04-15
天国・地獄・大地獄 第四話「山吹サチ①」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「ほな、その扉の向こうに山吹女王がおるんやな」
男はうなずいて言う。
「邪魔だてはしない。なんなら姐さんの返り討ちにあうだろうくらいに思ってる。でももし、あんたらに争う意思がないなら」
男はそこで間を置いた。
まるで、言うつもりがなかった言葉をアドリブで絞り出そうとしている風だ。
「姐さんの痛みを理解してやってくれ」
男はそれだけを吐き捨てるように言って、学者先生にならって床に座り込んでしまった。
あとは女王様とよろしくやってくれ、ということらしい。
近衛兵としてはあるまじき職務放棄であるが、それだけ女王の強さに信頼を置いている証なのだろう。
――なんかちょっと、女王ラブ過ぎない?
男が女王に寄せる思いの端が伝わってきて、アキハは女王に軽い嫉妬の念を抱いていた。
どんな振る舞いをしたら他人にそこまで思いやられるのかと思考を巡らせる。
結果的に多くの亡者を葬って記憶世界を構築しているのだから、他人を食い物にする輩であることは間違いない。
それでも相手からラブを勝ち取るなんて、相当な人誑しに違いないだろう、そんな結論に至る。
酸欠で脳みそがボンヤリする中、それ以上の肯定的な論考はアキハにはできない。
「いくで」
牛鬼の声かけにアキハは無言で頷く。
「なんや、想像してたより、さらにやりにくそうな相手やわ」
歩きながらつぶやく牛鬼の心は、男の発言により揺れているようだった。
単なる人誑しだったら情けをかける必要などない、アキハはそう答えてやりたかったが、呼吸難で喋るのが億劫なのもあって口には出さなかった。
「まあとにかく、先手必勝作戦でええかな。隙を見て落としたれ」
「りょ」
アキハは『了解』を縮めて答えた。
牛鬼は一瞬だけ怪訝な顔をしたが、ニュアンスは伝わったようだった。
――こちとら、街一つ分の記憶世界の主だ。わからせてやんよ。
『心の虚穴』の応用もきくようになってきて、アキハの心には自信が生まれていた。
自分の立っていた床が一瞬で消え失せたとき、そこから生還できる者がどれほどいるだろう。
例えば、牛鬼がコピーしていたロープの【業】を使われたとして、穴の中からロープで引き上げてくる前に穴を閉じてしまえばそれでお陀仏なのだ。
ただし、『空中浮遊』なんていう特殊な【業】があたっとしたらお手上げではあるが。
「そういや、女王様の【業】が何か知ってる?」
まさか空中浮遊ではあるまいと思いながらも、アキハは念を入れて牛鬼に尋ねる。
「コピーした亡者の断片的な記憶では、刀を振るっとった」
「近接か。チョロそうだ」
『近接』とは、よくゲーム内で使われる単語で、『近接アタッカー職』の略だ。
要するに敵に近づいて攻撃しなくてはならない役回りのことで、飛び道具等を警戒しなくていいという安心感からの言葉だった。
だが、刀を振るうという情報だけでそれを判断するのは軽率と言える。
「油断すなや」
アキハの慢心を感じ取った牛鬼も釘を刺すが、人というものは山の高きに登れば登るほど足元を見ずに頂きばかり見上げてしまう。
一歩踏み外せばそこは奈落ということを忘れてしまうのだ。
アキハは今まさにそういう状態にあった。
二人は塔屋の扉前に辿り着く。
扉付近に窓がないため、中の様子は窺い知ることができない。
とはいえポータルの先は基本的に別空間なのだから、窓に映る――映っているように見える――景色はしょせん『書割』であるが。
アキハは牛鬼の出方を待つことなくドアノブに手をかけて捻り、扉を手間に開く。
息苦しさからさっさと解放されたい一心による積極性だ。
塔屋の室内は外見からイメージするよりやや広く見えたが、ひょっとすると実在の塔屋をそっくり再現しているのかも知れなかった。
面積にして十畳ほどの空間は物が少なく殺風景だ。
入り口から見て左手の壁際に寄せてベッドが置かれている。
ベッド上の壁にはアーチ形に吊戸棚が設置されているが、それ以外に家具は見当たらない。
反対側、右手の部屋の隅には様式便器が設置されており、そばの壁に洗面台もあった。
驚くことに便器周りに目隠しの仕切り板等は一切なく、睡眠と排泄に特化したその空間は監獄を想起させる。
その部屋に、山吹サチは居た。
04-16 へつづく
※次回の更新は月曜日です。
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