04-13
天国・地獄・大地獄 第四話「山吹サチ①」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「いや、とっくに『家族』たちが鍵、かけとるやろ。それより……ん、こいつは」
牛鬼も話しづらそうだ。お互いに呼吸が荒くなってきていることが見て取れる。
運動しているでもないのに、身体が酸欠を起こしかけているようだった。
「息苦しい」
アキハはさかんに呼吸を繰り返すが、一向に楽になる気配がない。
「酸素が、薄くなっとる。そういう【業】か」
「マ?」
二人は標高の高い山に登ったときと似たような状態に陥っている。
高山では単純に空気が薄くなって高山病を引き起こすが、今アキハたちの周りでは、空気の中の酸素の割合だけが急速に低下していた。
空気を吸えども吸えども、そこに酸素が含まれていないのであればいつか酸欠で死に至るだろう。
異変はそれだけではなかった。
「なんか、暑くない?」
まるで暖房の設定温度を間違えたかのように、気温がぐんぐんと上がってきているのを二人は感じていた。
そしてその熱源は、足元から感じている。
「下か?」
牛鬼は手すり壁から身を乗り出して階下の様子を窺う。
その目に映ったのは、空間全てを飲み込むように広がった火の海であった。
その火は物体を燃やしているわけではなく、まるで液体のような素振りで空間に満たされており、じわじわとその範囲を広げている。
もし広大な伽藍堂のような空間で見たら、巨大な火球が空間の中で径を広げていく様を目撃できただろう。
今や三階の床は火の海に飲み込まれており、火は二人のいる四階に迫ろうとしていた。
「下から火の海が迫っとる!恐らく別の【業】や。女王を守る二人のもんか」
牛鬼が『二人』と言ったのは、居住スペースにいた三人の亡者が、女一人を男二人で守る構図になっていたところから憶測したものだった。
特殊な【業】を持つ側近が女王を守っているとしても不思議ではない。
そしてアキハと牛鬼はそこまで気づく余裕はなかったが、『酸素』と『火』の【業】は非常に相性の良い組み合わせだった。
酸素の【業】は空間への酸素供給をストップさせるもので、本来ならゆっくりと亡者に酸欠を引き起こさせるものだ。
しかしそこに火の【業】が加わることで、火が酸素を消費し、劇的なスピードで空間の酸素量が低下していた。
ふたつの【業】の相乗効果が生まれる模範のような例だ。
「おい、アキハ、どこ行く?」
唐突に走り出したアキハの背中に向かって牛鬼が叫ぶ。
アキハはエレベーターホールへと向かっていた。
走るとすぐに息が上がってくる。あまり激しい運動はしない方がいいのだろうが、悠長にはしていられなかった。
アキハはエレベーターの前に辿り着き、呼び出しボタンを押す。
しかし、上も下もどちらを押しても反応がない。
「だめ、電源切られちゃってるみたい!」
ホールに顔を覗かせていた牛鬼に向かってアキハは叫ぶ。
「戻れ、アキハ」
アキハが呼吸を荒くしながら牛鬼の元へと戻ると、玄関ドアのノブに手をかける牛鬼の姿が目に入る。
先ほど出てきた玄関のドアを牛鬼が勢いよく引くと、強烈な金属音とともにドアチェーンが金具ごと吹き飛んだ。
「扉の向こうなら【業】は届かん」
「待って」
扉の先に頭を突っ込んだ牛鬼は、呼び止められて顔を戻す。
「どしたんや」
「戻っても、しょうがなくない?」
「せやかて、女王の部屋がどこなのかわからんかったら、七輪の上のサンマやぞ?」
切羽詰まった状況でも、立て板に水をかけたように言葉遊びが口をついて出る。
アキハは牛鬼の言語センスに舌を巻くが、今はそんな場合ではない。
「たぶんだけど、わざわざ下の階で火の【業】を発動させたってことは」
アキハは言葉を切って、牛鬼の脇から顔を玄関の中へと突っ込んだ。
ドア枠の面を境に別空間になっているように、居住スペースの中は酸素が豊富だった。
牛鬼の言う通り、酸素の【業】の影響はポータルを超えられない。
何度も深呼吸をするアキハを、リビングから三人の亡者がじっと見つめている。
アキハが視線に耐えられず「にへら」と笑うと、三人も笑顔を返す。
女王の傘下にいるはずなのだが、積極的にアキハたちを攻撃する様子もない。
どうにも調子を狂わされてしまう。
アキハは顔を外廊下側に戻し、牛鬼を見て言った。
「アッシたちを『上』へと誘導してる」
04-14 へつづく
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