+10
・冒険者ギルドの依頼「薬草の採取」を達成した:+10
・火事で家を失った親子を城へ受け入れた:+10
・隣の廃屋から危険物を取り除いた:+5
獲得ポイント:35
所持ポイント:39/100
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