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天国・地獄・大地獄  作者: 瀬良浩介
第三話「女王のマンション」

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03-20

天国・地獄・大地獄 第三話「女王のマンション」


当エピソードにて第三話完結です!

 それはさながら濁流(だくりゅう)の中に点在する五つの飛び石、床に倒れた亡者たちの背中だ。


 ――そういうこと?!


 牛鬼はわざわざ倒れ込むことで、一番近い亡者までの距離を稼いだのだ。

 エレベーターホールから離れようと()いずっていた亡者たちは、()しくも一定間隔で外通路まで伸びた、湿地帯の木道(もくどう)のようになっている。

 そして亡者たちも床男の【(カルマ)】によって固定され、ぴくりとも動かない。格好の足場だ。


「ウッシー、ごめん」


 アキハは心中で無謀(むぼう)だと(ののし)っていたことを牛鬼に()び、背中の上で立ち上がって、その勢いのまま亡者の背中に飛び乗った。


 牛鬼はアキハを守ることだけを考えていたのだ。

 その思いを、アキハは痛烈に感じ、目に涙が浮かんだ。


「しゃらくせえなあ!」


 床男は怒りを隠そうともせず絶叫し、今度は左手のサバイバルナイフで牛鬼の首元を刺し、抜いては刺し、を繰り返した。

 いかに首周りの筋肉が屈強とはいえ、さすがに頸動脈(けいどうみゃく)に刃が届いたのか鮮血が吹き出して床を赤く染めた。


「ウッシー!」

「振り返らんでええ!とにかく離れんのや!」


 振り返りたい衝動をぐっとこらえ、アキハは二人目の亡者の背中に飛びのる。

 亡者は「ぐえ」と抗議の悲鳴を上げるが、床に固定されているおかげで足場としては安定している。

 とにかく足を踏み外さないよう神経を集中させ、アキハは無我夢中で亡者の背中を渡り継いでいく。


 そしてついに、手すり壁までぎりぎり飛びつけるところまでたどり着いた。

 もう他に足をかける場所はないが、手すり壁に触ってもよいものか、アキハは躊躇(ちゅうちょ)して考える。


 ――あいつはわざわざ壁から離れて床に移動したのだから、今、壁は安全なはずだ。


 その説を信じるほかなかった。

 アキハは意を決して、亡者の背中を蹴って手すり壁に飛びついた。


 上半身で手すり部分にしがみつき、うっかり足が床に触れないよう(ひざ)を曲げる。

 渾身(こんしん)の力を振り絞り、右脚を上げて手すりにかけた。


 スカートの中身が丸見えになろうが知ったことではない。

 がむしゃらになりながら手すりを(また)ぎ、両手で支えながら身体を起こす。


 アキハはここでようやく牛鬼の方を振り返り、その惨状(さんじょう)を目にした。

 牛鬼は床男に刺されるがままとなり、床は血溜まりができている。


 だが、牛鬼はまだ生き永らえているようで、はっきり聞こえないが床男に悪態をついているようだ。

 床男にしてみれば、牛鬼が絶命する前に【(カルマ)】を解除してしまうわけにいかないだろう。

 つまり牛鬼は、アキハが安全に逃げる時間を一分一秒でも長く稼いでくれているのだ。


 その計らいを無駄にはできない、のだが。

 アキハは手すり壁の上から周りを見回すも、悲しいかな、そんな安全は見つけられそうもなかった。


 外廊下の両側では、これからエレベーターホールへ押しかけようとしていた亡者たちが、両手足を床に固定されて(うめ)き声を上げていた。

 見える限り、五階の床は端から端まで床男の【(カルマ)】が行き届いているようだ。


 『床』の定義が階段にまで及んでいるかは、行ってみないとわからない。

 ただ、手すり壁を伝って階段まで辿(たど)り着くのは、一介の女子高生にとって至難(しなん)(わざ)に思えるのはアキハだけではないはずだ。


 後に残されたのは、手すりの外側だ。

 アキハはちらりと外に目をやったが、目眩(めまい)がしそうになって視線を戻した。


 地上から十数メートルという高さは、数字で見るほど低くはない。

 もし何の安全策もなく落下した場合、打ちどころが悪ければ、などという話ではない。

 打ちどころが良ければ奇跡的に即死は(まぬが)れるかも知れないレベルだ。


 ――ごめん、ウッシー。どうしたらいいか、わかんない。


 もう一度、アキハは手すり壁の外、階下の景色を視界に入れた。


 実のところ、わからないのではない、踏ん切りがつかないのだ。

 もう、それ以外の結末はアキハには残されてないというのに。


 それでも、牛鬼の献身がアキハの内燃機関(ないねんきかん)に火を入れる。


 動け、動け、アキハ。

 どこの馬の骨とも知れない亡者に、いいように殺されていいのか。

 アキハが作り上げたこの記憶世界は、アキハだけのものだ。


 そんな強烈な思いに突き動かされ、アキハは手すり壁の内側にあった左脚をゆっくりと上げ、壁の外側へと出した。

 これで両脚が通路の外側に出た形だ。

 足元には数センチの出っ張りがあり、かろうじてつま先をかけられている。


 アキハは、生前に鉄橋の手すりから身を投げ出した時のことを思い出していた。

 同じようなことを、地獄に来てまで繰り返している。

 自嘲(じちょう)気味に、アキハは軽く口の(はし)(ゆが)めて笑った。


 ――落下死したとして、誰に殺されたでもないんだから、この世界は()くさないよね?


 アキハは両手を手すり壁から離し、出っ張りから両脚を滑らせて虚空へと身を(ゆだ)ねた。



第三話「女王のマンション」・了


第四話「山吹サチ①」 へつづく……

近日連載再開!どうぞご期待ください!


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