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天国・地獄・大地獄  作者: 瀬良浩介
第四話「山吹サチ①」

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04-17

天国・地獄・大地獄 第四話「山吹サチ①」


ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!

 アキハにとって誤算が重なる。


 ベッドに掴(つか)まるなどして落下を免(まぬが)れられぬよう、『心の虚穴(ホールインマイハート)』の範囲にはベッドのある場所も含めていた。

 現に、ベッドの真下の床は全て消失している。

 しかし、どういうわけかベッドは宙に浮くようにそこにあり、山吹サチの体重を軋(きし)みながらも支えられている。


 そのベッドは壁に接する部分がヒンジ構造で固定されており、使わないときは片側から持ち上げて壁に収納できるようなものだったのだ。


 よく観察すれば、ベッド上の吊戸棚(つりとだな)は、ちょうどベッドの面積分だけくり抜かれたような配置になっているのだが、初見でそれを見抜くのは至難の業(わざ)だったろう。


 ――しくった。初見殺しできない。


 アキハは心中で歯ぎしりをする。

 床に穴が開けられることがバレてしまっては、この後は確実に対策を取られてしまうだろう。


 ただひとつ、アキハがわざわざ手をついて発動したことは不幸中の幸いと言えた。

 足でも『心の虚穴(ホールインマイハート)』を発動できるという手の内をまだ隠しておけるからだ。


 ベッドの上で、山吹サチがゆっくりと立ち上がる。


「この穴は、攻撃ですね?」


 山吹サチは床に口を開けた穴を一瞥(いちべつ)してから、二人を見て言った。


「お店に来られたお客様ではなく、侵入外敵として処理いたします」


 ――なんだ、お店って?


 アキハの疑問がアウトプットされるのを待たずして、山吹サチは静かに振り返り、吊戸棚の扉のひとつを開けた。


 中には几帳面(きちょうめん)に折りたたまれたタオルが詰まっており、そこから複数のフェイスタオルやバスタオルを鷲掴(わしづか)みにし、ベッドの上に投げ出す。

 一体何が始まるのか、アキハには想像もつかない。


「どうしよう?」


 アキハは牛鬼に小声で尋ねるが、言い終わるかどうかのところで食い気味に牛鬼が「シッ」と息を吐いてそれを制した。


「指示を待て」


 牛鬼は小声でそれだけ言って、山吹サチから視線を外そうとしない。


 当の山吹サチは、ベッド上にばら撒(ま)いたタオルのふたつを手にとり、広げてから二枚の端と端をきつく結んだ。

 その一方を右手に持ち、左手では別のタオルを拾い上げて両脇にぶら下げる。


「私の【業(カルマ)】を、お許しください」


 まるで呪文のような文句を山吹サチが口走った途端、両手に持ったタオルがまばゆい銀色の光を放つ。


 あたりを照らすというより直線的に空間を裂くその光を見たときアキハは、祖母の介護で添(そ)い寝をしていたときに、カーテンの隙間から差し込んできた月の光を思い出していた。


 光はわずか一秒ほどで消え失せ、山吹サチが握っていたタオルは二振りの日本刀へと姿を変えていた。


 左手に持つ得物は一般的に日本刀として知名度のある打刀(うちがたな)サイズ、片や右手の得物は刀身が短い脇差(わきざし)サイズで、結びつけたバスタオルが柄の先から垂れている。


 牛鬼が亡者の記憶の中で見た日本刀。それは山吹サチの【業(カルマ)】によって、別の物体が日本刀へと姿を変えたものだったのだ。


 山吹サチは身を翻(ひるがえ)し、右手に持った短い方の刀を天井に向かって勢いよく放り投げた。

 刀は天井の埋め込み照明を狙っていた。


 照明には格子状に防護板が取り付けられており、刀は見事にその隙間へ入り込んで固定される。

 そうすることで、部屋中央の天井からバスタオルが垂れ下がっている状況が作り出されていた。


「来るで!」


 牛鬼が叫ぶが早いか、山吹サチが日本刀を片手にベッドから飛び跳ね、天井からぶら下がるバスタオルへと手を伸ばした。


 かの名作アニメで、野生児がジャングルのツタを利用して木から木へと飛び移っていたあの要領で、山吹サチは穴を回避しつつ二人の元へと飛びかかるつもりのようだった。


「穴よ、塞(ふさ)がれ!」


 山吹サチの手がタオルに触れるかどうかのタイミングで、牛鬼が叫びながら派手な音を立てて柏手を打った。


 アキハは一瞬、牛鬼の大きな手が合わさった破裂音に気を取られたが、すぐにそれが『指示』であることに気がついた。


 アキハは『心の虚穴(ホールインマイハート)』が開けた穴に意識を向け、塞がって元の床に戻るよう念じる。

 僅(わず)かな間も開けずに穴は中央に向かって収縮し、点の残像を残して床へと戻った。


 その時すでに山吹サチはバスタオルを掴んでおり、空中で円弧(えんこ)を描き始めていた。


 牛鬼はアキハを抱き寄せながら地面を蹴る。

 アキハを両腕の中で守るようにして床の上で一回転し、部屋の中央へと躍(おど)り出た。


 タオルを離した山吹サチは、先ほどまで二人がいたあたりに着地して、屈(かが)んだ体勢のまま二人の方へと向き直った。

 牛鬼とアキハを見比べながら、考え込んでいるように見える。

 そして、ゆっくり立ち上がりながら呟(つぶ)いた。


「穴を開けたのは、小さいお嬢さんの方かと思いましたが」


 ――なるほど。


 アキハは牛鬼の戦略に舌を巻いた。

 牛鬼の派手なアクションの直後に穴を塞いだことで、『心の虚穴(ホールインマイハート)』をどちらが発動させたのか山吹サチを混乱させている。


 ここでも、牛鬼は攻撃の的をアキハから自分へと逸(そ)らそうとしていたのだった。

04-18 へつづく


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