04-12
天国・地獄・大地獄 第四話「山吹サチ①」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
「せやな。女王側の記憶空間は外通路が限界みたいや。壮大な書割やな」
「カキワリって何?」
牛鬼は身を乗り出し、余裕で景色の絵を指でコツコツ叩きながらアキハを見た。
「知らんか。歌舞伎とかの背景に描かれた絵のこっちゃ」
「歌舞伎なんか見たことない」
しかし、アキハはスマホで見た二・五次元演劇の映像を思い出していた。
あのステージでは、プロジェクション・マッピングで演者たちの後ろに背景を投影していたが、それが言わば現代の書割にあたるものなのだろう。
「こっちが女王様の記憶空間って言った?」
アキハは、牛鬼がさらりと言った言葉尻を引っ張り出した。
「ああ」
「じゃあ、向こう側のマンションは何だったの?」
「そこや。ワイはてっきり、女王の記憶はすでにアキハに取り込まれとるもんと思っとった」
取り込む、という言い回しが何を意味するか、アキハの脳が解釈するのに二秒ほどかかる。
「アッシがいつの間にか女王様を葬ってたかもってこと?」
「ああ。それなら、その後に女王が勢力を伸ばして、アキハの空間の端にマンションを作り上げたっていう説明が立つ。けど、そうやなかった。単に、空間と空間が接続しただけやったんや」
相手に記憶を奪われなくとも、記憶同士が接続することはある。
地獄に落ちて間もなく、アキハと今苗リュウタが繋がったように。
つまり、アキハと山吹女王の接続は偶然であったわけだ。
そうなると、アキハ側の空間にできあがったマンションが何なのか、アキハには見当もつかない。
「じゃ、あっち側のマンションは、なに?」
「女王側から染み出した、『影』みたいなもんやろな」
「カゲェ?」
未だ理解が及ばず、アキハは思わず間の抜けたオウム返しをしてしまう。
「本来、マンションはこっち側で完成して終わるはずやった。せやけど亡者の記憶接続が止まらんくなって、余り出したんちゃうかな。で、アキハ側でも同じようにマンションを作り出した」
「はあ。まさに侵食されたって感じ」
マンションがアキハの作り上げた『街』の景観を損ねていたことを思い出す。
「そう、まさに、や。アキハ側の亡者がマンションの亡者に取り込まれ、マンションはさらにでかく育ってった。おもろいわ。こんなでかい記憶同士が食い合うとこ、初めて見た」
プライベートを侵害されたような嫌悪感を抱くアキハをよそに、牛鬼はひとしきり感心している。
「いやでもさ、こっち側のマンションが完成したなら、どんどん世界を広げてけばよかったのに。アッシの街みたいに」
アキハは書割に描かれたビル群を眺めて言った。
こんな都会に住んでいたなら、いくらでも世界を広げられそうなものである。
その言葉に、牛鬼は親指と人差し指で自分の顎をつまむ。
「そこなんよな。なんか理由があって、女王はマンションしか作る気が起きんのかも知れんな」
「あの」
二人の背後から会話に割って入ったのは、部屋にいた三人の一人、若い男性の方だ。
「お話中すいません、ドア、閉めていいですか」
「え、あ、はい」
意表を突かれたアキハが反射的に答える。
クローザーが機能していないのか、開きっぱなしになっていたドアを閉めながら、若い男は言う。
「侵入者が来たら、ドアにチェーンをかけておく決まりなんで」
そのドアが閉まるやいなや、内側でドアチェーンをかける音が聞こえてきた。
アキハの自宅玄関と同じ仕様であるなら、ドア自体のロックはお飾りで機能していなかった。
しかし、ドアチェーンならばよほどの怪力でなければ開けられることはないだろう。
「えと……、なんで鍵かけるのかな?」
状況が掴めず、アキハはただぼんやりと呟くしかなかったが、牛鬼は何か勘付いたようだ。
「あかん、ブービートラップか!」
「ブービー?何?豚?」
アキハは呑気にも豚のキャラクターを思い浮かべている。
「ワイら、マンションの外に閉じ込められたぞ。気ぃ付け、攻撃が来るで!」
外に閉じ込められるという珍妙な言い回しが、アキハの論理的思考を邪魔しかけたが、ワンテンポ遅れて自らの置かれた状況に気付く。
――そうだった。外に見えるけどここも『部屋』なんだった。
つまり、外通路の先、階段を介して他のフロアとも空間が繋がっているわけで、見えない場所から二人を【業】で攻撃するには格好の状況であるのだ。
「どこか、入れるポータルを、探す?」
喋っている途中で息が切れそうになり、アキハは妙な息継ぎを意識した。
04-13 へつづく
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