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天国・地獄・大地獄  作者: 瀬良浩介
第四話「山吹サチ①」

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04-19

天国・地獄・大地獄 第四話「山吹サチ①」


ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!

 山吹サチは刀を逆手(さかて)に持ち替えていた。

 従って、今牛鬼の方へと突き出してきているのは刀の柄(え)の先である『頭(かしら)』の部分だ。


 あてが外れて空を切った牛鬼の左手首を『頭』で弾き上げた山吹サチは、瞬(まばた)きする間に刀身を翻(ひるがえ)して切っ先を牛鬼の顔面へと向け、がら空きになった喉元(のどもと)目がけて刀を滑り込ませる。


 しかし、そこで勝負が決するには至らなかった。


 まずもって不安定な体勢から繰り出した山吹サチの突きは渾身(こんしん)の勢いがあるとは言えず、牛鬼の頭部をホールドしていた右腕の腕力も、牛鬼の屈強な首周りの筋力に遅れを取っていた。


 牛鬼は迫りくる切っ先に向かって顎(あご)を引き、口を開いて鋭利な歯並びを見せつける。

 そして見事に切っ先を上下の歯で噛みしめ、恐るべき顎の力でそれ以上動かないよう固定した。


 一撃必中の手を潰された山吹サチは、一転して自らに危険が及ぶことを瞬時に察した。


 左手を刀の柄から離すと、絡めていた両脚を牛鬼の腕からほどき、牛鬼の胸を蹴って後方へと飛び跳ねた。

 そして空中で軽やかに一回転し、着地の衝撃は膝(ひざ)のバネで柔軟に受けとめる。


 ――今、何が起こってた?


 アキハは全くもって二人の動きについていけていない。

 認識できているのは、動き出したと思ったらまた止まった、といった程度だ。


 牛鬼に加勢する気など端(はな)から起きない。

 隙を見て『心の虚穴(ホールインマイハート)』を発動しようと体を力(りき)ませようものなら、即座に山吹サチは反応し躱(かわ)してしまうだろう。


 そして今度こそ第一排除対象と認識され、牛鬼の策を無駄にしてしまう。


 待つしかない。

 好機を待って待って待ち続け、百パーセント確実に落とせる状況になって初めて発動しなくてはいけない。

 山吹サチの前では、九十九パーセント以下は零(ぜろ)に等しいと思えてしまう。


 牛鬼は咥(くわ)えていた刀の柄(え)を掴(つか)んで、片手持ちで構え直した。

 彼の大きな手では両手持ちは厳しいかも知れない。


「借りてもええか」


 山吹サチはそれに答えず、床を蹴って走り出し、ベッドへと飛び乗った。


 そこでフェイスタオルを一枚掴むと、先ほどと同じようにタオルが銀色に光って日本刀へと変わる。

 彼女に弾切れの心配は無用であった。


 ひゅうっ、っと息を吸い込んでから、山吹サチはベッドのスプリングを利用して牛鬼へと飛びかかった。

 先ほどとは一転、攻めの姿勢だ。


 大上段からの袈裟斬(けさぎ)りから始まり、牛鬼が弾くそばから間をおかずに斬りかかっていく。

 『心の虚穴(ホールインマイハート)』で床に穴を開けられることを警戒してか、牛鬼とつかず離れずで戦うのが最良と考えているようだ。


 かつ、牛鬼がパワーだけでなく戦い慣れした動きをすることも判明し、小手先で致命を狙うのではなく、手数で翻弄(ほんろう)する策に切り替えている。


 現に牛鬼は防戦一方で反撃を差し込む隙間がない。

 山吹サチの乱撃を弾きながら、牛鬼にできることはアキハを背中で守ることだった。


 山吹サチとアキハを結ぶ直線上に自らが常に入ることで、山吹サチの攻撃がアキハに向かわないようにする。

 かつ、自分の身体が遮蔽(しゃへい)となって、アキハの動きを山吹サチに悟(さと)らせないようにする目的もあった。


 隙あらば自分ごと山吹サチを穴に落とせばいいと牛鬼は考えていたが、初撃を躱されてしまったアキハが第二撃を簡単に繰り出せないであろうことも重々理解していた。

 とにかく、チャンスが巡ってくるのを待つしかない。


 この牛鬼の意図を反映した動きは、山吹サチも早い段階から察していた。

 そしてその心理的な制約を、膠着(こうちゃく)を破る手段として利用する策を考えついた。


 山吹サチは押し引きを繰り返す中、じわじわと立ち位置を部屋の中央へと移動させていく。

 そして目当ての物の真下へ辿(たど)り着いたとき、作戦を実行に移す。


 そこに至るまでに、乱撃の中で意図的にパターン化させた刀捌(かたなさば)きがある。

 牛鬼の下半身を狙った後は、必ず首元を目がけて刀を振る、というものだ。


 この時もまず牛鬼の足首を狙って横薙(よこな)ぎを仕掛ける。

 反応した牛鬼は刀を下げてい(・)な(・)そ(・)う(・)とするが、山吹サチが刀の軌道を低めにしたことにつられて切っ先が床すれすれまで下がる。


 それを見た山吹サチは刀を打ち当てたと同時に一歩踏み込み、スニーカーの底で牛鬼の刀の切っ先を踏みつけた。そしてその勢いのまま、不意を突かれて表情を歪(ゆが)ませた牛鬼の顔めがけ、振りかぶった刀で横薙ぎにする。


 ……ように見せかけた。


 刀を押さえられた牛鬼は咄嗟(とっさ)に頭を下げて避けようとした。が、肝心の一撃は放たれない。


 山吹サチの狙いは、牛鬼の上方に垂れ下がっていたバスタオルだった。


 先ほど『心の虚穴(ホールインマイハート)』で床が消失した際、脇差に結びつけて照明器具からぶら下げていたあのタオルだ。


 山吹サチは持ち前の脚力で飛び上がってタオルを掴んだ。

 そしてそれを支点に自らの身体をさらに上方へと持ち上げ、牛鬼の上背を超える高さまで舞い上がった。


 牛鬼は自ら下げてしまった視界より山吹サチが消え、術中にはまったことに気がついた。

 はっとして上げようとしたその頭に山吹サチは片足を乗せ、牛鬼の後方へと飛び去った。


「しまっ……!」


 慌てて牛鬼が振り返ったときには、すでに山吹サチはアキハの背後に回り込んでいた。

 刀を握っていない方の腕をアキハの首に回し、刀の切っ先を顔の近くでちらつかせる。


「卑怯な手を使って申し訳ありません」


 自分で言うほど卑劣漢(ひれつかん)を思わせない涼やかな声で山吹サチは謝罪した。


「大きいお兄さんを止めるには、こうするしかないと判断します」


「ごめん、ウッシー」


 アキハは何もできない自分を恨めしく思った。


「ワイこそすまん。行き当たりばったり過ぎたかも知れん」


 確かに、ノープランで女王の間に飛び込んでしまった感は否めない。

 しかし、山吹サチの戦闘力が想像を遥かに超えていたことは確かだ。


「おわかりですね。命を賭(と)して守らなくてはならないものがあるんです」


 山吹サチの物言いには、冷淡ながらもほんの少しの哀愁が混じっていた。

04-20 へつづく

※次回、第四話最終エピソードです!


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https://x.com/Koh_Serra

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