04-20
天国・地獄・大地獄 第四話「山吹サチ①」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「大きいお兄さん、ここで自害願います」
「あー」
牛鬼は、先ほど割られた額から流れる血を拭いながら答える。
「せやけどワイ、死んでもすぐ戻ってきてまうが」
「よくわかりませんが、死んでいただくのが決まりです」
そのままの意味であったが、山吹サチは牛鬼が鬼であるという認識がないようだった。
そもそも、地獄の基本的なルールすら理解しているかも怪しく感じる。
「まあ、ワイが死ぬのは構わんが、その嬢ちゃんには手を出さず、話を聞いてやってくれんか?」
牛鬼が交渉を試みてくれるが、この冷徹な女王様に通じるのかアキハには疑問だった。
だが、アキハの首に回した腕に緊張が走り、かすかに震えたように感じる。
それは、山吹サチの中にある人間性を証明するものだった。
「わかります。けれど、決まりは決まりなんです。決まりを破れば、全てが破滅する。だから、あなた方はここで死んでいただくのです」
アキハは、山吹サチの絶望が背中越しに伝わってくるのを感じていた。
これが火の【業】の男が言っていた『痛み』ということか。
あの男が山吹サチを深く理解できたのに、自分にはできていないことにアキハは悔しさを感じる。
――アッシにも、ウッシーみたいな亡者を取り込む力があればいいのに。
言葉で語り合えないのなら、混ざり合って記憶を共有できたらどんなに楽か。
言葉というフィルターを通さず、純粋に相手の記憶を受け止められたら。
人が人を理解するのに近道など存在しない。
しかし、人智を超越したこの地獄であれば、そんな夢物語のような方法論があってもいいのではないだろうか。
取り込む。
混ざり合う。
アキハは脳裏に浮かんだ二つの言葉を心で繰り返しながら、漠然としたアイディアが生まれてくるのを感じていた。
百パーセントでなければ、山吹サチに策を講じることはできない。
しかし今この状況、これは百パーセントに限りなく近いのではないかとアキハは思い始めている。
しかし、成功確率の振れ幅は大きい。
まだ試したことのないことをいざ実行しようとするとき、確率を上げるのは結局のところ根拠のない自信だ。
――できる。アッシにはできる!やってやる!
アキハは心の中で念じた。
【業】は自らの罪であり、それを償うための『可能性』でもあるのだと強く思い込んだ。
――だから、力を貸せ、『心の虚穴』!!
アキハが心で【業】の名を初めて唱えた瞬間、アキハの足元を中心に半径一メートル程の穴が床に発生した。
完全に虚を突かれた山吹サチは、自らの身体が一瞬で自由落下状態に陥ったことが理解できず、なんの反応もできず硬直してしまっていた。
――集中だ。タイミングを誤るな!
アキハの脳内にアドレナリンが満ち溢れ、時間の流れがゆっくりになる。
表のマンションで亡者に床ギロチンを食らわせた時とはまた違う。
もっと身体が落ちたタイミングを見計らう必要があった。
だが今回はギロチンするつもりはない。
そして、その格好のタイミングがやってくる。
――閉じて、拘束しろ!
アキハの脳内命令に従うように、穴が中心に向かってすぼみ出す。
ちょうどアキハの胸あたりが床面の高さにくる程度に落下しており、そのまま穴が閉じていれば山吹サチもろとも胴体切断の憂き目にあっただろう。
しかしアキハがイメージしていたのは、穴を閉じきるのではなく、二人の身体ぎりぎりのところで停止させることだった。
かくして穴は二人の身体を押さえつける形で収縮を止め、二人の落下はそこで止まって床に固定された。
まるで胸から下を地中に埋められてしまったような格好だ。
山吹サチが右手に握っていた日本刀もアキハの胸あたりで押さえつけられるように固定され、それ以上動かすことはできなくなっている。
アキハの目論見通り、山吹サチを『保定』することに成功していた。
「ウッシー、今のうちに食って!」
アキハと山吹サチが真っ二つの上半身だけになったのかと勘違いした牛鬼は、アキハの叫び声で我に返った。
そして状況を理解して、二人の元に駆け寄る。
「なんや、エラいことしよったな!」
「女王様、掴まえて!飲み込むときに緩めるから」
牛鬼が山吹サチの背後に回り込み、日本刀を床に落としてその肩を両手で掴む。
山吹サチは身動きが取れない中、苦悶の表情で呟いている。
「小さいお嬢さんが、これをやっているんですか?一体どうやって……」
いざ掴んだはいいものの、山吹サチがアキハの首に回した腕を離すどころか、きつく固定していることに気づいた牛鬼は、その肩から手を離してしまう。
「あかん、山吹女王の腕を切り落とさんと、アキハを引き剥がせん」
「そんなことしなくていい!」
床から日本刀を拾おうとする牛鬼を叫んで制するアキハ。牛鬼は目を丸くする。
「へ?」
アキハは自暴自棄になったのでも、自己犠牲願望があるわけでもない。
元より、そうしてもらうためにこの作戦を実行したのだ。
「アッシごと食って!」
共に牛鬼に食され、牛鬼の中で混ざり合う。そんなことが可能だなんて説明を受けていたわけでもない。
というより、牛鬼ですらそんなことを試したことがない可能性もある。
しかしアキハは地獄に落ちて【業】に目覚めて以来、可能性の虜になっていた。
それもというのも、死という生物的な枷から自由になり、ある種の無敵精神状態になっていたからだ。
「いや、そんなことしたら、どうなるかわからへんぞ!?」
「いいから、やって!」
案の定、牛鬼も二人同時は初めてのようだ。
しかし、アキハの気迫に押されて意を決したようだった。
「ワイは知らんからな!」
牛鬼は再び山吹サチの両肩を掴み、口を首から肩まで大きく開いて、二人の頭に覆いかぶさりながら叫んだ。
「緩めろ!」
牛鬼の口が頭上からかぶさり、視界が暗転したと同時にアキハは穴の幅を広げた。
二人の胴体が余裕をもって通る大きさだ。
牛鬼の口腔内はヌメりと生温かさで、想像通りの不快さがあった。
ずるずると喉の奥へと運ばれていく様は、ヘビに飲み込まれたカエルになった気分を味わう絶好の機会だ。
山吹サチは悲鳴を上げるでもなく、アキハとともに飲み込まれていく。
左腕はまだしっかりとアキハの首に回されていた。
――それでいいよ、女王様。アッシと一つになろ。
アキハは右手をもぞもぞと動かし、山吹サチの左腕にそっと触れる。
ちょうどそのタイミングでアキハと山吹サチの全身が牛鬼の口の中へ収まり、牛鬼はその口をしっかりと閉じた。
第四話「山吹サチ①」・了
第五話「山吹サチ②」 へつづく……
近日連載再開!どうぞご期待ください!
Xで情報発信中!
https://x.com/Koh_Serra




