04-02
天国・地獄・大地獄 第四話「山吹サチ①」
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
そうとわかれば、とアキハは上半身で踏ん張りながら右脚を上げ、壁にかけようとする。
しかし、ちょっとしたパルクールという芸当をこなした身体は脱力しきっており、思うように脚が上がらない。
やっとのことで足先が手すりの端にかかり、次いで膝を壁に乗せる。
右脚を壁に跨ぎ終えた頃には、アキハの全身は汗でじっとり湿っていた。
手すり壁に跨って横向きになったアキハのすぐ横を、バスケットボール大のものが風を切って通り過ぎ、四階の床に落ちて跳ねた。
それはまるで、外から巨大なトマトが放り込まれたかのように、床に赤い染みを作った。
顔だ。つるりと毛の無い頭、額の角、離れがちな黒い目。
牛鬼の首は無惨にも胴体から切り離され、床に転がっていた。
はっとしてアキハは上を見上げる。
視界の隅で、五階の手すり壁に手が引っ込んだように見えた。
アキハが四階に移ったのを確認した壁男が、牛鬼の顔を放り込んだのだ。
男はどこにも姿を見せる様子がない。恐らく今は壁の中を移動しているはずだ。
このマンションの外通路は、手すり壁と天井を繋ぐ柱や細工はなく、天井から手すり壁に至るには床を経由する必要がある。
だから、まず男は四階の床に【業】を発動させるだろうとアキハは推察した。
さすがの牛鬼も、首を切られてはもう生きていないだろう。
男は安心してアキハの方に攻撃を向けられるようになった。
放り込まれた牛鬼の頭が、『次はそこにいく』という意思表示にも見えてくる。
もう、床に足をつけることは危険だ。アキハは手すり壁に跨ったまま、壁の上を移動していく。
先ほど見回した際に目に止まった部分がある。
手すり壁が途切れ、鉄製の格子状の柵になっている部分、一番近いところで二メートルほど先だ。
手すり壁はところどころで格子柵が設置されたデザインになっており、外の景色が見やすくなっている。
アキハは懸命にそこへ向かって身体を動かす。
アキハは賭けに出ていた。
男は、壁や床のように均質な『面』にしか潜り込めないのではないか、と。
もしその賭けが外れていたら、もう手立てはない。
ちらりと牛鬼の首に目をやるが、角の先からゆっくりと崩れ始めているものの、砂となってリスポーンするのはだいぶ先になるだろう。
第一、牛鬼はリスポーンしても、また五階でエレベーターを降りてくるのではないだろうか。
都合よくアキハが四階にいることを察知して、四階の停止ボタンを押してくれることは考えにくい。
合流するには五階に戻るか、四階にいることを伝えなくてはならないのだ。
だが、どうやって?アキハは必死に考えを巡らせながら手すりを伝い、格子柵のところに辿り着いた。
この後はどうするのか、考えはまとまっていない。
このまま下へ下へと格子の部分だけでパルクールして一階まで降りるのが最善かと思われるが、正直なところ、さっき成功したことが奇跡だったのだとアキハには思えていた。
さらに、格子は年季が入っていてペンキが剥げてささくれ立っており、ここを勢いよく掴んだときの苦痛を想像するに、アキハの中で行動に移せるだけの気力が湧くようには思えない。
では、このまま手すり壁伝いに階段まで行けるかというと、それも不可能だった。
格子状でない部分は壁であるので、『面』として床と繋がっている。
壁男の【業】が手すり壁に発動すれば、あっという間に身動きが取れなくなるだろう。
格子柵まで辿り着いたはいいものの、アキハは柵の上で立ち往生ならぬ、跨り往生だ。
牛鬼の頭部はまだ半分も崩れていない。
牛鬼リスポーンまでの時間を推し量ろうと牛鬼の首に目をやっていたアキハは、はっとなった。
床で蠢いていたあの亡者が、微動だにせず床に伏している。
絶命したのか、はたまた、もうすでに床は壁男の【業】が発動しているのではないのか?
遠目だから判断しにくい。
死んでいるなら砂化が始まるはずだが、体が動かないだけで虫の息という可能性もある。
では、【業】が発動しているとして、どうして壁男は姿を現さないのだろうか。
牛鬼の首が投げ込まれてからもう二分近く時間が経過している。とっくに移動してきてもいい頃合いだ。
身を潜めて、何か企んでいるのかも知れない。
アキハが油断するのを虎視眈々と待っているのだろう。
04-03 へつづく
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