04-03
天国・地獄・大地獄 第四話「山吹サチ①」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
床の近くにいては危ない。
両サイドから脚を引っ張られ、股裂きの刑なんぞされた日には地獄以外の何でもない。
アキハは慌てて両脚を上げ、床から距離を取る。
その脚のやり場に困り、やむなく左足は格子の上に乗せ、右足は格子に押さえつけて固定し、アキハは手すりの上でアンバランスな格好となった。
万が一、突風のひとつも吹いたらバランスを崩して真っ逆さまになるだろう。
壁男はまだ姿を現さない。
アキハの様子を窺っているに違いない。
もし自分が壁男の立場だったら、とアキハは想像する。
姿を現した瞬間に、なんとかしてアキハを掴んで壁なり床なりに固定させるだろう。
だが、ここまで慎重を期している様は、男が臆病なまでにアキハを警戒していることを想像させる。
単に小心者という可能性もあるが、紙防御がゆえにうかつに姿を現せられないという、先ほどアキハが推論した壁男の特性が思い起こされる。
壁や床から露出した身体は、非常に脆いのではという推察だ。
男は、アキハが反撃できる何かを隠し持っている可能性を捨てきれず、確実に身体を拘束できる瞬間を狙って待っているのだろう。
アキハにしてみればお笑い草だった。
格子柵まで来たはいいものの、これ以上アキハにできることなど何もないというのに。
身体を支える両腕が小刻みに震えている。
もうこれ以上、筋肉を酷使することは不可能だった。
このままではやがて力尽き、柵の上から倒れ込んでしまうだろう。
それが廊下側であれば壁男の餌食に、外側であれば地面と仲良しにの二択しか残っていない。
それは言い換えれば、亡者に殺されてこの世界を奪われるか、自ら死を選んでそれを阻止するかだった。
記憶の喪失というデスペナルティが適用されないアキハにとって、後者の選択が得策なのは言うまでもないが、死への恐怖に取り憑かれたアキハの心は、それを受け入れ難いものにしていた。
――やるしか、ないんだ!
動け、身体。
このまま柵にしがみつき、惨めな死を選ぶのか。
全てをやり切った末の死なら、その先に何か見える景色があるのではないか。
その思いが駆け巡ったアキハの身体は、今一度アキハの命令に従うために震えを止めた。
アキハは両手で身体を支えたまま、右足を上げて柵に乗せた。
そして今度は両足に踏ん張りをきかせながら、勢いよく柵の上で立ち上がる。
だが、その身体はバランスを崩し、通路と反対、外側へと傾いていく。
アキハは落下の恐怖から反射的に両手を頭の上に伸ばし、五階の格子柵と床の隙間へ指をかけようとしていた。
だがその指先は空を切り、アキハは上半身からゆっくりと外側に向かって倒れていく。
――結局、こうなる運命か。
アキハは死を受け入れかけていたが、彼女の両手首を掴んで身体を支えた者がいた。
「ナイスキャッチ」
アキハの目の前の天井から、二本の腕が生えている。壁男だ。
そして腕の間の天井からは頭が逆さまに生えていた。
「やると思ったんだあ、決死のダイブ。だから天井に潜んでた。これ、主人公がヒロインを間一髪助けたみたいじゃない?」
男の両腕がゆっくりとアキハの上半身を引き戻し、アキハは手すりの上に垂直に立つ形となる。
「俺が手すり柵には潜り込めないって気づいたのはお見事。でも結局、八方塞がりだったねえ」
男はアキハの両掌を天井にこすりつけるようにしてから、その手を手首から離す。
これによりアキハの両手は天井に固定され、柵に立ったまま身動きが取れない状態となる。
「でも感心できないなあ、身投げなんてさ。君の命は俺に殺されることで、初めて価値が出るんだから。大人しく殺されてねえ」
自分が優位に立った途端、ぺらぺらと饒舌になる。
アキハは心中に嫌悪感が充満していくのを感じていた。
そんなアキハの奥まった感情を感じ取ったか、男は鼻を鳴らして頭と両腕を天井の中へ潜らせた。
すぐさま今度はアキハの固定された両手の後ろあたりから姿を現し、へそのあたりまで天井から身体を出し、アキハの耳元へとその顔を寄せた。
04-04 へつづく
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