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天国・地獄・大地獄  作者: 瀬良浩介
第四話「山吹サチ①」

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04-05

天国・地獄・大地獄 第四話「山吹サチ①」


ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!

 アキハは、自分がこれまで好んで見聞きしてきた作品たちから、相手を罵倒(ばとう)できる言葉を記憶からかき集めてアウトプットしていた。

 自分にここまでのディスり能力が備わっているのは意外だった。


 ふと、アキハは祖母の言葉を思い出す。


「相手を(ののし)りたいと思った時にはね、相手に自分を重ねてごらん。自分自身を罵ることなんてできないはずだからね」


 ――ごめんね、おばあちゃん。


 アキハは心の中で祖母に頭を下げた。

 この正真正銘クズ男に重ねられる部分など見当たらなかった。


 あるとすれば地獄に落ちたもの同士、自分の罪に向き合わなければならないところだ。

 自分への(いまし)めのためにも、アキハは『壁抜け男』が罪から目を()らしている点をディスりまくったつもりだった。


 ただ、男を激昂(げっこう)させたい理由は他にもあった。


「達者な口だな」


 男は自らの右手でアキハの顔を(おお)った。

 べちゃりという感触とともに、男の手がアキハの顔全体に(つぶ)れて広がる。


 (もろ)さを逆に利用して、男は自由に身体の形を変化させられるようだった。

 先ほどアキハの口の中に手を突っ込み、気道を(ふさ)いだのはこうやっていたのだ。


「さっきみたいに、窒息(ちっそく)死でいこうか?」


 逆さま『壁抜け男』はあからさまに苛立(いらだ)っていた。

 圧倒的な立場の差を利用しての優越感を楽しんでいた男は、力に屈しないアキハの様子がどうにも面白くない。


 だから『窒息死』などという言葉を口にしようと、実際にはすぐに殺すつもりがなかった。

 アキハが恐怖に顔を(ゆが)めるところを見たいのだ。

 そこが付け入る(すき)になるとアキハの直感は告げていた。


 アキハは男の手の隙間から言葉を投げつける。


「どうせ相手の後ろから奇襲(きしゅう)するしかできない臆病者(おくびょうもの)なんだから、そうすればいい」


 男の手から、怒りの感情が震えとして伝わってくる。

 男はアキハの顔から手を離し、全身を天井の中へと引っ込めたが、すぐにアキハの正面の天井より上半身を出現させ、アキハの目を(にら)みつけた。

 ただし二人の間は二メートルほど離れている。

 ここにきてなお、男はアキハを警戒しているようだった。


「君、さては、友達いないだろ」

「うん、いない」


 特にダメージを受けるでもなくアキハは答える。

 実際、中高の交友関係はゼロに等しかった。


「話し方でわかるよ。君は人を傷つける天才だ。その数字が物語ってるしな」


 アキハは左腕の紅い数字を一瞥(いちべつ)した。

 その通りなのだから否定などしない。

 鬼から鬼の適性を認められた女だぞ、心の中でそう(うそぶ)きながらアキハは男を睨み返す。


「あんたの友達は、あんたがロリカスだって知ってたら友達にならなかったろうね」

「誰がロリカスだッ!」


 『壁抜け男』は、すぐそばの天井に設置された照明器具の蛍光管(けいこうかん)に手を伸ばし、軽く(ひね)って器具から取り外した。

 マンションのレトロさを象徴するようで、LEDではなくいわゆる水銀灯(すいぎんとう)(たぐい)である。


 男はそれを天井に叩きつけて割り、途中で折れた蛍光管は長さが半分程度になった。

 折れた部分はガラスが無秩序な鋸歯(のこぎりば)のように鋭利(えいり)になっている。


「お前ら女が、そうやって男の尊厳を踏みにじる生き物だから、俺がわからせてやるしかないんだよなあ。地獄に落ちたって、俺は男の責務を(まっと)うするんだよお!」


 激昂する男を尻目に、アキハはエレベーターホールの方へ視線を送る。

 ない。そこには、先ほどまであったものが無くなっていた。


 もうひとつ確認したいことがあったが、アキハのいる位置からは死角となって見えない。


 ――頃合いのはずだ。そうでなきゃ、終わりだ。


 アキハは再度、男に向き直った。

 最後の言葉を投げかける時だ。

 『壁抜け男』が完全にアキハだけに集中できるような、アキハだけを見てくれるような言葉を。


 その最適解を、アキハは探し当てた。


「それで刺し殺すつもり?そんな女みたいな腕で、何回かかるかな?」

04-06 へつづく

※次回の更新は月曜日です。


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