04-18
天国・地獄・大地獄 第四話「山吹サチ①」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「腹割って話さんか?先に仕掛けたんは謝る」
牛鬼が言葉を投げるが、山吹サチは切り捨てるように返事をする。
「私たちの寝床を襲う者は、死んで戴くのが決まりです」
――私たちって、家族のことか?
先ほどからアキハは、山吹サチの言動に違和感ばかりを覚えていた。
二人が部屋に入ったときの慇懃な態度、『お店』『私たち』『寝床』といったワード。
やはり牛鬼が言っていた通り山吹サチは混乱の境地に立っているように思えたが、どこか信念を感じさせる物言いだった。
ふと、脳裏によぎった言葉が口をついて出る。
「誰かを守ろうとしてる?」
それを聞いた山吹サチは目を細めた。
「ええ、ここではお互いを守ります。ただ、私は守られ過ぎました。今度は私が家族を守る番です」
山吹サチは刀を右手に持ち替え、そこに左手を添えて両手で持つ。
柄の部分を顔のすぐ横まで持ち上げ、刃が垂直に屹立する。
いわゆる剣道でいう八相の構えというやつだ。
まるで冷たい殺気が部屋中を満たしていくようにアキハは感じる。
しかし、違和感の正体は殺気の向け方にあった。
他の亡者のように私利私欲ではなく、他人を守るために殺そうとしている。
それはマンション内で三人一組の家族を構成していた亡者たちに通ずるものがある。
火の【業】の男が言っていた『痛み』がそこにあるのだろうか。
このマンションを作り上げたのも、守りたい一心からくるものだったのではないか。
アキハは俄然、山吹サチの過去に興味が湧いてきていた。
「あんさんの事情を理解するには、話し合うか、ワイがあんさんを食うしかないんやが」
牛鬼は亡者を食って【業】をコピーする際、その亡者の記憶を垣間見ることができる。
牛鬼も同じように山吹サチの内面を知りたい様子だ。
アキハが鬼の継承を辞退した場合、次点の候補は彼女になるのだから当然だろう。
「食われるのは御免被りたいですね」
山吹サチは左足を前にしながら、じりじりと摺り足で牛鬼に近づいていく。
先ほどタオルを使ってサーカスじみたことをしたと思いきや、今度は相手の動きを待ち受ける『静』の動きだ。
「その刀が言葉の代わりか?不器用なやっちゃ」
牛鬼も姿勢を低くして臨戦態勢に入る。
両手を胸の高さで構え、鋭い爪を相手に見せびらかすようにして威嚇する。
二人は同じくらいの速度でにじり寄っていた。
お互いがお互いの初動を探っている。
牛鬼にしてみれば、相手の両腕を封じてしまえば後は頭から飲み込むだけだ。
しかしスピードでは山吹サチに大きな利がある。
彼女の反射神経はそう簡単に身体を拘束させはしないだろう。
かといって牛鬼のパワーと強靭な肉体を両断できるほどの筋力はない。
必然的に、相手が互いの隙を窺って身動きが取れなくなる展開となってしまう。
二人の距離が縮む。
牛鬼が手を伸ばせば相手に触れられるし、山吹サチが刀を振り下ろせば袈裟がけに斬り下ろせる距離だ。
しかしまだ動けない。
それぞれの脳内では、自らの初手を躱されて反撃を食らう未来ばかりが繰り返されている。
しかしそんな中、牛鬼は先ほどアキハが地面に手をつこうとした際、山吹サチが反射的に跳躍したシーンを思い出していた。
膠着を破るにはそれしかない、牛鬼は賭けに出た。
牛鬼が視線を山吹サチの足元に向け、その両腕を足首目がけて振り下ろす。
得物を握る手腕を狙うのが順当であるはずだから、山吹サチにとってみたら予想外の動きであろう。
そうなると、山吹サチは防御反応として動かざるを得ない。
牛鬼の腕の動きとは『反対方向』に左足を下げる。と同時に刀を牛鬼の喉元目がけて振り下ろした。
だが、踏み込みとは真逆の『引き』の動作での振り下ろしに力は乗っていない。
動きを読んでいた牛鬼は屈みかけた姿勢から一転、バネのように反って頭を刀に向かって振り上げた。
刀は見事に牛鬼のこめかみの上、角と角の中間にクリーンヒットする。
しかし、あえて牛鬼はその部分で山吹サチの攻撃を受けたのだ。
この部分、特に牛の頭蓋骨は非常に頑丈にできている。
まるでコンクリートに打ちつけてしまったような甲高くも鈍い音が響き、ぱっと鮮血が飛び散るが、刀は弾かれて山吹サチは上半身のバランスを崩す。
隙を誘発させた牛鬼は、すかさず山吹サチの右腕に向かって手を伸ばす。
獲った、と思った瞬間、牛鬼の視界から山吹サチが消えた。
凄まじい背筋力で山吹サチは背中側へと反り返り、床に両手をついていたのだ。
その手を支点にして今度は下半身を跳ね上げ、自らの真上をかすめていった牛鬼の腕へと両脚を絡める。
まるでカポエイラの動きだ。
まだ山吹サチの動きは止まらない。
今度は絡めた脚を起点にして鉄棒運動でもするように、ぐるりと身体を持ち上げて牛鬼の『上』を取った。
意表を突かれた牛鬼は目を丸くして刀の行方を探す。
まだ見えない。軌跡を読まれないよう、意図的に身体の陰で得物を隠しているようだ。
山吹サチの右手が牛鬼の額へと伸び、片側の角を指で挟んで頭部をロックした。
いつの間にか刀を左手へと持ち替えている。
身体の陰から、その左手が動き出すのが牛鬼の目に映った。
反射的に牛鬼は、刀が自分の喉元を貫こうとしていることを予測し、防御のため左手を刀の予測軌道上にかざす。
しかし山吹サチの左手の先に、肝心の刀身が見当たらない。
04-19 へつづく
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