04-06
天国・地獄・大地獄 第四話「山吹サチ①」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
男が歯を食いしばり、こめかみに青筋が浮く。
来る。アキハはその時に備えて、意識を集中させる。
静かに、確実に、埃すら動かないくらいゆっくりと。
「男をナメんじゃねえッ!!」
蛍光管を振りかざし、『壁抜け男』がアキハに突進する気配を見せる。
その刹那、男の肩越しを見つめていたアキハは、そこに期待していたものが見えて、賭けに勝ったことを確信した。
『壁抜け男』は気づいていなかったが、そこに天井はなかった。
男のすぐ後ろからエレベーターホールの入り口角の真上あたりまで、三、四メートル四方の天井は音もなく消え失せ、階上の様子が窺えるようになっていたのだ。
もちろんそれはアキハが【業】で開けた穴で、手で触れてさえいれば床でなくても開けられる、と強く確信していたからこそできた穴だった。
――ありがとう『間抜け男』。アッシが落ちそうになるのを助けてくれて。おかげで天井に触ることができた。
穴の向こう、アキハが期待を寄せていたそれは、穴越しにアキハとバチンと目が合い、即座に状況を理解した。
「ウッシー!!」
アキハが叫ぶが早いか、牛鬼はロケットスタートを切って五階から穴に飛び込む。
『壁抜け男』はアキハの叫び声を食らい、ビクンと身体を硬直させていた。
その隙を逃さず、男の背後に飛びかかった牛鬼は、その拳を男の後頭部へと叩きつけた。
パキンという音がアキハの耳に届いた気がした。
蛍光管が割れた時の方が、よっぽど派手で印象に残る音だったようにアキハは思う。
それは男の頚椎が砕けた音だった。
殴られた男の頭部は、首の付け根を支点にして勢いよく前方へと円運動を描き、およそ一八〇度回転して自らの胸部に激突した。
その衝撃で男の顔面は鼻っ面から胸の中へとめり込んでそのまま動かなくなる。
身体を軟化させられる『壁抜け男』も、骨格へのダメージは致命傷になったのだった。
「一度ならず二度までも、不覚を取ってしもて」
床に着地して片膝立ちとなっていた牛鬼は、そのままの姿勢で顔を上げてアキハを見た。
「しゃーなし。でもちゃんと期待に答えてくれたよ」
「ホンマ、さすがやわ」
『壁抜け男』を油断させ、隙を作って牛鬼に攻撃させる。
それが、アキハの導き出した唯一の存命法だった。
天井に穴を開けることは、根拠のない自信だったができると確信していた。
あとは、男をアキハの目の前、牛鬼が攻撃しやすい位置に誘導できるかにかかっていたのだ。
エレベーターが作動しているかは死角となって確認できなかったが、牛鬼の頭が消え失せていたことでリスポーンのタイミングを計ることはできた。
牛鬼は「一度ならず二度まで」と恐縮したが、エレベーターからリスポーンしてくるところを見ていたおかげで、アキハはこの作戦を思いついたのだった。
天井から吊るされた地雷ファッションのアキハと、それを助けて床に跪く牛鬼。
さながらそれは、囚われの姫を見事に助けおおせた王子か勇者か。
客観的に見たこの光景を、脳内において演出&BGMつきで再生したアキハは、最終的に牛鬼のビジュアルが全てを帳消しにしてしまうことをどうにもできず、眉間に皺を寄せて大きく溜め息をついた。
「なんやの、その溜め息?!」
状況にそぐわぬ溜め息に対し、牛鬼が抗議の声を上げる。
「なんで牛なのかなあ、って」
「いや、だからそれは。って、そんなことかい」
二人の顔に同時に笑みが浮かぶ。
まるでそのタイミングを待っていたかのように、『壁抜け男』の手から蛍光管がするりと抜け落ち、床に接触して残るガラス部も砕け散った。
続いて男自身の身体も、急に重力の存在を思い出したかのように天井から抜け落ち、引き倒されたマネキン人形のように力なく床へ落下する。
全裸の『壁抜け男』の肌は、通常の人の肌の色に戻っていた。
幸いにもうつ伏せの形で倒れたが、男の生尻を直視してしまったアキハは口の端を歪めて顔をしかめた。
次の瞬間、アキハの手を拘束していた【業】が消え失せ、油断していたアキハは手すり柵から前のめりになって外通路内へと倒れ込む。
それにすかさず牛鬼が反応し、アキハの両脇を両手で掴んで支え、そっと床に軟着陸させた。
床に降り立ったアキハは、牛鬼の繊細な身のこなしに感心する。
亡者を薙ぎ倒す『剛』とは正反対の『柔』だ。鬼になる前、生前は一体どんな人物だったのだろうか。
それとも長い鬼暮らしの中で会得したことなのか。
アキハは思いを巡らせながら牛鬼の顔を見つめていたが、結局最後は溜め息が出た。
「なんで牛かな」
「それはもうええて!」
04-07 へつづく
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