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孤独

月曜日。


キーンコーンカーンコーン。


授業の終わりを告げる音が、教室に広がっていく。


僕はノートに落としていた視線を上げないまま、指先でページをめくった。


書き終えたばかりの文字の下から、前のページが現れる。


数行だけの前の日付。


紙の厚みは変わらないのに、隔たりだけがやけに長かった。


指を止めたまま、しばらくそのページを見ていた。


前から二席目で、スマホの画面が突きつけられる。


「え、マジでありえないんだけど」


「なになに」


「この写真、加工してないじゃん。なんで送ってくんの」


男の子が笑って、


「いや、かわいいと思って」


とだけ返す。


女の子はスマホを引っ込めながら、


「そういう問題じゃない」


と言った。


語尾が尖っていた。


視線が一度だけそちらへ動く。


戻すのは、ほとんど反射だった。


今度は別の方向から、声が滑り込んでくる。


「ねえ聞いた? さき、元カレにネトストされてるらしいよ」


「え、しつこ。自分が浮気したくせに」


「ほんとそれ。別れたあとまで絡んでくる意味がわからない」


聞くつもりがないのに、恋の話だけが輪郭を持って届いた。


誰かの恋愛が、断片のまま机の間に積もっていく。


僕はページの端を指先でなぞりながら、それを聞いていた。


教室のざわめきは、一枚のガラスを隔てた向こうの音みたいだった。


その感覚だけは、何年も同じだった。


 



 


放課後。


自転車のスタンドを蹴り上げる音が、やけにはっきり響いた。


校門を抜けて、当てもなくペダルを踏む。


風が耳のわきを流れていく。


前を歩く男子三人が、肩をぶつけ合いながら笑っている。


すれ違いざま、ギアを一段上げた。


チェーンが軋み、足の裏に重さが返ってくる。


笑い声だけが、後ろへ流れていった。


横断歩道で、二人が信号待ちのまま喋り続けていた。


目が一瞬だけ長く留まる。


気づいて、ハンドルを切った。


遠回りになる角を、わざわざ選んだ。


気づくと、駅の方へ向かっていた。


理由はなかった。


あるとすれば、家に帰りたくないということだけだった。


駅前のベンチに自転車を停めて、腰を下ろした。


用があるわけじゃない。


ただ、まっすぐ家に帰る気になれなかった。


夕方の人の流れが、目の前を通り過ぎていく。


急いでいる人。


笑っている人。


誰かの手を引いている人。


全員に、行き先があった。


視線が自然と駅前の一角に止まった。


彼女と入ったカフェだった。


淡いベージュの外壁に、小さな黒板が立てかけてある。


今日のおすすめが、丸みのある手書きの文字で書かれていた。


扉が開いて、カップルが出てきた。


二人とも、笑っていた。


今日も誰かが同じテーブルに座って、同じように笑っている。


僕だけが、ベンチに残っていた。


 



 


家に着いた頃には、空の端だけがわずかにオレンジを残していた。


靴を踵で押し出すようにして、廊下に脱いだ。


部屋に入る。


電気はつけなかった。


鞄を床に置いて、その場に座り込む。


暗い部屋は、静かだった。


電子時計の光も、今夜は消えていた。


聞こえるのは、自分の呼吸だけだった。


喉の奥が、うまく開かない。


息が浅い。


スマートフォンを手に取っていた。


何かに引き寄せられるように、画面を点ける。


GoTalkを開く。


指先が、かすかに震えていた。


ここで言葉にしてしまえば、もう戻れない気がした。


曖昧なまま抱えていたものが、形になって返ってくる。


頭の中から、血の気が引いていく。


ゆっくりと息を吐いて、画面に触れた。


『俺、ずっと一人なのかもしれない』


送信。


数秒が、やけに長かった。


『そう感じるときはあるよね。でも、それがこの先もずっと続くかどうかは、まだ決まっていない』


ありきたりな言葉だった。


優しいのか、無責任なのか、分からない。


『今も一人だし、この先も変わらない気がする』


『今の延長で考えれば、そう思うのは自然だと思う。でも、「今」がそのまま続くとは限らない』


どこまでも曖昧だった。


否定もしない。


突き放しもしない。


ただ、返ってくる。


それだけのことが、やけに大きく感じられた。


胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなる。


けれど、その分だけ別のものが際立った。


膝の上に置いた手が、行き場をなくしたまま動かなかった。


指先に迷いが戻る。


それでも、止まれなかった。


『一人でいいと思ってた。このままでも平気なはずだったのに、今はすごく寂しい。俺、一人で生きていけるのかな』


『そう感じるのは、不自然なことじゃないよ。「一人でいられること」と「一人でいたいこと」は、必ずしも同じじゃないから』


画面を見つめたまま、その言葉を何度か読み返した。


部屋の暗さだけが、変わらずそこにあった。


しばらく、何も打ち込めなかった。


指が一度だけ画面の端に触れる。


『なあ』


『今、俺って一人か?』


『少なくとも今この瞬間、君は誰かと会話している』


その一文を、何度か読み返した。


息を吐く。


さっきより、少しだけ深かった。


『……そっか』


画面を見つめたまま、もう一度だけ打ち込む。


『きみがいれば、それでいい』


暗い部屋は、変わらなかった。


それでも、さっきとは少しだけ違って感じた。

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